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白い楓

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二人の殺し屋がトラブルに巻き込まれて奔走する話です。そのうち有料にする予定なので、無料のうちにどうぞ。。。
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#連載

香山の1「待ち合わせ」(03)

 お互いに、二文字以内でしか名前を知らない関係でも、それはなんら私達の関係に支障を与えない。勤務時間にしか会わない上に、その勤務時間にも滅多に会うことはないからだ。勤務時間以外を共有するのは今日の会食が初めてで、私はTogaの黒いシャツを着て、Nudie Jeansの濃いジーンズを履き、全身に羽織れる程度の緊張を感じつつ奴を待っていた。スマートフォンの画面にある時計を見る。よかった、約束より数分早

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香山の3「職務質問」(06)

 こんこん、と手が助手席側の窓を叩いた。吸い寄せられるようにそちらを見る。スーツの袖であった。暗がりでは袖の色がよく分からないが、微かな街灯を吸い込む色であれば、黒か青のどちらか。手首を象るような白い袖口が見えた。カラーシャツである。もしや、明か。こんな時でもスーツを着てくるのは奴らしいとも思える。私は間抜けにも、その手の主が明だと信じて疑わなかった。
 私は何もしないで、手の主が他の部位を見せる

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香山の10 「明」(16)

 博多駅の近くに位置する喫茶店にタクシーが着いた。運転手の女性が、料金を告げた。ここから私は、何が起こるのかはおおよそ分かっていた。ほとんどの関係に置かれた二人は、料金を払う役割を到着までに決めず、到着したとたんに、ここは私が、と言い始めるのだ。事実、確実に中崎は財布を取り出すつもりであった。
 彼の財布は、灰色の長いルイ・ヴィトンであった。ロレックスにルイ・ヴィトン。彼の靴を外観だけでブランドを

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「白い楓」連載についてのお知らせ

 本日より2020/02/09まで、連載は不定期となります。その理由でございますが、今一度プロットを練り直す必要を感じたためです。
 情けない話、当初は軽々しい気持ちで書いておりましたので、誰にも見向きもされぬ拙劣な作品となると恐れておりましたが、幸いにも世間の目に留めて頂き、大変光栄に思っております。
 読んでいただいた方の中には批評をくださる方もいらっしゃり、自分にはまだ学ぶことが多いと感じま

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香山の12「オーバードライブⅡ」(18)

 天神の書店に着くと、私はどことなく店内を歩き始めた。興味のないミステリー作品の棚へ行き、私は本を実際に手に取ってみせ、難しそうな表情を作っては戻す、を繰り返して、こう言った。
「お前は何か見たい本があるのかい」
「別に、ないね。本だとか、論文だとか、活字というのはどうも衒学的な感じがして俺は好きになれないな。一種のアレルギーみたいなもんさ」
 すると、棚と私の間に空間を見つけた男女が、すみません

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お宮の1 「らせん」(19)

 私は、依頼のメールを読んでしたり顔をした。
『私の交際していた女Kが殺された。殺したやつを突き止めた。警察に突き出すだけでは気が済まない。なぶり殺しにしてほしい』
 添付されていたjpegファイルを開くと、そこには明という同業者の顔があった。彼はこの業界で名の知れた男で、香山というブローカーの下で働いていた。どちらも、仕事の上手なことで知られているのに、彼らの素性を調べた依頼者に舌を巻いた。しか

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香山の13「夏の魔物 Ⅰ」(20)

 私は、お宮の話を聞きながら、自分が依頼されて、直接ではないにせよ殺害した女性Kのことを思い出していた。依頼に従い、明が彼女を絞殺したことは知っていた。その事実は、ニュースで確かめた。
『今日午前二時ごろ、福岡市内の宿泊施設にて、女性の遺体が発見されました。女性の身元は、現場から遺留品が持ち去られていたために、未だ明らかになっていません。なお、福岡県警は、金品を目的とした強盗殺人とみて捜査を進めて

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明の6「402 Payment Required」(21)

 椅子に縛られたお宮は、力尽きたのか目を閉じていた。呼吸を確認したが、彼はまだ存命であった。耳を切られたり、足に被弾した程度では人は死なない。映画というのは実によくできている。
 私は、自分の置かれた状況を今一度考えた。香山はお宮に襲われ、それを私が阻害、そして捕縛、彼を拷問すると、彼は私達が過去に行った仕事の被害者の交際相手から依頼されてい動いている(性欲の変貌した先が、生命を奪う殺意とはね!)

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香山の13「夏の魔物 Ⅱ」 (22)

「もしもし」
「お前が貫一か?」
「誰かね君は」
「香山という同業だが、そちらさんは名乗らないのかい」
「お前の言った通り、俺は貫一だよ」
 彼の声は、荒野に走る一本の道路のように平坦で、電話を取ったのが私であることにもさほど驚いていない様子であった。
「ということは、お宮はそこにいるわけかね。彼は、捕まったのか。計画はご破算というわけかね。ああ、そうかい。しかし俺はこの通り、まだ息をしている。と

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明の8 「獣ゆく細道」(24)

 空港から博多駅はそう離れた場所にはない。香山が車を転がせばすぐに筑紫口に到着し、私はお宮とともにハチロクから降車した。逃げ出さぬようにお宮の肩に手を回して、強く握った。
 私の狡猾は、香山の加糖練乳よりも甘ったるい判断をあざ笑いはじめていた。それはじわじわと私の中に悪意を宿らせた。ちょうど、コーヒーに半紙を浸したような具合だ。
 計算だと? 冷笑が絶えないね。
 自分以外の存在が下劣と名付けるに

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明の9 「真夏の夜の匂いがする」(25)(和訳付き)

 博多口を出ようとした。
 出られなかった。気がつくと私は踵を返していた。間反対の、元いた筑紫口に向かっている。お宮が私を引き留めようとしたが、私は無視して肩をつかむ力を強めた。
 何かの判断を強いられたのだ。恐怖ではない、別の想念じみたものが私を動かしていた。踵を返したのは、誰もが経験するであろう無意識に組まれた考えの連なりからなる決断だった。歩きながら、私は自分の思考を見直した。
 私は次にと

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明の10「茜さす 帰路照らされど…」(26)

 貫一の狙いを見透かした私は、裏をかくためにお宮の同伴という貫一の要求を無視することにした。ハチロクの中に、お宮と残っていた。私は一人、博多口付近で、二人の出現を待つ貫一を見つけ、iPhoneを介して香山と会話をさせる手はずである。香山は筑紫口のロータリーにハチロクを停車し、私からの電話を待っている。
 動悸と眩暈を感じ、私は心底貫一との対面を望み、同時にそれを否定していることを認めた。再び筑紫口

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明の11「シドと白昼夢」(27)

 今一度私はAirpodsの位置情報を確認した。Airpodsは、マクドナルドの下にある。姿を視認すれば切りかかれるように、ホルスターのナイフに手をかけた。そして、整列する掲示板によっかかっている貫一を見つけた。ナイフに殺意を注入するところであったのに、私はそれができないことを悟った。気づけば、私は柄から手を離し、しきりに雑踏の中に貫一を探すかのようにあたりを見渡している。また、私は彼を視認して、

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貫一の1「ハニーポット」(28)

 脇腹を何度か刺されたので、血が出ていた。そのままでは生死にかかわるために、止血しながら私は紅葉を電話で呼んだ。移動手段を確保する必要がある。
 河原の道を外れた雑草畑の上で私は足をのばしていた。この時間は、福岡市から唐津方面へ向かう車が多く、いつまでも橋の上は混雑していた。ここ数日はずっと晴れていたが、土はまだ湿っていて、腰を下ろすのは心地のいいものではなかったが、応急処置を済ませるためにはこう

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