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本間文子@小説【桜の園】光文社より発売中!
2023年7月26日 22:13
■くらげの花やけに明るい満月の夜だ。アルバイト先のカラオケ店からの帰り、奏(かな)はさらりと晴れた夜の円山町を、ダリアのコサージュのついたサンダルで歩いていた。足元から顔の高さまで、くらげの花がふわふわと風に舞う。くらげの花は、月光を背負って上空を泳ぐイワシの群れに反射して、鳥肌が立つほど美しい。西日や朝日もまばゆくていいが、鮮明な月光ほどくらげの影を確かに描くものはない。サメが泳いでい
2023年1月31日 23:43
「子どもの頃から、繰り返し見る夢があるの」 おもむろにそう言ったのは、同期入社の涼子だ。彼女は今年の春から私の隣の営業部に配属されてきた。途切れることのない繁忙期の中で、まじめな性格の彼女は昼休みも仕事にあてており、ランチタイムに一緒にでかけるのは数か月ぶりだった。 ちゃんと寝てる? だったか、ちゃんと休めてる? だったか。涼子と同じパスタセットを注文し終えた私がそう声をかけると、彼女が話
2022年11月29日 16:05
(一時的に、公開をメンバーシップに限定させていただいております)
2022年11月28日 10:13
2022年11月1日 00:27
真夏の午後3時。恵美は一昨日から昏々と眠り続けて、ようやく目覚めた。よくあることだ。恵美は毎日、最低でも 6時間、多い時には8、9時間は眠っているのだが、それでも月に 2、3度ほど目が覚めない日があり、丸一日眠ってしまう。長いときには2日間、ほとんど起きずに眠り続けていることもある。 その眠気は、急に起こる。自分で予測できないタイミングで突然、恵美の社会的な足場を崩すのだ。眠っている間の記憶
2022年10月26日 19:46
円山町の裏路地は、どこか温泉街のにおいがする。小さな坂が複雑に分かれて細い道を成し、派手な照明で飾った飲み屋があるかと思えば、すぐ隣にちんまりと小料理屋が並んで、飴色になった木の引き戸や植木なんかが風情を醸し出している。昔から変わらないようでいて、いつの間にかどこかの店が入れ替わっている。わずかな違和感が常にある、奏が子どもの頃から当たり前に見ている風景だ。
2022年10月1日 14:48
2022年9月28日 07:00
「人は誰もが、悲しみや痛みを抱えて毎日を生き延びています。乗り越えられない問題はその人の人生に起こらないって、よく言いますよね。私も今ではそう思えるようになりましたが、以前は他人から言われてもまったく信じられなかった。『当事者でもないアナタに何が分かるのよ』と、反発心から感情的になることさえありました。神も仏もあるものかと天を呪っていたのです。それでも、ちっぽけな私に手を差し伸べてくれる人た
2022年9月11日 18:38
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2022年9月1日 01:31
2022年8月15日 18:31
(メンバーシップ・スタンダードプランのみで閲覧可能です)
2020年10月3日 06:59
タツノオトシゴの形をしているんだよ、文京区音羽という町は。 そう祖母に教わったのは、直[すなお]が5歳の春だった。地下鉄の江戸川橋駅の改札を出て、大人がちょうどすれ違えるほどの階段をゆるやかなカーブに沿って上る。すると急に視界が開けて、真っ青な空が直の目を射た。ぎゅっとつぶった目をようやく開くと、遥か頭上を大きな竜がうねりながら悠然と昇って行くように、首都高速道路が伸びていた。 その光景に見