マガジンのカバー画像

エッセイ・コラム

246
運営しているクリエイター

#社会

中学校のプチヤンキー、書き初めで不正行為の巻

中学校のプチヤンキー、書き初めで不正行為の巻

冬休みの宿題といえば書き初めである。私は筆が下手なので、母親に叱られながら、毎度憂鬱な気持ちで書き初めに臨んでいたものだ。

公立の中学校だと「よくないヤツ」が一定数いる。煙草を吸ってしまったり、先生に無意味に歯向かってみたり、けんかに明け暮れたりと、その種類はいろいろだ。

私が通っていた中学校にも「よくないヤツ」がいた。彼はもともとやんちゃで中学の時から喫煙していたとのうわさが絶えなかった。

もっとみる
ジェットタオル好きとしてもの申したいことがある

ジェットタオル好きとしてもの申したいことがある

私はジェットタオルが好きである。
自宅にあるようなものではないため、外出したときにしか出会えない特別なアイテムの一つだ。
洗ったばかりのびしょびしょの手を突っ込むと水がしたたり落ちる様子は、いつ見ても壮観である。

私とジェットタオルとの出会いは物心ついた頃にまで遡る。幼少期に病気でお世話になっていた病院のトイレに、ジェットタオルが置かれていたのである。
当時自分自身が何歳であるかを認識しておらず

もっとみる
【経済】こどももおとなも、そして国家にとっても成長っていいことだと思う

【経済】こどももおとなも、そして国家にとっても成長っていいことだと思う

子供が生まれてしばらくになるが、日々ちょっとした成長をしている娘の姿を見るのは楽しいものである。
生まれて間もないころにはぼやぼやと目を開けるくらいのものだったが、数か月もたてば自分でじたばた動いたり、「あーうー」などと発声するようになる。最近になって哺乳瓶を自分でもってミルクを飲むようになった。すごいものである。

親というのは子供の成長を見るのを心底楽しみにしている。
人が成長し、できないこと

もっとみる
仕事観とは人生観である

仕事観とは人生観である

この世界の大半のものは、何らかの仕事によって作り上げられている。

日々歩いている道もそうだし、日々食べているものもそうだし、日々お世話になっている電車の運行サービスもそうだし、仕事なしに存在しているものはなかなかない。

だから世の中にあるいろんな仕事はそれなりに尊い。「職業に貴賎なし」というのは明らかに言い過ぎだが(例えば、日々救命にあたっているお医者さんとクソゲーを作っているスマホゲームメー

もっとみる
希望なき社会は罪深い

希望なき社会は罪深い

久々に大学の友人と会った時にまあまあ真面目な話になり、「将来子供ほしいとかあるの?」と聞いたことがあった。

彼は「いま生きているだけでも結構大変だし、生きれば生きるほど大変な世の中になっていっている。これから社会が明るくなる見通しがおよそないなかで子どもを産むことが果たして良いのか、悪くなっていく社会で子供が生きていくことがよいのか、と疑問を持ってしまう」と話していた。

子どもが生まれる前に私

もっとみる
事実って小説より奇です

事実って小説より奇です

「事実は小説より奇なり」ということばがある。読んで字のごとく、現実社会のほうが作りものの小説より不思議な出来事も起きることもあるといううことだ。

小説は読後にすっきりとする現象(いわゆる「カタルシス」)があるために、伏線が回収されたり、うまいこと話がまとまっていったり、ハッピーエンドになったりすることが多い。
最近流行りの「異世界転生もの」も同じようなもので、なんだか冴えない主人公が異世界にいっ

もっとみる
飲み会での愚痴は、会社に飼い慣らされてしまった証拠かもしれない

飲み会での愚痴は、会社に飼い慣らされてしまった証拠かもしれない

学生の頃の飲み会というと、大概は意味もなく酒をあおって嘔吐するという時間になりやすい。
社会人になると流石に節度を持って飲むことを覚えるわけだが、社会人歴が長くなるにつれて飲み会には一つの特徴が出てくる。

それは、会社の愚痴を言うようになるということだ。

聞いている時は「ふむふむ、この人は目の前の現状をそんなふうに捉えているのか」と思ったりするのだが、じゃあ愚痴をああでもないこうでもないと言い

もっとみる
若さの価値を知るのは年を重ねてから

若さの価値を知るのは年を重ねてから

小学生や中学生だった頃、どこかに訪問すると必ず年を取った人が「キミたちのように若い子たちにあって元気をもらいました」といったことを言っていたものだ。

当時、「子どもにあって元気になるなら苦労ないだろ」と極めて冷淡な感想を抱いていた私だったが、30代に入ったときにふと「若い子のエネルギー」を感じることが増えた。

会社などで20代前半の社会人との関わりを持つとき、彼ら・彼女らが酒の場なんかでわいわ

もっとみる
おめでたさと思考停止

おめでたさと思考停止

朝井リョウが「正欲」という本で

というひと言を残している。

現在のメディアを巡る環境は多様化・多元化している。大手メディアの言っていることであれば正しいという認識もいまや薄れ、絶対的な規範のようなものはもうない。

こういう環境のなかで、言うなれば「おめでたい思想」みたいなものをよく見るようになった。
陰謀論とか都市伝説とか政治や経済に関するトンデモ理論など、どこから見ても「そんなわけないだろ

もっとみる
コンテンツは「上滑り」している

コンテンツは「上滑り」している

ネットフリックスやアマゾンプライムといったコンテンツ産業がいまや隆盛である。
ユーザーからすれば死ぬほどたくさんの作品を見ることができるという利点はあるわけだが、かたや作品を作る側からすれば、死ぬほど作品を作らないといけないということでもある。
そして、いわゆる月額課金の「サブスクリプション」モデルが多いので、作っても作っても別にユーザーが金をたくさん出すわけでもなく、コンテンツの産業は徐々に薄利

もっとみる
おじさんはちゃんと見ているよ

おじさんはちゃんと見ているよ

覗きをはたらく変態みたいなタイトルになってしまったのだが、ところで(?)おじさんというともはや何しても許される風潮が現代社会に蔓延している。
奥さんからは「ATM」とこき下ろされ、娘からは「臭い」と煙たがられ、部下からは「現場のことがわかってない」と愚痴を吐かれ、上司からは「何をやっているんだ」などと責任を押し付けられる。
それでもおじさんはおじさんとして生きる宿命にあり、時に同僚との飲み会で憂さ

もっとみる
ChatGPT隆盛でも「筋肉は裏切らない」

ChatGPT隆盛でも「筋肉は裏切らない」

かつてNHKの「みんなで筋肉体操」という番組の中で、インストラクターの先生が「筋肉は裏切らない」という名言を残した。

知的労働者が跋扈するいま、多くの人は座ってばかりいる。そんな現代社会では肉体の衰えが活躍に先立ち、そして人からも時に裏切られ自身の肉体は思うように動かなくなっていき、一種の絶望の中に生きることを余儀なくされる。
そこに光を当てるのが筋肉なのだという「メシア」としての筋肉の意義を指

もっとみる
「ガチャ」のあふれる現代社会へ

「ガチャ」のあふれる現代社会へ

スマホゲームでは「ガチャ」というシステムが導入されていることがある。
ゲームショップの前にあるガシャポンよろしく、金を入れてカプセル(というかアイテム)が出てくる仕組みらしい。
何が出るかわからない運ゲーではあるため、パチンコのような射幸心をあおりつつゲームへの課金を促す仕組みになっている。

いま、人生のいろんな出来事をガチャにたとえることがある。
「親ガチャ」とか「上司ガチャ」とかそういう類で

もっとみる

人はみんな神様になりたくて

ネット世論なんて言葉がでてきてしばらくになる。
インターネット上で意見表明をすることが非常に簡単になったことで、ひとりひとりが考えていること・思っていることを言葉にしたり、表現したりする機会が増えた。

ヤフーではニュースのコメントや、アンケートの機能なんかがついていて結構面白い。
アンケートではだいぶ前の話だが、緊急事態宣言を延長した方がいい、という意見が多くありながらも、緊急事態宣言には効果が

もっとみる