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湯本香樹実さん『夏の庭』読書感想

この本は、小学生の男の子たちと老人の交流を通し、生きることと死ぬこと、移り変わっていく事への観察をテーマにした小説です。

小学生と老人の交流を中心としながら、ひと夏に起きた出来事が、多くのセリフとエピソードも絡め立体的に展開されていきます。この作品について、ネタバレ含みつつ考えてみます。

小学生である三人は、アルコールに依存しがちの母親がいたり、自分たちの他に家族がある父親がいたり、それぞれ家庭に問題を抱えながら過ごしていました。ある日ひとりが葬式に出席し、焼かれたあとの骨を見ます。その体験から「人がじっさいに死ぬところを見たい」と興味を持ち、生きている死体のような近所の老人に目をつけます。はじめはしぶしぶでしたが、家のごみ捨てや修理などを手伝ううち、スイカをもらったりして、お返しとしてコスモスの種を買っておじいさんの庭に植えてみたり、おじいさんと子供たちの間には穏やかな友情が生まれます。

そんな中、小学生たちが老人の家でテレビを見ていると、ニュース番組で戦争の映像が流れます。「戦争、いったことある」と一人が思わず聞くと、おじいさんは「あるよ。」とぶっきらぼうに言い、戦争の体験を語ります。おじいさんは前に結婚していたという話を聞いていた三人は、その体験により奥さんとは離ればなれになったのだと察し、その人を探します。

三人は、電話帳をたどり、なんとか居場所をつきとめ、おじいさんが結婚していた人に電車を乗り継ぎ会いに行きます。そこは、世間から隔離したさみしい印象の老人ホームでした。ちらっと見て帰ってくる予定だった三人でしたが、施設の女性に部屋に通されてしまいます。おじいさんには内緒で来たため慌てる三人でしたが、その老女はおじいさんの名前を聞いても「その方は、どなたなんでしょう」と、昔のことは忘れてしまっていました。

その後、施設で会った老女に似ている、種店のおばあさんに協力を頼み、老女のふりをし、おじいさんに会ってもらいます。おじいさんには、おばあさんの正体はすぐばれてしまい「人の人生に、猿芝居を持ち込むな」と怒られてしまう三人でしたが、話すうちに種店のおばあさんとおじいさんは同郷だったことが判明します。そして、昔話を楽しげにして帰っていきました。小学生のひとりは「歳をとって思い出が増えて、その持ち主がいなくなっても、思い出は空気を漂い、土に染み、誰かの心にしのびこんで生き続けるのかもしれない」と考えます。

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その後サッカーの合宿に行き、怖い話で友達と盛り上がったり、蔵に泊まったり楽しむ時間が続き、おじいさんの家に三人で久しぶりに行きます。おじいさんが何してるか賭けようぜ、爪切ってる、寝てる、と喋りながら庭に入る三人でしたが、おじいさんは変わり果てた姿で横たわっているだけでした。

おじいさんと仲良くなりはじめ、庭が片付いたとき、庭に花を植える話になった描写があります。「おじいさんは、ぼくたちの知らない草花の名前を述べた。…そして僕たちは、庭に降る雨をただ見ていた。すっかり生まれ変わり、新しくなにかが根づくことを待っている土に、天から水がまかれる音を耳を澄ましてきいていた」という内容が書かれています。

これは「生命が生まれ死んでいくこと」の例えだと推測されます。その他にもうっすらと伏線があり、そういった内容が、おじいさんが横たわり動かないこのシーンを、違和感なくスムーズに読めるように文章が設計されていると思いました。

友情やユーモアを交えつつ「生きることや死ぬこと」の不思議さと脆さ、「命というものが、間接的に次の命に続いていくこと」ことをテーマに表現していっている小説だと思います。

この本は発売から三十年近くたちますが、生死という時代に左右されないテーマを扱っており、書き方も明るめで、時代性はあまり関係なく読みやすい作品のひとつだと思います。

ほかの本も図書館に並んでいたため、あとで読んでみようと思います。

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