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#連載
香山の10 「明」(16)
博多駅の近くに位置する喫茶店にタクシーが着いた。運転手の女性が、料金を告げた。ここから私は、何が起こるのかはおおよそ分かっていた。ほとんどの関係に置かれた二人は、料金を払う役割を到着までに決めず、到着したとたんに、ここは私が、と言い始めるのだ。事実、確実に中崎は財布を取り出すつもりであった。
彼の財布は、灰色の長いルイ・ヴィトンであった。ロレックスにルイ・ヴィトン。彼の靴を外観だけでブランドを
明の9 「真夏の夜の匂いがする」(25)(和訳付き)
博多口を出ようとした。
出られなかった。気がつくと私は踵を返していた。間反対の、元いた筑紫口に向かっている。お宮が私を引き留めようとしたが、私は無視して肩をつかむ力を強めた。
何かの判断を強いられたのだ。恐怖ではない、別の想念じみたものが私を動かしていた。踵を返したのは、誰もが経験するであろう無意識に組まれた考えの連なりからなる決断だった。歩きながら、私は自分の思考を見直した。
私は次にと
明の11「シドと白昼夢」(27)
今一度私はAirpodsの位置情報を確認した。Airpodsは、マクドナルドの下にある。姿を視認すれば切りかかれるように、ホルスターのナイフに手をかけた。そして、整列する掲示板によっかかっている貫一を見つけた。ナイフに殺意を注入するところであったのに、私はそれができないことを悟った。気づけば、私は柄から手を離し、しきりに雑踏の中に貫一を探すかのようにあたりを見渡している。また、私は彼を視認して、
もっとみる貫一の1「ハニーポット」(28)
脇腹を何度か刺されたので、血が出ていた。そのままでは生死にかかわるために、止血しながら私は紅葉を電話で呼んだ。移動手段を確保する必要がある。
河原の道を外れた雑草畑の上で私は足をのばしていた。この時間は、福岡市から唐津方面へ向かう車が多く、いつまでも橋の上は混雑していた。ここ数日はずっと晴れていたが、土はまだ湿っていて、腰を下ろすのは心地のいいものではなかったが、応急処置を済ませるためにはこう