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エッセイ他

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長めの詩と、物語と、ポエムの延長線上にあるエッセイと。
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2023年9月の記事一覧

人間の世界は野生動物の世界とは違う

人間の世界は野生動物の世界とは違う

 野生の鹿か何かのドキュメンタリー番組を観ていたら、ナレーションで「彼らの群れではオスが優位です。人間と一緒ですね!」とか言っていて「はぁ?」と思った。皮肉だったのだろうか。風刺を挟みそうな空気ではなかったと思うのだが。

 ただ無邪気に比較していたのだとしたら神経を疑う。問題意識が微塵も感じられず、むしろ野生の「自然な」あり方との共通点を示すことで、人間社会におけるオスの優位性を正当化しようとし

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(初期)仏教を信じきれなかった理由を考える

(初期)仏教を信じきれなかった理由を考える

 昔から宗教的なものに興味はあった。地域や時代によって変わってしまう常識やルールではない、確かな何かにすがりたかった。

 キリスト教や仏教など広く薄く調べてみて、一番しっくりきそうだったのが、古代インドで生まれた最初期の仏教だ。全ての存在は不可分なつながりで、自分という確固たるものなどないこと、際限のない欲によって満たされない苦しみが生じることなど、それまでにも何となく感じていたことと符合した。

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戸籍の性別変更要件と、自分の体を自分で決めるということ

戸籍の性別変更要件と、自分の体を自分で決めるということ

 戸籍の性別を変更するための手術要件撤廃に関するニュースを見た。手術要件を擁護する当事者のコメントが支持を集めていた。だから当事者が手術要件を支持しているという話ではなく、この現象自体が当事者に対する抑圧の強さを示していると思った。わがままは言わず、多数派に配慮して許していただかなければならない、そういう精神が染み付いているような気がした。

 僕自身は手術要件はなくていいと思っている。ホルモン治

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フィクションとしてのエッセイ

フィクションとしてのエッセイ

 エッセイと銘打って、ノンフィクションの皮を被っておきながら、書いているのは創作した物語なのかもしれない。

 noteではよく心のことを書いている。こう思うのはこういう構造があるからだ、こういう過去があるからだとわかったような顔をする。

 でもそれは考え得る一つのストーリーに過ぎない。現実の一部を恣意的に切り取り、都合良くつなぎ合わせた物語なのだ。

 人間のことなんてそう簡単にわからない。ト

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僕らは川の藻をそのまま口に入れたりはしない

僕らは川の藻をそのまま口に入れたりはしない

 川の浅瀬に鴨がいた。頭を水平に下げ、緑色に濁った水の中で下嘴を細かく動かして食物を摂っていた。

 僕はあの鴨と同じことができるだろうか。藻と泥と微生物の入り混じった生臭い水をそのまま口に含む。余分な水だけ吐き出して、固形分を飲み込むのだ。得体の知れない菌や虫や動物の糞と一緒に。

 病原菌や寄生虫を恐れているから僕は川の水を口にしない。家に帰ればもっとずっと清潔で安全な食べ物と飲み物がある。当

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BL世界に住んでいる(かもしれない)

BL世界に住んでいる(かもしれない)

 BL漫画をちょいちょい読んでいる。R18のものは基本読まないが、R15くらいなら普通に読む。

 ただ別のジャンルの漫画と比べて特別好きかというとそうでもない。ハマるというほどではないが、男女の恋愛ものよりは何となく読みやすい。多分、自分自身がBL漫画の世界に住んでいるようなものだからだ。

 ゲイの世界ではなく、あくまでBLの世界。そもそも僕はアロマンティック/アセクシャル的なアレなのでゲイで

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海より山派なので

海より山派なので

 離婚の方針が固まって、これからどう生きていきたいのだろうと最近よく考える。家のことや仕事のことも大事だが、心をどこに向けるかということも大きな問題だ。

 熱中できるような趣味と言えるほどの趣味もない。最近は小説も書いていないし。そもそも小説は楽しいから書くというようなものでもなかった。プロットを考えるのは楽しいしわくわくするが、執筆は苦しいことも多い。けれど何かを書いていないと、自分が生きてい

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ジェンダー規範の圧を感じる

ジェンダー規範の圧を感じる

 トランスジェンダーでノンバイナリーでアロマンティックでアセクシャル、みたいな属性で生きようとすると、性に関して全方位から圧力を感じる。

 出生時に割り当てられた性別に基づいて、「お前は女だ」とか。

 「(たとえトランスジェンダーであっても)性別には男と女の二種類しかない」とか。

 「恋をしないのは人間として不完全」とか。

 人の価値が性的な魅力によって決められていたりとか。

 その上で

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鬱作品の摂取をやめたら何が好きかわからなくなった

鬱作品の摂取をやめたら何が好きかわからなくなった

 胸が苦しくなるような作品が好きだった。小説でも漫画でもゲームでも。一番大切な人が惨たらしく死んだりとか。愛する人を殺すことでしか救うことができないとか。そういう胸が痛むやつ。

 心が深く抉られて痛くて死にそうになる感覚を求めていた。死にそうになって、生きてるって感じがした。気持ちが昂って、思い切ったこともできる気がした。日常の苦しさやちょっとした傷付きを麻痺させることができた。こんなの大したこ

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生きるために尽くしたい

生きるために尽くしたい

 時代精神にそぐわないかもしれないが、滅私奉公がしたいのだ。

 何にでも良いわけではないし、自分の心を殺してまで尽くしたいのでもない。何か意味のあるもののために、自分の能力を最大限に使い尽くしたい。それは人間にとって割と普遍的な欲求だと思う。

 今までの僕にとっては家族というものが無条件に自分の力を使うべき対象だった。だから自分の家族が欲しかった。パートナーシップは公に認められた奉仕の契約だと

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木の生き方

木の生き方

 樹木は一個の生命体でありながら外界に開かれている。

 木は様々な生き物に寄生を許す。古い木の表皮は苔や地衣類や茸で覆われ、洞には鳥や小動物が住み着く。数多くの虫が見えないところに潜んでいる。食害には化学物質を出して対抗もするが、少しくらい他の生き物に侵食されても平気な顔をしている。

 木自身も多くを取り込んで生きる。動物の死骸から養分を吸い、岩を呑み込み、時に他の木と融合する。根は地中の菌類

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頭の中の映画

頭の中の映画

 昔から空想癖のようなものがあって、隙あらば妄想の世界に入り込んでいた。

 子供の頃はまだ妄想の内容のバリエーションは豊かだった気がするが、大人になるにつれて徐々に固定化されていった。舞台や登場人物は毎回異なるものの、大まかな筋書きは大体いつも一緒。ここでは詳細は書かないが、メインテーマは喪失とその否定。

 頭の中で上映開始すると、物語はひとりでに動き出す。時折巻き戻して台詞を書き変える。僕の

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性のあり方を振り返る

性のあり方を振り返る

 性についていずれちゃんと書かなければならないと思っていた。

 当事者研究と懺悔を合わせたような真面目な考察のつもりではあるが、直接的な表現も含まれるため、苦手な方はご注意を。

 平気だよという方は、ナショナルジオグラフィック気分で直凪の生態を見てくれたら良いと思う。こういう性の形もあるのだと知ってほしいし、人間ってわけわからんくてオモロいなと思ってもらえたら嬉しい。

 私にとっての性的な惹

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不安症の日常

不安症の日常

 不安に駆られて飛び出した。

 どこへ?

 ——とりあえず内科。

 一時間以上の待ち時間を経て診察室に入り、具合の悪さを説明する。医師が首をひねる。もう帰りたい。

 触診して、検査して、どこにも異常は見付からない。やっぱりだ。またやってしまった。「お役に立てなくてすみません」なんて謝られてしまって、居たたまれなくて仕方ない。ごめんな先生……俺の勘違いに付き合わせてごめんな……。

 ちょっ

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