#創作大賞2024
使わない言葉に表れたのは、私のキモい自意識だった
ちびろさんの記事で「使わない言葉」について書かれておりとても興味深く印象に残っていました。日常のなかでふと、あ、これ「使わない言葉」だなと思い出したりしていたので、アンサーnoteというほどのもではないですが、ちょっと書いてみます。そして書いていたら自分のキモい自意識にぶちあたったという話。
フェミニズム的な観点
「主人」「旦那さん」「奥さん」「ライフステージ」「母性」
→このあたりは結婚し
関心領域を観て喪黒福造にドーンされる
映画「関心領域」を観た。
笑ゥセールスマンの喪黒福造に「ドーン」されたような気分だ。もしくは名探偵コナンないしは金田一少年に「お前だ!」と指をさされたような。
アウシュビッツ収容所の中の惨劇を見ずに、聞こえる悲鳴や銃声を聞かずに、立ち上ぼる煙や匂いといった殺戮の気配に気が付かないふりをして、無関心なのは誰だ?異様な光景に怒りがこみ上げる。この怒りは誰に向ければいい?収容所の所長のヘスか
死に損なった家族について
姉が、死に損なった。
私は、「ちゃんと死ねたら良かったのにね」と思った。
「死に損なう」なんて、家族である私が使う表現としてあまりにも薄情に映るんだろうか。死にたくて死にたくてしょうがなかった世界に、姉は無理やり連れ戻されて、重い障害を背負い自我をなくし、もう自分で死ぬことも叶わなくなってしまった。
自死について、なんで世の中では悪いことみたいな共通認識になっているのか、理解できなくな