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#それぞれの10年

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長いようで短く、短いようで長い10年で感じる隔世

今日は『北海道宇宙サミット』の前夜祭のため、『北海道ホテル』にやってきた。 インターステラテクノロジズの帯広工場も無事開所式を終えて、地球軌道上まで送り届ける対象であるフライト品の部品などがすでに運び込まれている。アルミ合金などは長納期部品なのでもうフライト品を発注して納品されているのである。今日は『北海道宇宙サミット』の前夜祭のため、『北海道ホテル』にやってきた。 インターステラテクノロジズの帯広工場も無事開所式を終えて、地球軌道上まで送り届ける対象であるフライト品の部品な

¥500

10年間を雑に振り返ってみた

noteでこんなハッシュタグを見つけたので、ちょっとやってみようと思う。 #ここ10年を雑に振り返る見た人もやる 2014年 大学生・海外留学 2015年 大学生・東京に通いながらモデルのお仕事 2016年 大学卒業後、上京。割とすぐ沖縄に移住 2017年 ワーホリ渡豪いちご摘む日々 2018年 なんやかんやあって結婚 2019年 なんやかんやありつつ出産と育児 2020年 なんやかんやありすぎて離婚・強制帰国 2021年 派遣で働きつつレイキヒーラーとして活動 2022

『海辺の町』

青年は近所の店でバイトして音楽の夢追いかけてたね 楠井花乃☆短歌人2022年12月号 耳鳴り/笑うわフィクション🎶

10年ぶりの友人に会ったら、人生の広がりを感じた話

先日、約10年間会っていなかった友人とランチをした。 友人は高校の同級生。 大学や社会人になってからも会っていたけど、お互い仕事が忙しくなったり、環境が変わったタイミングで会わなくなっていた。 何年会ってないか定かではなかったけど、9年前の出来事を聞いた記憶がなかったので、おそらく10年ぶり。 なんと言っても彼女とは進んでいる道が全然違う。 こうみるとまるで共通点がない。 「高校のクラスメイト」という縁がなければ交わることはなさそうに思う。 そんな友人と再会することに

【代表対談】創業10年の節目で社長交代へ、クラダシが目指すソーシャルグッドカンパニーのこれから

クラダシは間もなく創業10周年を迎えます。 2014年の創業以来、ソーシャルグッドカンパニーとして、あえてビジネスの力で課題解決に取り組むことで持続可能な社会の実現を目指して事業を展開してきました。 2024年7月1日に、10年にわたって代表取締役社長を務めた関藤竜也に代わり、取締役執行役員CEOの河村晃平が新社長に就任しました。関藤は代表取締役会長に就任し、引き続きクラダシをリードしていきます。 新社長の河村と創業者の関藤が、2人の出会いや今回の社長交代の背景、そして

数人からのコミュニティが10年間進化し続けた話〜子連れの日® 5/20によせて

今日は子連れの日®(5/20でこづれ)という子連れMBA®の制定した記念日です。そして、数人からスタートした子連れMBA®は今年で10年目! もともと育休中の自分たちの「学びとつながり」の場として、関西で数人でスタートした活動が、10年も続き4千人超がご参加いただくことになるとは夢にも思いませんでした! コロナ禍をきっかけにMBAを「働くは自己表現:Makers of Business Art(MBA)」として再定義し、オンラインで全国から参加できるラーニングコミュニティ

久々の友人に連絡してみませんか?

先日、6年ぶり(体感としては5億年ぶりw)にFacebookのプロフィール画像を変更しました。 そこで、最後に会ったのが10年以上前の友人からコメントをもらい、昨日の夜オンラインでひっっさびさにお話しました。 私は学生の時にピースボートに乗ったのですが、その時に同じ船に乗っていた友人。 船に乗っていた3ヶ月の中でも、そんなにずっと一緒にいるグループだったわけでもありませんが、なんの違和感もなく会話が始まり、気がついたら2時間半喋ってましたw とても前向きに、 自分の人

私は、18歳までNAGOYAで過ごして 英検二級で、そこから10年HAMAMATSUにいます🤓

10年一区切り。

10年分の「4月4日」を写真で振り返ってみたかった。

昔、写真に本気で取り組んでいた頃。 大阪の南船場にある『ギャラリー・アビィ』さん主催の企画グループ展に、何度か参加したことがありました。 様々な企画展を開催されているんですが、その中に、毎年恒例の『それぞれの生活』と題した展示があったんです。 ・3月3日 ・4月4日 ・5月5日 参加者はこの三日間に「日常の写真」を8枚ずつ撮って、合計24枚の写真を2Lサイズに印刷して提出します。 印刷時に「日付と時刻」を入れるのがルール。 その後、提出写真は日にちで分けられ、時間順に

七転八倒、十年目の起業日記

小学校の頃、色んな仕事を調べて将来の目標を書くという授業があった。 折しも、ホリエモンがもてはやされていた。起業ブームである。アナウンサーとホリエモンが飯を食っているだけの番組がテレビに放映されていたのを覚えている。今考えれば何かがおかしかった。 小学生の僕は目標欄に「社長」と書いた。 同級生に理由を聞かれて答えたのは「人の下でやっていけそうにないから」。小学生にして、適切な自己分析が出来ていたと言える。 思い返すと、「将来の夢」が叶ったのはもう随分前のことになる。2

貰えるだけ恵まれているのか

仕事先の1つで「勤続永年(10年以上)表彰」の寸志を貰いました、金額「1万円」。 10年以上の括りだから単純に10万円と早合点していましたね。 今のご時世貰えるだけ恵まれてるのはわかりますが人材確保の謝礼金数万円出してることを考慮するとなぁ・・・。 まぁ返したりしないでしっかりと受け取りますけどねw

東京で読書会を主催していた友人が八ヶ岳に来たので、昼ごはんを一緒食べた。 かつての読書会が、友人の人生にとっての転機になったと改めて言われ、感慨深かった。 あれからもう10年。自分は何を積み重ねてきたのか?そしてどこに向かおうとしているのだろう?

3行日記、折々のことば

朝日新聞の朝刊一面に載っている「折々のことば」というコーナーは200-300文字で毎回書かれているらしい。3行日記に苦労してる私としては尊敬に値する。すごい #3行日記

10,000字で自分史10年を振り返る

1月中旬に誕生日を迎え、ある時点から10年経過した。 ※何から10年?と言うのは察していただきたい 一言でまとめると、決して思い描いていた通りにはならなかった。 10年間のうちおそらく8年間は自分の軸がなく、その場しのぎの勢いと運だけで過ごしてしまっていたと思う。もっと●●しておけば・・・の連続だから振り返りたくもないのが本音。 きっと、さらに10年前の自分が今の自分を見たら、泡吹いて倒れるくらいの変化のなさであろう。 本当は後ろも前も見たくないけれど、これから先を向いて

それぞれの10年

その日、私は表参道にある甲状腺専門病院の待合室にいた。 未だかつて経験したことのない激しい揺れ。 心臓が激しく波打ち、その瞬間私は死ぬかもしれない、と思った。 愛する子供たちに会えないまま私はここで死ぬのかと、あの瞬間、私は本気でそう思ったのだ。 あの時間、同じように家族を思い、命果てた人がどれほどいたのだろう。 家族の名前を心で叫び、命尽きる寸前まで奇跡を信じた人がどれほどいたのだろう。 一瞬で全てを奪い取った自然の業と、前代未聞の原発事故は幼い子供を持つ私の心を蝕んだ。

「10年早ぇよ!」(2024/02/13の日記)

明らかに自分の筆跡で、自分宛てになっている封筒が届いた。これだけ書くとミステリーの出だしみたいだ。実際は高校の企画で書いた「10年後の自分への手紙」が届いただけです。完全に存在を忘れてたし、中身を読んだ今でもこんなん書いたっけ? と思っている。でも自分の字だし内容も完全に過去の自分なので、書いたんだろうな……。 やたらと質問攻めをしてくる手紙だったのでここで回答することにします。10年の時を超えて熟成された質問箱だ。 元気……? 病気とかじゃない分には元気か。生きてもいま

付き合って、もうすぐ10年になる彼と別れました。

題名通り付き合ってもうすぐ10年になる彼と別れた。 なんだか今まで書いてきたnoteが盛大な前振りみたいだね。 間違いなく、今までの人生で1番好きな人だった。 彼とは浮気されたわけでも喧嘩したわけでも、お互い嫌いになって別れたわけでもない。 別れ話は彼からだった。 ざっくり言うと彼の気持ちの問題だ。 これはもう、わたしにはどうすることもできない。 彼の話を聞きながら悲しくて涙が出てくるけど、どこかすんなり受け入れている自分もいた。 彼と別れる1週間くらい前に彼と別

10年間の雑感 借金3000万円から40億 現金30万から5億を経験して思うこと 不動産投資を志す皆さんへ

今日は珍しくキャッチーなタイトルだと思いますが。 この数字は、不動産投資を開始する前の住宅ローンなどの負債と現金預金の額 そして、10年間の不動産投資、賃貸事業で取得してきた物件総額と 10年経った段階の(一昨年から昨年にかけての10年目時点のCF額) 売却などで得たキャッシュの額です。 税引き前の額面ですからTAXコントロール後は、当然減りますが このレベルにまで10年かけて来ることができました。 数値的な話はこれくらいで、この経験を積んできたこれまでに思う雑感に関して 今

「STAP細胞はあります!」をAIが検証する|Works

10年前の今日4月9日は、理研(当時)の小保方晴子氏による、STAP細胞論文の捏造疑惑に関する記者会見が行われた日だ。 そこでChatGPT3.5とこの問題について考えてみた。問題が問題なだけに、改変を加えずに転載しよう(って言ってるが単なる手抜きです)。 STAP細胞事件とは?STAP細胞(STAP cells)は、2014年に発表された論文で提案された細胞のタイプです。この論文は、「Nature」誌に掲載されたもので、研究者たちは通常の成体細胞を非常に低いpHに曝露する

産業カウンセラー協会四国支部総会・第1部交流会にて体験発表!

一年に一度の産業カウンセラー協会「四国支部」の総会が6/1に開催されました! お恥ずかしながら実は今回、初参加^^; 自分が発表するということもあって、高知事務所での現地参加でした♪ 基調講演はミドル・シニア世代のキャリアのリ・デザインについてでした。 転職を目前にした今の自分にも刺さる内容でした・・・。 「二足の草鞋を履こう!」「命を使うと書いて使命」など心に刺さる言葉がありました。 第一部交流会では、四国四県それぞれが体験発表をしていきます。 ありがたいことに高知の

10年付き合った人と別れた

10年と8ヶ月。 文字にして見るとこんなもんかって感じだけど色々あったね。 出会ったのは大学のサークルの歓迎会。 第一印象は〇〇(私の好きなアイドル)に似てる!!でした。 これは良く言いすぎと友達に言われたことがある(笑) 私が大学2回生、彼が3回生の初夏に付き合い始めた。 サークルが一緒で後輩として可愛がってくれてた。 輪に入ることや先輩と接するのが苦手な私だけど 彼のおかげもあってある程度馴染むことができた。(たぶん) 彼が大学の近くで一人暮らしをしていたため、帰り

互いのペース、互いの成長

少し前、私の価値観や生き方の方向性が変わり始めた頃の話。私は『自分の予定を何週間も前から立てることを、好まない』ようになった。その理由は『先々の予定に縛られているような感覚になること』を知ったから。自由を好む私は、『どうしても!!』って程の理由や気持ちが無い限り、日にちが近くなってから動くことがくなった。他にも、病気の症状が理由で先々の予定は難しいことも、実際にある話。例えば、夏にプールで遊ぶ!なんて予定は、本当に直前にならないとなんとも言えない状況だった。当時私は、妹と正に

10年ひと昔。意外と長い。心配するな。

10年前の今日、私は台湾旅行に出発していた。その日の朝の空港に降り注ぐ眩しい朝日を覚えている。窓を見ながらその3年前の地震の事を思い出していた事も覚えている。あぁ、10年後の今日も台湾旅行へ行けば良かった。。。そしたらまた、こんな10年間を過ごせるだろうか? 10年前の私は大分病んでいた。長期入院後にどうにか派遣の職に就いたけれどそれも3ヶ月で辞めてしまった。少し体力が付いた頃、旅がしたくなって近くの台湾に実験的に行ってみたのだ。2泊の短い旅だったけれど、海外旅行に行けた!と

今の自分を想像できた?

あれやこれやと これから起こるかもしれないことを考えては 自分に耐えられるのだろうか 乗り越えられるのだろうかと 不安でたまらなくなる時がある。 どんとこい、私が全部守ってやると 基本的にはそう思っているけど その時が近づいてきているような足音を聞くと大口を叩いた自分を呪いたくなる。 「全部守ってやる」なんて 遠い未来に起こることだと 高を括っていたから言えたことじゃないのか? 私が私のままで、 大切な人を守りきることができるのだろうか。 本当はひとつも自信がない。

失業保険の支給ありがとう❤️/貯金残高

もう少しだけ、妥協し過ぎずに、仕事を探す、猶予時間を頂けて、とてもありがたいです🌟 働いて給料が入っても、通帳に記帳する度に、お金は消えるもの、無くなるものと、思い込みがありました😰 働いたり、支給された分だけ、お金は手元(口座)にあるのに、なんともナンセンスな状態でした。  思い込みに気付かせて貰ったのは、描き子さんの記事でした。(※途中から有料です) ここ数年、物価高や値上げ、消費税10%やレジ袋税で、今まで自由に使えたお金の範囲が小さくなったけど。 以前より、

「10年」…20年、30年…2024年

7つ8つ年下の仕事仲間と、仕事について話す機会があった。彼とは実際に会って一緒に仕事をしたこともあるし、緊張しやすい自分の中でも比較的気安い位置にいる人間ではあるのだけど、オンラインで30分ほどお話しし解散したあと、気付いたように重たい胃痛が起こり、それは胃薬を飲んでもしばらく消えなかった。しかも背中から胴回りはびっしょりと汗をかいている。汗で冷えたヒートテックが冷たくてかなわない。そろそろ克服したかと思われていた「人と話す時に起こる極度の緊張」は、思ったより治っていなかった

私には無職期間が過去に数回ありました。その中でもメンタル不調になり2年半働かない期間もありました。社会から離れたことで、社会で働く意識が変わりました。社会復帰が目標だった時、たくさん妥協して仕事を選び、少しずつ方向転換して今に至ります。10年以上が経ってやりたい仕事がスタート。

わかってる、わかってるんだけど。

10年前に植えた木

東京・大手町に、大手町タワーというビルがあります。みずほフィナンシャルグループの本社や高級ホテル「アマン東京」が入居している高層ビルで、商業施設の方は、OOTEMORI(オーテモリ)という名称です。 この敷地面積の3分の1を占める約3,600㎡に、「大手町の森」という人工の森があります。 高層ビルが立ち並ぶ大手町の中で、緑を感じられる貴重なスペースです。 この森、今年で10周年なんだそうです。 予め別の場所で育てられた木が植えられたので、最初からある程度の大きさの木々では

慣れを打開するために挑戦する

先日、大学の同期3人で食事をしました。 初めて出会ったのは予備校にいた時なので、もう10年以上の付き合いになります。 昔話や近況報告など楽しく過ごしましたが、3人の会話に共通点があることに気付きました。 「人に恵まれた」と「ぬるい環境」社会人として10年目が見えてきた今日この頃。 もう新人ではありませんし、それぞれ重要な仕事にも関わっています。 そんな3人が共通して話していたのが「人に恵まれている」と「今の環境はぬるい」ということ。 もちろん、謙遜もあるとは思います。

今日は『命』について

考えてみました。 こんばんは。⛩️ 巫女ハートコーディネーターARIA です。 命について考えると色んな心情になりますよね。 自分の命、知人や友人の命、家族の命、他人の命。 人間である以上、突然の事故や事件、震災以外は 平均寿命というものがあります。 そう、どんなに長寿と言われても110歳前後。 実際そこまでの方は稀ですし その時点でどこまで健康でいられてるのかも 未知ですよね。 そして命は、自分一人でパッと存在する訳ではなく 必ず親がいて、そのまた親がいて、

昔から彼の耳が気になる。 そういえばそうだった。いつまで経っても彼の耳の形の何が特徴的なのか分からない。でも見てしまうし、描く時大変だなあ、簡略化しようにも何が特徴的か分からないから残す部分もわからないなあ、と思いながらぼーっと見ている。 耳の形なんか人によって全然違うわけだから、彼だけがやたら特徴的な耳というわけではないはず。特定のスポーツによって影響が出ているというわけでもなさそう。 耳が気になるのは彼だけな気がする。 どうしてなのか、どこがなのか分からないまま、私たち

今日はすごい断捨離日!

昨日の名古屋は、もう夏日で〜絶望的になって😭 20分ぐらい前にセッションルームに行って、エアコンをかけて部屋を冷やしておかなければならない位暑かった。 それにしても、朝晩の寒暖差がひどいので、 まだまだ冬物を全部片付けるのは躊躇していたんだけれど、 今日はなんと雨で、湿度もあって、気温も低い!! チャンスだーーー!!! そんなわけで、私は昨夜から始めていた 押し入れの中を放り出し始めた。 私は10年前に全面リフォームしたとき、 一度何もかも捨ててしまった経験がある・:*+

冬休みへ

今日は幼稚園の終業式。明日から冬休みです。 ご近所のおじいちゃんからも「明日から楽しみだね!」と言ってもらって次男くんと帰宅しました。 しばらくしておばあちゃんが、わざわざお菓子を届けに来てくれました。 おじいちゃんから話を聞いて、冬休みに入ったら会えないかもしれないので来て下さったそう。 甘いものは食べないから…と、いつも頂き物のお菓子を子どもたちに下さるご近所さんです🙏 今月で今の家に引っ越してきて丸9年が立ちました。 2014年、十干の1番目である甲の年に新

10年

書きたいこと何もないな。2023年4月の記事一覧を見たらまだ1件しかなかった。もう今月も終わり掛けているのに。2020年の春にnote始めたけど、過去に、月に1件しか投稿しなかったのは、去年の7月だけだった。言いたいことがない時期は、考え事をしていない時期で、考えることを放棄しているか、考えるひまがないか。この時は後者だろうな。付き合ってた彼とずっと一緒にいて、彼と遊んでいると、思考する時間ってなかった。起きて、ご飯食べて、テレビ見て、スーパー行って、ご飯食べて、お風呂入って

無駄なことなんて何ひとつない

私は結構なジョブホッパーで、履歴書の職歴欄がギリギリ足りないくらいには転職を繰り返している。今の会社に入ってとうとう十年経ってしまったが、この会社の在籍期間が今までの最長記録だ。 今の会社に入る前は不動産の賃貸仲介営業を一年ちょっとやっていた。当時、働かない元彼のことを占い師さんに相談したついでに転職相談もしたところ「木に関わる仕事が向いている。不動産とか」と言われ、事務職に飽き飽きしていた私はすっかりその気になってノリに任せてとある街の不動産屋の面接を受け、見事内定を手に

元利用者を思う

障害者施設で働いた時 利用者の中に軽犯罪を犯した方、事件に巻き込まれた方がいるのは珍しいことではないと知った。   家族と不仲であったり 知的障害故に仕事や人間関係で支障をきたしたり そんな中、やむを得ず犯罪を犯してしまう。 もしくは巻き込まれてしまう。 そんな方もいるようだった。   今からもう10年ほど前だろうか。 かつて私が担当した利用者でAさんという方がいた。   受け答えもしっかりしていたし 作業も問題なくできた。 見た目も普通だったので パッと見は障害者

Facebook

Facebookをやっている。 いつからかは覚えていないが10年以上は前かもしれない。 10年と言えるのはFacebookが勝手に教えてくれるからだ。 なぜかFacebookが過去を振り返ってみましょうと迫る。 その時の写真と共に。 飛行機からの写真。 どこへ向かう飛行機かは思い出せない。 そんな事ではなくて、なぜFacebookが振り返れと迫るのか。 僕は振り返らなければならないのか? なぜ、この機能があるのか分からない。 人によっては振り返りたくない人もいるかもしれない

めぐる

今年は癸(みずのと)の年です。 癸には一回転する、めぐる、めぐらせるという意味があります。 甲(きのえ)から始まり、10番目の最後になる癸。 また一巡して甲に戻り、新たな始まりとなることが分かります。 来年は甲の年。 甲は土の中で種が硬い殻を破って、芽が出てくる様子を表しています。 世の中には何が出てくるのでしょうか? 自分の中から何を生み出すのでしょうか? 楽しみに想像しながら、自分の一巡を振り返るこの頃です。 すでに次はこれ!というものが見つかった方は、

10年掛かった、双極性障害診断

私の診断名は双極性障害Ⅱ型です。 双極性障害は 気分が上がる躁状態と、 逆に気分が落ちるうつ状態を繰り返す ジェットコースターのような病気だと 言われています。 この診断名がついたのは 2年前の33歳のとき。 もともとは、 23歳の頃「うつ病」診断を受けていました。 大学を卒業して 新卒で入った会社でうつ病になり ずっと治療を続けていたものの 全然よくならない…。 このままずっと よくならないんじゃないか…と 不安が大きくなって 思い切って病院を変えました。 新しい

日々太る私へ

先日風呂の鏡をふと見たら、そこに知らないデブが立っていた。 私が尻をボリと掻くと、そいつも尻を掻くのでそいつが私であるとようやく認識した。鏡の中のデブは私の鏡像認知能力を一瞬狂わせる程インパクトがあった。 私が熊ならそいつに襲いかかっていただろう。 会社員勤めも1年が過ぎ、日々あくせくと働いていたら、知らぬ間に激太りしていた。一日中デスクに座り、昼にランチで中華を食べ、夜も労いを込めて丹精のつくものを食べていたら、ベルトの一番右の穴とはご無沙汰になっていた。今は5つ目の穴と

サラリーマン辞めてちょうど10年

人間意外と生きていけるもんだ。 辞めたあの日から10年間、 サラリーマン(会社員)というかたちでは一度も働いていない。 八百屋、売れないコピーライター、学生 無職、海外放浪、海外出稼ぎ、農業 結果として食いっぱぐれることは無かった。 辞める時に漠然と思い浮かべた不安なことは一切起こることはなく、 当時は全く考えてもいなかった想定外のことは沢山起きている。 サラリーマンを10年続けていた未来は今じゃわからないけど、 とりあえず今はそれなりに幸せだ。 食いっぱぐれず生

拝啓、10年後の私から今の私へ。

拝啓、この手紙 読んでいるあなたは〜… …………。 アラサー(over30)で、派遣社員で独身を謳歌しています。 10年前の私は、今の私がこうなってるなんて全く想像できてなかったよね。微塵も。 ほんと、ミジンコ程度にも。 この前もnoteでチラッと書いたのですが、私は最近、肩の力を抜いてもっと広い視野でものごとを見れるように、10年後の自分から今の自分をみて、アドバイスをするようにしているんです。 今日はこの場をお借りして、10年後の自分から今の自分に向けて言ってや

こんな海がきれいなド田舎で結婚式かよ

「私も、実は結婚するんだよね!」 社会人7年目のゼミ旅行で、Yちゃんの唐突な「クリスマス結婚発言」のあとに、Nちゃんが言った。 こんなクリスマスの夜に結婚式かよ!|フォレストナイト|note 「え、どこで?」 連れの女子たちがはしゃぎながら聞くと、 「静岡!」 「えー!絶対海きれいだよね~!」 ・・・・・・。俺はこの時思った。 「静岡、ど田舎やん。」 1 NちゃんストーリーNちゃんは、某国立大学で同じ学科の女の子だ。 めちゃくちゃできる系の女子で、またの名を「

これまでの自分

2013年8月末に日本を出国し、初めてヨーロッパの地に。 そしてバルセロナに来て10年が経ち、今年で在住11年目。 今回はバルセロナでの自分の10年間(2013年〜2023年)を簡単に振り返ってまとめようと思います。 ・・・・・ 2013年(20歳) サッカー留学プログラムを通して渡西。 プログラム通り、バルセロナでサッカーしてスペイン語を勉強する生活。 同時に夜遊びも覚え始めた影響で徐々にそっち重視の生活に傾き始めた1年。 2014年 1年経ち、空気を変えたいと感

こんなクリスマスの夜に結婚式かよ!

「私、結婚するの!」 社会人7年目のゼミ旅行で、Yちゃんは唐突に言った。 「え、いつ?」 連れの女子たちがはしゃぎながら聞くと、 「12月25日!」 「えー!すごいね!ロマンティック~!」 ・・・・・・。俺はこの時思った。 「この子、頭お花畑やん。」 だって、クリスマスは、好きな女の子と過ごしたいやん。 まあ、特に彼女もいなかったので、快く了承した。 1 YちゃんストーリーYちゃんは、某国立大学で同じ学科の女の子だ。 小動物みたいな感じの子で、当時のYちゃ

10年前の私に伝えたいこと「とりあえず飯食って寝とけ!!!!!」

うい。 携帯にある一番若い時の写真を引っ張り出してきた。多分5年前とか。 ほんとは中学生の激ヤバ写真があるんだけど、それは私が有名になった時に勝手に流出すると思うので、それまでのお楽しみで。 明後日からドイツ。 南ドイツ。いいところ。 多分ずっとビール飲んで、カリーブルストっていう、ソーセージにカレー粉とケチャップをかけまくった、味覚が小学生で終わっているダウンタウンの浜ちゃんが一番好きそうな食べ物を、ひたすら食べる。 ああ、一人旅楽し。大好き。 もう今から眠れないくらい

桜を見て思うこと

どーも。福元彩です。 AIアートを制作したり、デザインや物語制作の勉強をしたり、あれやこれやとやっておりまして。 その中から、体験した出来事や考えていること、日々学んだことなどを共有しております。 今日は「それぞれのペースでやれば良いんだよね」というポエム的なお話です。笑 早い人もゆっくりな人も 桜が満開で、春を満喫している方も多いと思います。 私はまだお花見は出来ていないのですが、街中を歩いている時に満開の桜を見ては癒されておりまして♡ 「日本に生まれて良かった

一瞬の選択、それぞれの人生

春散歩。 ・ ・ コミュニケーションも大事だけど、たまにはテレワーク終わりにボーっと散歩するのも、よきかな🚶 ・ ・ 人生って、ひとときひととき、ふとした瞬間の選択でだいぶ変わってしまうんだと思う。 ・ ・ 自分の選択に 決して後悔はないけれど ・ ・ ・ ・ あの時、違った選択をしていたら ・ いったいどんな人生を歩んでいただろうか。 ・ ・ この、自然が芽吹く地で 親友と呼ばせていただいている友人たちと笑い合えるのは、なかなか貴重な人生なのかもしれない・・・