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性のあり方を振り返る

 性についていずれちゃんと書かなければならないと思っていた。

 当事者研究と懺悔を合わせたような真面目な考察のつもりではあるが、直接的な表現も含まれるため、苦手な方はご注意を。

 平気だよという方は、ナショナルジオグラフィック気分で直凪の生態を見てくれたら良いと思う。こういう性の形もあるのだと知ってほしいし、人間ってわけわからんくてオモロいなと思ってもらえたら嬉しい。


 私にとっての性的な惹かれというものは、雑踏の中でふと鼻に届いた香りのようなものだ。

 良い香りだな、と思う。次の瞬間にはもうその香りは他の雑多な匂いに紛れている。すれ違った誰かの香水か、立ち並ぶ店のどれかから漏れてきたのか、それとも鼻の錯覚だったのか。確かめようと右往左往し、元の場所に立ち戻ってみても、同じ香りには出会えない。そのうちどんな香りだったかも思い出せなくなり、名前すら付けられないまま、私はその香りを追うことを諦める。

 一度エロスを感じた対象でも、次に見た時には何とも思わなかったりする。だから性的指向がどこに向かっているのかわからない。男性なのか、女性なのか、それ以外なのか、人外なのか。時折鼻をかすめる蠱惑的な何かは、掴もうとすると煙のように逃げていく。

 そもそも何かに性的な魅力を感じる機会が少ないので、アセクシャルに近いと言えるかもしれない。他者に性的に惹かれないというのがアセクシャルの定義だからだ。性欲自体の有無は別の話で、私の場合はあると言える。

 性的な快感を感じることはできるし、はっきり言って気持ちの良いことは嫌いではない。性欲に物理的なものと精神的なものがあるとすれば、精神的性欲はあまりないが、物理的性欲はある、と言ってもいい。特に性的なことを考えていなくても、排卵日前後なんかに何となくムラムラするようなこともある。

 自慰行為はたまにするが、いわゆるオカズ的なものは特に必要としない。あってもいいが気が散るというか、身体感覚に集中するほうが有意義に思える。どこにとか誰にとかいう具体的なイメージはないが、性器を挿入したい衝動はある。挿入すべき性器は、自分の身体には付いていないのだが。

 性的な行為を連想させるようなものを見て興奮することはある。それは性的に惹かれるということとは少し違うと思っている。どちらかというと条件反射に近い。パブロフの犬が涎を垂らすのと同じだ。

 一方、自分が性的な目で見られることには強い抵抗がある。どのくらい強いかというと、瞬間的に殺意が沸騰するくらい。

 抵抗感の源はアセクシャル的要素ではなくトランスジェンダー的要素であるようにも思える。つまり私のことを性的な目で見てくる人は基本的に男性であり、「女として」私のことを見ている。「お前は女だ」というこれ以上ないほど強烈なメッセージだからこそ、強い拒絶反応が出るのかもしれない。もし「男として」性的に見られたとしたらどうだろう。悪い気はしないかもしれない。実際にそういう状況になったことはないし今後なる可能性も低いのでわからないが。

 そんな性質があったにも関わらず、どうやって男性と付き合って結婚したのか。関係の進展に時間がかかり、徐々に慣れていくことができたという面はある。どういう感覚が普通なのかわからないため、こういうものだろうと自分を納得させていたのも一因だ。

 当時付き合っていた男性から初めて肉体関係を迫られた時、我ながらひどいと思うが、あまりに気色が悪くてぞっとして泣いてしまった。そんな自分を恥じて、慣れれば大丈夫だから、絶対大丈夫にするからと必死に言い募った。そうして後日ちゃんと腹を括ってからなら何とかなったのだった。

 気持ち悪いと思わなくなったわけではない。性欲に突き動かされている状態の人間は老若男女問わず押し並べてキモいと思っている。人間とはそういうもので、みんなキモくてみんないいくらいに思っている。キモくてぞっとする感覚と快感とがぐちゃぐちゃに混ざって境界がわからなくなるのがセックスというものだと思っていた。もしかしたらそうではないセックスがあるのかもしれないと最近思い始めている。

 性交が嫌だったわけではない。でも相手の身体を見て興奮するとかそういう感覚はわからなかった。触れ合うのは好きだった。でも性器を口に入れられるのは嫌でたまらなかった。膣への挿入も早く終わってほしいと思っていた。自分が性的に興奮できるシチュエーションを頭の中でああでもないこうでもないと探しながらやり過ごしていた。

 ある日、ふとした瞬間に、もしかして自分がしてきたことは彼の身体を使った自慰行為だったのではないかと思い至った。ショックだった。彼に申し訳なくて、その日を境に自分から行為に誘うのをやめた。

 私が今までやってきたことは何だったのだろう。相手の身体も自分の身体も軽んじていたのではないか。相手に対する暴力で、自分に対する虐待だったのではないか。よくわからない。互いに惹かれ合った上でのセックスというものを知らない。知りようがない。

 自分を騙しながら性的パートナーを持ってしまったこと、持つことができてしまったことが間違いだったのだと思う。パートナーを持つにしても、自分の性向を自分で理解して、相手にも納得してもらってからにするべきだった。

 過ちを繰り返さないために、自分のことをもっと知りたい。本当はどうしたかったのか知りたい。

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