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読書感想

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本の感想や書評を書いた記事です。主に小説について書いています。一部のノウハウや個人的な話は有料にさせていただいています
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#本

筧裕介さん作『認知症世界の歩き方』

筧裕介さん作『認知症世界の歩き方』

この本は、認知症の方がどう周りを見ているのか、場面場面でどういった感情を抱きやすいか、通常の旅行に出かける感覚に置き換えながら考えさせてくれる本です。

今回は、小説の解説ではなく、番外編ということで、認知症になっている方の「行動の理由」を解説しているこの本について、ネタバレ含みつつ考えてみたいと思います。

認知症の方に直接インタビューした内容をもとに研究された内容が、直感的にわかりやすいイラス

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太宰治『水仙』読書感想 

太宰治『水仙』読書感想 

この本は、芸術家志望の資産家の行く末を描いた短編小説です。

資産や資産家に対する、太宰治の考えが分かる作品だと思います。ネタバレ含みつつ考えてみたいと思います。

導入として、太宰が昔読んだ小説の内容が書かれます。ある剣術が得意な殿様が、家来たちと試合をして片っ端から打ち破っていました。

あるとき殿様が庭園を散歩していたところ、変なささやきが庭の暗闇の奥から聞こえたそうです。
「殿様もこのごろ

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絲山秋子さん『ベル・エポック』読書感想

絲山秋子さん『ベル・エポック』読書感想

この話は、荷造りの間で交わされる友達どうしのやり取りの中で、心理の微妙な揺れ動きを描いた作品です。

ネタバレ含みつつこの『ベル・エポック』について考えてみます。

絲山さんは、微妙な友情の心理を描くのがうまい作家さんのひとりで、この本もセリフから細かな心情がうかがえる作品です。

主人公の女性とみちかは、東京の英会話スクールで出会い仲良くなった友達どうしで、この小説では、みちかが引っ越すため主人

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森博嗣さん「少し変わった子あります」読書感想

森博嗣さん「少し変わった子あります」読書感想

この本は、大学教師の主人公が、後輩から勧められた変わった料理店に通いながら、物事について深く思考していく小説です。

その料理屋はだいぶ変わった店で、場所は行くたびに変わるのと、客はたった一人で訪れる決まりがあり、毎回違う若い女性が食事に相伴します。困惑しつつも女性たちと会話を続ける主人公の小山は、その料理屋をだんだんと気に入っていきます。

著者の森さんはミステリー作家として活躍されていた方で、

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小林キユウさん『箱庭センチメンタル』読書感想

小林キユウさん『箱庭センチメンタル』読書感想

この本は、7年半の新聞記者生活を経て写真家となった小林さんが、事件があった場所に再度訪れ、写真を撮りながら感じたことを文章に起こした本です。

今回は小説ではなく、ノンフィクションの本について、ネタバレ含みつつ感想を書いてみたいと思います。

この本では、佐賀市少年バスジャック事件や、JR新大久保駅転落死亡事故など、10件ほどの事件を取り扱っています。事件現場にあとから足を運び撮った写真が、この本

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田中慎弥さん『実験』読書感想

田中慎弥さん『実験』読書感想

この本は、小説家の主人公が幼なじみの男性を不快に思いつつも憎めずにつきあいを続け、小説の題材にしていく話です。

この作家さんは、的確な例えと重く質感のある生々しい描き方が特徴的で、今回は『実験』という本について考えてみたいと思います。

あらすじを書いていくと、三十代半ばの売れない小説家の満が、小学校からの幼なじみである春男に対し、友情と憎しみの入り混じった感情を抱きながら交流を続けつつ、春男を

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中村文則さん『掏摸(スリ)』読書感想

中村文則さん『掏摸(スリ)』読書感想

この本は、軽い気持ちでスリをやっていた青年が、スリの腕を見込まれ大きな仕事を手伝うようになり、悪に飲み込まれていく話です。

スリというのは、街中で人にぶつかったりした隙をつき財布をとる、盗みの一種ですね。

中村文則さんは人間の「悪の部分」を描くのが上手い作家のひとりであり、この話も読む側が暗い世界に入り込めるよう、多くの工夫がなされた小説だと思います。

あらすじを書いていくと、スリの腕が抜群

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太宰治『富嶽百景』読書感想

太宰治『富嶽百景』読書感想

この本は、富士山の近くで過ごした日々の一部を切り取った小説です。

太宰治は『人間失格』など、自意識を前面に出した暗い思考を書いた作品が多いですが、どちらかというと明るい雰囲気の小説です。

浮世絵に描かれる富士や、他の山から見た鈍い富士の印象を書きながら、茶屋の娘さんや青年たちとの交流を描きつつ、話は進んでいきます。この小説は、太宰治がじっさいに山梨県に滞在していたときのことを元にして書いたと言

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湯本香樹実さん『夏の庭』読書感想

湯本香樹実さん『夏の庭』読書感想

この本は、小学生の男の子たちと老人の交流を通し、生きることと死ぬこと、移り変わっていく事への観察をテーマにした小説です。

小学生と老人の交流を中心としながら、ひと夏に起きた出来事が、多くのセリフとエピソードも絡め立体的に展開されていきます。この作品について、ネタバレ含みつつ考えてみます。

小学生である三人は、アルコールに依存しがちの母親がいたり、自分たちの他に家族がある父親がいたり、それぞれ家

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道尾秀介さん『月と蟹』読書感想

道尾秀介さん『月と蟹』読書感想

夏になっているので、夏っぽい話の感想を書いてみます。道尾秀介の『月と蟹』です。ネタバレ含みます。

この話は、海辺の町で過ごす小学生の慎一と、その友達である春也が中心となって進んでいく、ミステリー要素も加えた、子供から大人になる時のもの悲しさが感じられる話です。

 この話は神奈川の鎌倉を舞台とし、鎌倉の自然や祭りも絡め描かれます。話のはじめの方で、慎一と春也、そして慎一の祖父、三人で鎌倉の祭りに

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今村夏子さん『星の子』宗教と日常

今村夏子さん『星の子』宗教と日常

この作品は宗教にはまっている親の下で生まれたちひろという子供が、日常生活を送りながら成長していく話です。

宗教には暗いイメージや、宗教団体に入っている人からお金を巻き上げるイメージが連想されることもありますが、この話は少しだけ人とは違う日常を送りながらも、親の愛情受け育っていく主人公の暖かな物語が描かれています。

私は別の作家さんのエッセイ内で、この小説『星の子』について書かれた文章を読み、そ

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ヘッセ作『車輪の下』 読書感想

ヘッセ作『車輪の下』 読書感想

この本は、過度な教育という車輪の下じきになった、ひとりの少年を描いた話です。

ヘッセが書いた別の小説は、わたしが小学校の頃の教科書に載っており読んだ覚えがありますが、今回は『車輪の下』についてネタバレしつつ考えてみます。

作者の故郷であるドイツを舞台に、自然豊かな情景描写を絡めつつ、主人公ハンス少年の半生を描いています。主人公ハンスは田舎町で育ち、幼い頃から成績が優秀でした。1890年代の頭の

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江國香織さん『東京タワー』読書感想

江國香織さん『東京タワー』読書感想

この本は、高校生のときにはじめて読んで、すごく憧れたのを覚えています。大人になって読むとまた違う感触がする本のひとつです。

自分が好きな箇所というよりは、文や構成の分析などを書いてみたいと思います。ネタバレ含みます。

まずタイトルの『東京タワー』は、東京タワーは見守ってくれるおじさんのようだ、という描写が出てくることに由来しているのだと思います。この作品は透と耕二というふたりの青年の、結婚して

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