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経済観測

 前回の投稿からの経済情勢を概観し、課題や解決策の方向性を考察する。これまで「MMT(現代貨幣理論)の死角」と題して論考を進めてきたが、今回から、情勢変化・課題分析・解決策の考察の部分を切り離す。MMTに関する論考は、同じタイトルで別途投稿を予定している。 


■情勢の概要

▢依然として厳しい状況が続く

 まず、各社報道を参考に、この3ヵ月余りの情勢変化を象徴する4つのデータを振り返ってみたい。以下は相互に関連しているのだが、厳しさが増している状況を読み取ることができる。

 1)DI(Diffusion Index)の最新データ

 6月の日銀短観(四半期)帝国データバングの調査が公表されている。
    
 日銀短観は大企業製造業の業績改善が認められるが、大企業非製造業・中小企業非製造業が悪化している。円安を追い風にした輸出増が進む一方で、中小企業を中心に輸入物価の高騰が価格転嫁できていない状況が推察される。大企業非製造業の業種別では、小売りや宿泊・飲食サービスが不振だ。物価高による消費減や、インバウンド(訪日客)需要を相殺してしまうほどの下押し圧力が推察される。例えば、ゴールデンウィークで顕著だった国内日本人の旅行控えや、外国人観光客の需要増による価格上昇などが考えられる。

 帝国データバンクの調査も同様の傾向を裏付けている。好材料として、DX関連投資・民間工事の発注増加、季節商材の販売、活発なイベントの開催、患者数の増加に伴う「医療・福祉・保健衛生」の改善を取り上げている。

 2)出生数・合計特殊出生率

 厚生労働省が7月5日に発表した23年度の人口動態推計(概数)によると、さらに悪化していることを確認できる。出生数は過去最少の72万7277人(前年比4万3482減)。23年の政府推計より11年早いスピードで減少している。合計特殊出生率も1.20で過去最低を更新。都道府県別では沖縄県(1.60)、宮崎県(1.49)、長崎県(1.49)が高く、東京都(0.99)、北海道(1.06)、宮城県(1.07)が低くなっている。出生数、出生率ともに8年連続でマイナスとなった。

 3)日本の競争力

 スイスの国際経営開発研究所(IMD)が発表した2024年版「世界競争力ランキング」で、日本は前年より順位を三つ下げ、世界38位となった。3年連続で順位が落ち、過去最低を更新。企業の効率性低下が響いた結果という。「経済実績」「政府の効率性」「ビジネスの効率性」「インフラ」の総合評価でランキングされるが、日本は「経済実績」が21位と前年から5ランク上昇。「インフラ」は23位、「政府の効率性」は42位で横ばい。企業の技術革新や利益に直結する「ビジネスの効率性」が51位と四つ順位を落とした。

 世界首位にはシンガポールが前年から3ランク上げて、4年ぶりに返り咲いた。2位はスイス、3位は前年首位のデンマークとなった。アジア勢はこの他、香港が5位、台湾が8位でトップ10に食い込んだ。日本は1989年から4年連続で世界トップだったが、その後、低落傾向が長期化している。

 4)円の国際価値

 国際決済銀行(BIS)が6月21日に公表した「実質実効為替レート」(2020年=100)によると、5月が68.65となり過去最低を更新した。海外と比べて物価や賃金の伸びが鈍いこと、長引く円安が要因という。最も高かった1995年4月(193.97)の約3分の1まで落ち込んだ。70年代前半より低く、ドルやユーロ、人民元との差も拡大している。主要通貨としての地位が揺らいでいる。

 「実質実効為替レート」は通常の為替レートとは違って、「主要国の物価上昇率や貿易額といった経済指標を考慮して通貨の総合的な実力を表す(6月21日付東京新聞)」とされる。

 この点について少し補足しておきたい。最も単純な為替レートの理論として購買力平価(purchasing power parity)がある。2国間貿易を考えた場合、長期的には両国の物価水準に比例して為替レートが決まるという考え方である。絶対的購買力平価と相対的購買力平価に大別される。だがこの理論は、財やサービスの動きを十分に説明できないという欠点がある。そこで、英エコノミスト誌が考案したのが「ビッグマック指数」と呼ばれるものだ。全ての財やサービスの動きを加味できないので、比較的網羅できそうな各国共通の指標として、ビッグマックの価格を評価基準にした。しかし、この指標も貿易されないモノやサービスのコストが反映されてしまったり、牛肉に関税をかけている国があったりするので、十分ではない。

 実質実効為替レートはこれらと比べて、総合的な価値を示すとされる。

▢主だった経済指標を振り返る

 引き続き報道データから概観する。

 ・ドル円レート

 日銀は3月19日の金融政策決定会合で「マイナス金利政策」の解除だけでなく、「長短金利操作(YCC)」も撤廃した。大規模緩和からの大きな政策転換となったが、金利急騰の懸念から長期国債の買い入れは続ける方針を発表した。

 しかし、その後も一段と歴史的な円安ドル高傾向が顕著となり、1ドル160円~165円の間での値動きが予想されていた。要因として、米国のインフレ傾向が続いていることから、短期的な投機筋では、FRBの利下げよりも日銀の利上げ観測が低いとの見方が強いことが考えられる。日銀は4月25日・26日の金融政策決定会合で政策金利の据え置きを決めたが、金利差懸念から更なる円安を招いた。4月29日の外国為替市場で、約34年ぶりに1ドル160円台に突入した。

 この3ヵ月余りの間、政府・日銀は3回、円買い介入を実施したとされる。1回目はこの直後だ。29日午後になると乱高下しながら急速に円高が進み、一時154円台後半まで急上昇した。2022年10月21日以来の5兆6千億円に迫る規模と推計された。しかし、5月1日には158円台後半まで戻って再び円安に振れたが、2日未明に153円00銭の円高となった。2回目の介入が指摘されている。その効果もあってか、4日には一時151円台を付けた。

 この頃からFRBの利下げ観測が指摘され始めた。4月の雇用統計で、労働市場が悪化したためだ。こうした中、日銀は5月13日、国債の買い入れ減額を発表。6月14日の金融政策決定会合で正式に方針を決定。具体的な減額計画は今月下旬の会合(30日・31日)で決める。3月以降の金利上昇を反映して、財務省やメガバンクも歩調を合わせる展開となった。5月27日、長期金利は一時1.025%を付け、12年ぶりの高水準を更新した。

 しかし、6月21日の東京外国為替市場で一時159円台となり、2ヵ月ぶりに円安に戻った。6月26日には一時160円39銭を付け、37年ぶりの円安水準となった。FRBの利下げ観測が後退して米国の長期金利が上昇した。29日には一時161円台を付けたが、7月11日には157円90銭まで急騰。3回目の介入が指摘されている。12日も上昇し、一時157円台前半を付けた。2日連続の介入で計5兆円規模が投入されたとの見方がある。日銀は今月末の金融政策決定会合(30日・31日)で国債買い入れ額減額の具体策を検討するが、介入による時間稼ぎをしている状況が推察されるので、現時点では、追加的な利上げを重ねることは考えづらい。

 FRBの利下げ観測については、6月22日の連邦公開市場委員会(FOMC)で政策金利の据え置きが決定された。7会合連続の据え置きとなり、3月時点で見込んでいた年内3回の利下げ回数を1回減らした。物価上昇率が足踏みしているためである。市場では9月以降に利下げされる見方がある一方で、11月の米大統領選挙でトランプ氏が再選された場合の影響を考え、利下げが流動的になるとの見方もある。利下げに反対する一方で、ドル安を掲げているからだ。

 仮に今後、米国経済の消費減速傾向の高まりやインフレ率の落ち着きを背景に利下げへ舵を切った場合、早ければ9月以降、円高ドル安へ振れる可能性があるとされた。事実、米労務省が米国時間7月11日に発表した米国6月CPIは、物価上昇圧力が低下していることを裏付けた。その結果、9月利下げの見方が強まり、円高ドル安に振れた。3回目の介入は、このタイミングを捉えたものであることが指摘されている。

 過去3回の政府・日銀の介入が事実だった場合、短期的な為替変動に対して効果が薄いことが実証されてしまっているが、今後、FRBが利下げに踏み込んだ場合、歴史的な円安が終焉するとの見方がある。再び円安に振れても、1ドル160円~165円の間での値動きを最後に円高へ振れるとの予測だ(7月16日付 野村総合研究所 木村 登英氏)。

 その後は、1ドル150円台前半で推移している。7月26日の東京外国為替市場は午後5時時点で1ドル153円91銭~93銭。11日に発表された米国の6月の消費者物価指数(CPI)が予想を下回ったことなどを機に、一時1ドル151円台まで円高が進んだ。FRBが9月に利下げするという金融市場の見方が強まったためとされる(7月27日付 東京新聞)。

 ・日経平均株価

 一時的に低下傾向を示したものの、基調的には過去最高値を更新しながら4万円台前半で上昇傾向にある。輸出型製造業を中心とした業績拡大や半導体・電子部品関連に対する短期的な期待に支えられたものであるが、低金利がポジティブな要因になった可能性がある。7月11日の史上最高値更新(4万2224円02銭)はこうした期待に加えて、米国の利下げが9月に始まるとの期待が高まり、幅広い銘柄が買われた。

 一時的な下落は4月5日の東京株式市場で3万9000円割れ、19日には下げ幅が一時1300円を超え、2ヵ月ぶりに一時3万7000円を割り込む場面があった。中東情勢の緊迫化に伴う原油価格の上昇が要因とされる。「円安・株安」の同時展開となったが、すぐに「円安・株高」の展開に戻った。物価上昇の懸念や利上げ観測よりも、輸出型製造業への短期的な期待や金融緩和の継続に伴う株価上昇圧力が上回ったものと思われる。

 ただし、7月11・12日以降、政府・日銀の介入可能性による円高ドル安が進んだ影響を受けて、18日の東京株式市場で大幅続落。終値は前日比971円34銭安の4万0126円35銭、25日は前日比1285円34銭安の3万7869円51銭となった。業績押し上げ期待が後退した輸出関連銘柄や半導体関連銘柄などが売られた結果だが、今回の株安も一時的な投機筋によるものであり、基調的な円高が見通せるまでは、政府・日銀による円安けん制・介入によって売り買いする展開が続くものと思われる。

 ・消費者物価指数

 総務省が4月19日に発表した2023年度平均の全国消費者物価指数(2020年=100、生鮮食品を除く)は、前年度と比べて2.8%上昇の105.9となった。原材料費の高騰や食料品・日用品の値上げが響いたとされる。3年連続のプラスで、日銀が目標とする2%を2年連続で上回った。ただ、23年度は政府による電気・ガス料金の負担軽減策で伸び率が抑えられ、22年度の3.0%からは小幅に縮小した。生鮮食品とエネルギーを除いた消費者物価指数は3.9%上昇し、1981年度(4.0%)以来、42年ぶりの大きな伸びとなった。

 同時に発表した24年3月の生鮮食品を除く全国消費者物価指数は、前年同月比2.6%上昇の106.8だった。伸び率は、2月の2.8%から2ヵ月ぶりに縮小した(4月20日付 東京新聞)。この時点では、23年度平均の電気や都市ガス代が9.1%下落したことを受けて、負担軽減策が5月使用分を最後に終了することに加え、円安傾向が反映されれば家計負担が増えると予想されていた。

 ところが、岸田首相が6月21日、突如、電機・ガス料金の負担軽減策を8月から3ヵ月限定で再開する方針を明らかにしたことで、家計負担が軽減する可能性が出てきた。政権浮揚や総裁選を意識した弥縫策との批判がある。円安傾向が続く中、期間限定の軽減策にどれだけ期待できるのか、不透明な展開となった。

 参考までに「物価」という用語について補足しておきたい。「物価」と「価格」は異なる。物価は価格より限定的な意味で使われる。個々の価格を見るのではなく、経済全体の平均的な価格の動向を見たいときに物価を計算するのが通例だ。物価指数(price index)と呼ばれるもので、主に三つある。一つ目は消費者物価指数(consumer price index:CPI)。国の消費者が購入するモノ全体の平均的な価格動向を見るときに使う。二つ目として、卸売り段階の平均的な価格動向を見るときは卸売物価指数(wholesale price index:WPI)、三つ目として、輸入品の平均的な価格動向を見たいときは輸入物価指数(import price index)を使う。この中で代表的なものが消費者物価指数で、物価と言えば消費者物価を指していることが多い。

 ・実質賃金

 大企業を中心に賃上げをしているが、円安、物価高のスピードに追い付かず、マイナスを更新し続けている。言わば、焼け石に水の状態である。この3ヵ月余りで報道された推移を時系列に列挙すると、減り続けている様子がよくわかる。

・厚生労働省が4月8日公表した2月の毎月勤労統計調査(速報、従業員5人以上)によると、物価変動を考慮した1人当たりの実質賃金は前年同月から1.3%減った。マイナスは23ヵ月連続となり、リーマン・ショックによる景気低迷期と並び最長。
・厚生労働省が5月9日公表した3月の毎月勤労統計調査で、物価変動を考慮した実質賃金は前年同月比2.5%減と24ヵ月連続で前年割れし、マイナス期間が過去最長を更新した。
・厚生労働省が6月5日発表した4月の毎月勤労統計調査(速報、従業員5人以上)によると、物価変動を考慮した1人当たりの実質賃金は年同月から 0.7%減った。実質賃金は過去最長の25ヵ月連続マイナスだった。
・厚生労働省が7月8日公表した5月の毎月勤労統計調査(速報、従業員5人以上)によると、物価変動を考慮した1人当たりの実質賃金は前年同月から1.4%減った。マイナスは26ヵ月連続で過去最長を更新。

 減り続けている理由について、最新の7月8日公表分に関する朝日新聞の報道を引用しておこう。今年の春闘は33年ぶりの高水準となって名目賃金(現金給与総額)は29ヵ月連続のプラスだったが、物価高騰に追い付かず、実質賃金が減り続けているとしている。

  
 だが、名目賃金の上振れも、中小企業や非正規雇用の賃上げ状況を見れば、全体の賃上げ率を押し下げてしまっていることが推測される。あらためて、全企業(事業所)の99%以上を中小企業が占め、全従業者の70%以上が中小企業に勤務している実態を強調しておきたい。以下の報道を振り返れば、押し下げてしまっていることを推し量るに十分であろう。

・「今春闘では、積極的な賃上げの動きが中小企業にも広がったものの、大手との賃上げ幅の差は昨年より拡大した。自動車などの産業別労働組合(産別)でつくる金属労協の集計(3月29日時点)によると、ベースアップに相当する賃金改善の平均額は、組合員数が299人以下の企業では、千人以上の企業に比べ4370円下回った。その差は前年から2倍超に広がった。(4月9日付)」
・「政府は中小企業の労務費(人件費の一部)の上昇分を大企業との取引価格に転嫁する対策を推進。だが十分に転嫁できていない実態がある。連合傘下で最大の産別『UAカイゼン』の製造産業部門が今年1月までに行ったアンケートで、労務費の上昇分のうち8割以上を転嫁できたとの回答は従業員規模千人以上では29%なのに対し、100人未満では6%にとどまり、中小企業の弱さが際立つ。(同日付)」
・「帝国データバンクが今月実施した2024年度の賃上げ実績アンケートで、約7割の企業では今春闘の焦点となっている『5%』の賃上げ率に届かなかったことが分かった。満額回答も相次いだ大企業と対照的に、人件費などの価格転嫁が難しい小規模企業で伸び悩みが目立つ。企業規模によって処遇改善の流れから取り残される賃上げ格差の構図が鮮明になってきている。(4月30日付)」
・「飲食店やスーパーなどで働くパートら非正規労働者が勤務先に一律10%以上の賃上げを求める『非正規春闘』の実行委員会は9日、都内で会見を開き、賃上げの要求をした107社のうち、48社が賃上げに応じない『ゼロ回答』だったと明らかにした。賃上げを勝ち取ったケースもあったが、実行委のメンバーは『一部にとどまった』と説明した。
 (中略)労組中央組織の連合が8日に公表した春闘の第5回集計では、非正規の賃上げ率は6.02%と過去最高だった。これに対し、同実行委が非正規で働く人を対象に1~8日に聞いたインターネット調査(回答数251件)では、72.5%が『今年1月から賃金は上がっていない』と回答。労組に入っていない大部分の非正規には賃上げが広がっていない現実がうかがえる。(5月10日付)」
・「経団連は20日、2024年度の春季労使交渉の1次集計結果を発表した。大手企業の定期昇給(定昇)とベースアップ(ベア)を合わせた賃上げ率は5.58%で、バブル期だった1991年(5.60%)以来33年ぶりの5%超となった。(5月21日付)」
・「日本商工会議所は5日、中小企業の2024年春闘の結果を発表した。正社員の月給の平均賃上げ率は3.62%と、経団連の集計で5.58%だった大企業との格差が鮮明となった。異例の労使共闘で産業界の隅々まで賃上げの動きが広がったものの、物価高騰を考慮すると実質マイナスが続いている。多くの世帯は家計のやりくりが依然として厳しい。(6月6日付)」
・「政府が閣議決定した『骨太の方針』は賃上げの波及を目指し、雇用者の約7割が働く中小企業の支援を最重要課題に掲げた。だが、多くの中小は原材料や人件費の上昇分を販売価格に転嫁できず、賃上げの原資を確保できていない。これに対し、大企業は利益などに占める人件費の割合『労働分配率』が過去最低水準だ。大企業と中小の賃上げ余力の差が賃上げ格差を広げつつある。(6月22日付)」
・「連合は3日、2024年春闘での傘下労働組合の賃上げ要求に対する企業側回答の最終集計を公表した。平均賃上げ率は5.10%で、1991年以来33年ぶりとなる5%台を達成。月額では平均1万5281円アップとなった。
 (中略)29年ぶりに3%台となった昨年の平均賃上げ率3.58%を上回る結果となった。一方、厚生労働省の毎月勤労統計調査では、物価変動を考慮した1人当たりの実質賃金は4月まで25ヵ月連続のマイナスを記録しており、物価高騰に賃上げが追いついていない状況が続いている。(7月4日付)」
・「日銀が12日発表した6月の生活意識アンケートによると、1年前よりも暮らし向きが『ゆとりがなくなってきた』との回答は、前回の3月調査から6.2ポイント上昇し、55.7%に上った。歴史的な円安などで物価高が進んだことが影響した。(7月13日付)」

引用元:東京新聞

 例年通り、連合による最終集計が7月に公表されたが、厚生労働省が労組のない企業も含めた結果を公表するのは、例年11月頃となる。したがって、それまでは参考値による推計の域を出ないが、概ね傾向的な状況を知ることはできるだろう。

 ・消費・投資・貯蓄

 総務省が5月10日発表した2023年度の家計調査によると、1世帯(2人以上)当たりの月平均消費支出は29万4116円で、物価変動を除く実質で前年度比3.2%の減少だったという。マイナスは3年ぶりで、減少率としては新型コロナウイルス禍の外出自粛で消費が落ち込んだ20年度の4.9%減に次ぐ過去3番目の大きさとされる(5月11日付 東京新聞)。

 今年度に入っても家計の消費支出が伸びず、消費性向が停滞している状況が続いている(7月5日 同省発表 家計調査報告 参照 )。

 内閣府が5月16日に発表した2024年度1~3月期の国内総生産(GDP、季節調整済み)速報値によると、物価変動を除いた実質の個人消費は前期比0.7%減少となった。4四半期連続のマイナスとなり、リーマン・ショック以来、15年ぶりの異例の事態と報じられた(5月17日付 東京新聞)。2011年の東日本大震災の際にも、消費の低迷は今回ほど続かなかったという。

 これに対し、支出額自体は増えているとの報道もある。みずほリサーチ&テクノロジーズが、2024年度の2人以上世帯の家計支出額が23年度に比べて10万円余り増える見通しの試算を示していた。米国経済や中東情勢の影響によるものという(5月15日付 東京新聞)。

 近年、税金や社会保険料負担の増加から可処分所得が伸び悩んでいる。これに加えて、家計の大部分を占める中小企業従事者の賃上げが伸びない。そのため、物価高によって消費支出を切り詰めざるを得ないが、食料品などの生活必需品は購入せざるを得ないので、支出額自体が増えている状況を読み取ることができる。
 
 投資や貯蓄はどうだろうか。実質賃金が減り続けて消費を圧迫している状況から、内需全体が縮小傾向にあることが予測される。国内投資や貯蓄も低迷しているといった状況である。個人金融資産を所持する富裕層や、労働分配率が低くて内部留保を抱え込んでいる大企業については、GDPに大きな影響を与えるほどの行動は認められない。

 代わって経常収支が黒字の状況から、円安を背景とした新NISAを通した海外投資や輸出増によるインパクトが大きいことが推測される。今後は6月から実施された定額減税や給付金の影響、8月から3ヵ月限定で再開予定の電機・ガス料金の負担軽減策の影響も注視する必要がある。

 ・経常収支

 財務省が7月8日に発表した24年5月中の国際収支状況(速報)の概要によると、23年度通年の傾向を引き継ぐ形で経常収支が黒字(2兆8,499億円 前年同月比+8,398億円)、貿易収支が赤字(1兆1,089億円、ただし、前年同月比では赤字幅が縮小し、+909億円の黒字)、第一次所得収支が黒字(4兆2,111億円 前年同月比+4,843億円)となっている。インバウンドの回復から旅行収支の黒字幅が拡大し、サービス収支の赤字幅縮小に貢献している状況が続いていたが、23億円の黒字に転化している(前年同月比+1,826億円)。

 なお、金融収支の内訳を見る限り、新NISAによる海外純投資(純資本流出)による大きな影響を認めることができそうもない。貯蓄性向が国内投資や経常収支へ与える影響が弱く、経常収支の内訳もその多くが第一次所得収支であるため、海外純投資の割合が低く抑えられていることが考えられる。ただし、24年通年で13兆円の買い越しとなり、23年よりも8.5兆円の資本流出となる指摘がある。23年の経常収支21.4兆円を考えると、今後、円レートに与える影響が大きいという(7月9日付 ダイヤモンドオンライン 原田 泰 氏)。

 これは言うまでもなく、国内より金利が高い海外へ投資した方が、多くのリターンを得られると考えているからだろうと思われる。だが、これも長期的には第一次所得収支の増加につながる可能性があり、経常収支の黒字化に貢献し続けるという構造は変わりそうもない。問題は、GDPの約8割を占める内需が衰退し続ける中、如何にして消費だけでなく、国内への投資を伸ばしていくかという点である。

 旅行収支の好調を示す報道を引用しておく。オーバーツーリズムの問題は、日本の歴史や文化、豊かな自然といった観光資源の価値を尊重するよりも、円安が動機で訪日している外国人が、一種の外部不経済を引き起こしていると考えることができる。観光地の価格高騰が日本人旅行客の旅行控えを招くといった副作用も目立ち始めた。

・「政府は17日、3月に日本を訪れた外国人客は推計308万1600人だったと発表した。コロナ禍前の2019年7月(299万1189人)を上回り、単月で初めて300万人を突破、過去最多となった。外国人の宿泊や買い物などの消費額(速報値)は1~3月で1兆7505億円に上り、四半期ベースで最高を記録。円安にメリットがある円安が大きく寄与した。(4月18日付)」
・「新型コロナウイルス禍からの回復と円安を追い風にインバウンド(訪日客)が増えている。訪日客の旅行消費額は2023年に5兆3千億円と過去最高を記録した。日本経済を潤す半面、外国人でにぎわう観光地のモノやサービス価格は高騰。日本人の国内旅行客数がコロナ前よりも減少する副作用も生じている。(6月16日付)」
・「日本政府観光局によると、5月のインバウンド(訪日客)は3ヵ月連続300万人超えの304万人(推計値)。コロナ禍前の2019年5月と比べ9.6%増、5月としては過去最高となった。(7月10日付)」

引用元:東京新聞

 ・政府のデフレ脱却の見解

 物価高騰が続いているが、いまだにデフレ脱却宣言を出せない状況が続いている。内閣府はデフレ脱却を判断するための条件として、以下の4つの指標を示している。

 ①「消費者物価(CPI)」
 ②「GDP(国内総生産)デフレータ」
 ③「需給ギャップ」
 ④「単位労働コスト」

 3月の月例経済報告では脱却への言及がなかったが、このうち、①と②は条件をクリアしているとされる。その後、5月31日、今年1~3月期の③がマイナス1.1%とする推計を公表した。1年間でみた場合の需要の不足額は約6兆円。岸田政権がめざす「デフレ脱却」宣言には逆風となるという(5月31日付 朝日新聞デジタル)。

 しかし、そもそも、この考え方のフレームにおかしなところがある。前回までの拙稿でも指摘しているが、①が2%を上回ったからクリアしたと言うけれども、円安や外的要因(ウクライナ情勢から中東情勢へ移行)に起因するコストプッシュインフレの側面が強いにかかわらず、なぜクリアしたと言えるのか。ディマンドプルインフレでないと、持続的な成長軌道を描くことができないのではないか。

 筆者には、これを実現するには産業構造改革や全国的なデジタル標準化などといった抜本的な改革が不可欠になるので、政府が産業界や自らの既得権益者におもねっているように思えてならない。③については日銀が4月3日、2023年10~12月期の需給ギャップがプラス0.02になったとの推計を発表していたが、内閣府の推計ではマイナスに転じている。デフレギャップがあるのに物価が高騰しているのは道理に合わないだろう。再度、コストプッシュ要因のスタグフレーション的な状況に陥っている可能性を指摘しておく。

 ・倒産件数

 以上の厳しい経済情勢を反映して増え続けている。円安による物価高で輸入価格が高騰しているにもかかわらず、発注元大企業が交渉に応じず価格転嫁ができない。コロナ禍のゼロゼロ融資を返済できない。人手が不足している。こうした要因が依然として倒産件数を増やし続けている。報道を引用しておく。

・「東京商工リサーチが8日発表した2023年度の全国の企業倒産(負債額1千万円以上)は、前年度比31.6%増の9053件だった。増加は2年連続で、9年ぶりに9千件台に乗せた。新型コロナウイルス対応のための政府の資金繰り支援策、実質無利子・無担保融資(ゼロゼロ融資)の返済が本格化する中、物価高や人手不足が響いた。(4月9日付)」
・「東京商工リサーチが10日発表した5月の全国企業倒産(負債額1千万円以上)は、前年同月比42.9%増の1009件となり、2013年7月以来約11年ぶりに単月で千件を超えた。新型コロナウイルス対策で実施された実質無利子・無担保融資(ゼロゼロ融資)の返済に行き詰まった事例が目立つほか、物価高や人手不足が経営を圧迫した。24年通年で1万件に達する可能性が出てきた。(6月11日付)」
・「東京商工リサーチが5日発表した2024年上半期(1~6月)の全国の企業倒産件数(負債額1千万円以上)は、前年同期比22.0%増の4931件で、物価高などを背景に14年(5073件)以来10年ぶりの高い水準となった。増加は3年連続。うち人手不足を要因とする倒産は約2.2倍の145件に達し、調査を始めた13年以降の上半期で最多だった。(7月6日付)」

引用元:東京新聞

▢その他注目すべき情勢

 
 ・経済成長・GDP(国内総生産)

 長期停滞論が示す通り、世界経済は引き続き低成長の見通しである。

 世界銀行が6月11日、最新の経済見通しを公表した。2024年の世界全体の実質成長率は2.6%で1月時点の見通しから0.2ポイント上方修正した。堅調な米国が牽引するためだ。ただし、FRBの利上げの影響で25年は減速すると見込む。欧米の中央銀行は高インフレを抑えるために22年頃から急激に利上げを進めてきたが、今後も消費や投資の抑制に与える影響が懸念されている。中国も個人消費が弱く、25年には減速すると見込んだ。

 日本は消費の弱さと輸出の鈍化の影響で、24年は0.2ポイント下方修正して0.7%。23年の1.9%から減速すると見込んだ。25年以降は「個人消費と設備投資が若干改善する」と見込んだものの、25年は1.0%、16年は0.9%で低成長が続くとされた(6月12日付 東京新聞 参照)。

 現時点(7月30日現在)で確認できる最新のGDP(国民総生産)に関するデータは、内閣府が7月1日に公表している2024年1~3月期・2次速報(改定値)である。それによると、実質(季節調整済み)で前期比0.7%減、年率換算で2.9%減となった。マイナス成長が続いている状況である。名目との比較では、2024年度1~3月期・GDP成長率(前期比)が実質でマイナス0.7%であるのに対して、名目でマイナス0.2%、同期の四半期GDP実額は実質で554.7兆円、名目で597.4兆円だった。

 政府の経済見通しによると、2024年度の名目GDPは615兆円を見込み、目標額を上回ると予測されているが、物価高が主因であり、実質GDPとの「格差」が鮮明になっているとされる(7月26日付 東京新聞 参照)。

 能登半島地震による被害は、被災家屋の解体遅延、災害関連死の増加、断水、避難生活や転出など回復途上の状況が続いている。政府は4月23日、1~3月期のGDP(名目国内総生産)の損失額が石川など3県の試算で、1000億円程度であることを発表した。

 ・限定的な資金需要

 こうした中、メガバンク3社が5月25日、2024年度3月期連結決算を発表し、純利益の合計が3兆円を超えたという。各社報道によると、脱炭素やデジタル分野を中心に企業の資金需要が旺盛で、収益源の融資が堅調だったとされるが、円安傾向による海外事業の好調が寄与している点が大きい。メガバンクは地方銀行と違って海外拠点が多いので、国際的な取引が活発だからである。したがって、輸出型製造業や半導体産業の資金需要の増加が好業績につながっている可能性がある。

 しかし、先述の通り、経常収支全体で見ると貿易収支の赤字は続いており、主な稼ぎ頭は旅行収支(インバウンド)である。同じ輸出でも、この場合、国内中小企業(旅行・飲食・宿泊業など)への融資が問題となる。今後のGDPを成長軌道に乗せるためには、国内への投資が欠かせない。大企業の設備投資や研究開発投資だけでなく、GDPに大きな影響を与える中小企業の業績こそが重要である。しかし、倒産件数の増加を見ても明らかなように、国内の中小企業は苦境に立たされている。ゼロゼロ融資の返済ができない状況は振り返ったが、こうした状況から、資金需要があっても業績が悪化して融資を受けることができない、もしくは受けづらい状況が推測できる。

 ・国民負担増が継続

 社会保障費や防衛費の増加に伴い、増税や社会保険料の負担増が家計に重くのしかかっている。この3ヵ月余りの実質賃金の減少は、家計に更なる負担を強いている結果となっている。

 24年春闘以降の傾向として、大企業と中小企業の賃上げ格差が目立ってきている。先述の通り、正規と非正規だけでなく、大企業と中小企業の格差が浮上しつつある。全従業者の70%以上が中小企業に勤務していることを考えれば、中小企業従事者や非正規労働者の可処分所得の伸び悩みは、実質賃金の減少の影響が加わることで、GDPの下押し圧力を増やしてしまっていることは容易に推測できる。先述の個人消費の低調ぶりは、この傾向を支持していると言える。

 ・非効率な財政状況

 結論から言うと、税財源の自然増を先送りした財政、国債増発によるバラマキや無駄遣いが続いている。私見を述べながら主だった例を挙げよう。

 1)「子ども・子育て支援金」

 4月19日の衆院本会議で児童手当拡充を柱とした少子化対策関連法案が可決された。これに伴い、26年度に「子ども・子育て支援金」が創設されることになり、徴収額と同時に負担額が順次引き上げられることになる。

 前回の拙稿で指摘したが、公的医療保険料に上乗せするという発想そのものが「共同連帯」の理念から言って不自然である。結婚、妊娠・出産、子育ては個人の自由意思だからである。医療保険を医療費以外の目的に使うこと自体がおかしなことであり、医療保険制度や自己決定権を毀損することにつながりかねないのではないのか。「共同連帯」の理念がその性質上、制度的に担保されているのは介護保険と後期高齢者医療保険だけであることも拙稿で指摘した。

 岸田首相は「社会保障費の歳出削減によって実質的な追加負担を求めない」と主張していたが、当初、発表されていた「28年度に1人当たり月平均で500円弱を見込んでいる」の内容が明らかになり、3月29日の政府試算で、最大が共済組合加入者で950円、次いで大企業の会社員が850円であることが発表された。平均月額が450円に修正されたが、歳出削減の具体的な内容が明らかになっていない。年収別の具体例は4月9日の試算で示された。年収400万円なら650円、年収600万円なら1000円とされ、当初の500円弱と照らして公平性の観点から問題となりそうだ。

 また、社会保障を削減対象にすること自体、高齢者や障害者、あるいは失業者の生存権を脅かすことになりかねない。特に、介護保険は制度的に破綻寸前と言っても過言ではなく、後期高齢者医療保険や年金までも削減対象にするのなら、社会的弱者である要介護認定を受けた高齢者や、低年金者への相当な配慮が必要となる。

 そもそも、この支援金の発想はすでに制度化されている「子ども・子育て拠出金」に近いものであるという指摘がある。この制度は厚生年金保険料に上乗せされて拠出金が徴収されるというものだが、本来の年金制度の趣旨から言って不自然である。保険料でも税でもなく性格がはっきりしない。雇用者が全額負担するので雇用意欲が削がれる。そういった指摘である(参考文献1 p. 159)。

 2)防衛費

 ウクライナ侵攻や中東情勢の緊迫化に伴い、世界の軍事費は増加傾向にある。スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が公表した2023年の報告書によると、世界の軍事支出総額は前年比6.8%増の2兆4430億ドル(約378兆円)。比較できる1988年以降の最高額だという。中国は上位10ヵ国の内、2位(2960億ドル)となっており、東アジア地域の軍拡競争を招いているとされる。実際のところ、日本は前年比11%、台湾も同11%の防衛・軍事費を積み増した(4月24日付東京新聞)。

 台湾有事のリスクや北朝鮮の核・ミサイル開発が継続する中、日米安保にもとづく安全保障環が脅威にさらされている。自衛隊の「統合作戦司令部」の創設や在日米軍の「統合軍司令部」への再編といった連携強化の動きが見られるが、主導権を米国に奪われるといった懸念がある一方で、今年11月の米大統領選挙で共和党のトランプ前大統領が再選された場合、更なる防衛費負担を求めてくる可能性がある。トランプ氏はウクライナ侵攻や中東情勢の緊迫化を終結させると主張しているが、再選したら、バイデン大統領の国際協調路線が再び米国第一主義へ戻ってしまう可能性がある。

 米国は近年、国内の経済的不平等や社会的分断の増大、多極化する国際社会におけるパワーバランスの変化などといった要因により、往年の「世界の警察官」としての役割を果たせなくなってきている。日米安保においては依然として強固な軍事協力が続いているものの、相対的な影響力の低下は否めないと考えておいたほうが妥当だろう。こうした中、トランプ氏が再選されたら、自国優先・防衛費負担の要求という経路で、在日米軍のプレゼンスや日米安保体制の存在意義を見直すきっかけになるかもしれない。

 さて、そのトランプ氏だが、ここにきて有利な展開になっている。7月13日、東部ペンシルヴェニア州バトラーで開いた支援者集会で銃撃されたが、右耳を貫通する負傷で助かり、渡りに船とばかりに英雄的アピールの材料にして大統領候補指名の正式受諾演説を行った。一方のバイデン大統領は、高齢に伴う不安視に押され、選挙戦からの撤退を表明。代わってハリス副大統領が出馬の意向を明らかにした。民主党の候補指名が確実視されている。

 岸田内閣はGDP(国内総生産)比1%程度に抑えてきた防衛費について、関連予算を含めて2027年度には2%に倍増する方針である。米国の要請も背景に、23年度から5年間で総額43兆円を大幅増額する。これまでの1.5倍の水準とされ、専守防衛の転換を進めてきたとの批判があるが、こうした地政学的リスクの高まりや安全保障環境の変化を考えると、一定程度の安保政策の転換はやむを得ないのではないか。

 問題は、防衛費の財源である。近年の経緯を振り返ると、当初予定されていた歳出改革や税財源の議論が見送られている。

 税財源は本来、税率を変えず経済成長による自然増を目指すのが理想的なあり方であると考えるが、可処分所得が低下傾向であるにもかかわらず、増税を前提に議論されてきた。こうしたことが関係してか、自民党内の反発から防衛力強化資金の設立や決算剰余金の活用へ方針転換された。ところが、これらは実質的な特例国債(赤字国債)の増発によって財源を賄うことになる(参考文献1 pp. 166–171)。建設国債の防衛費への充当も解禁されて債務膨張の問題を先送りしている。自民党内から反発のあった増税の議論は結局、法人、所得、たばこの3税が充当される方向になった。

 債務膨張と増税を促す結果になっているが、それだけでない。7月9日、23年度予算に計上した防衛費6兆8219億円のうち1300億円程度を使い残して不用額となったことが分かった。防衛省発足後の07年度以降では、東日本大震災の特殊要因で約1800億円の不用額が出た11年度に次ぐ2番目の規模だという(7月10日付 東京新聞)。5年をかけて防衛費を増やす計画の初年度から使い残している状況は、増税の議論にも影響を与えそうだ。

 3)国の基金見直し

 国は年度ごとに予算を編成する「単年度主義」の例外として、国が複数年にわたって事業を行うために基金の積み立てをしている。中小企業や生産者らへの弾力的な補助金交付などの運用を目的に、府省庁が選定した独立行政法人や国立研究開発法人などを運用主体として180超あるとされる。新型コロナウイルス対策で積立額が膨らみ、全体の残高は2022年度末時点で計約16兆6千億円。継続的な施策に財源をまとめて確保できる一方、不要不急の出資につながりやすいとの指摘がある。貿易協定や経済安全保障、気候変動といった中長期的な対策が必要となる施策に活用される例が多い(4月8日付 東京新聞)。

 岸首相は昨年12月、全基金の点検を指示していたが、ここにきて無駄や国庫返納が議論されている。政府は4月7日、事業が事実上終了している約10の基金を廃止する方向で調整に入った。管理費だけの支出が続き、無駄と判断したとされる。存続を認める基金も、国庫返納させる余剰金は新型コロナウイルス関連費を中心に計千数百億円規模になるとの見込みだった。これを踏まえた4月22日のデジタル行財政改革会議の報告では、11の休眠基金を2024年度末までに廃止。休眠基金を含む22年度末の基金全体の残高は約16兆6千億円にまで膨張しているとされ、このうち5466億円を不要額として国庫返納させることになった。

 これに対して、衆院調査局が取りまとめた試算によると、残高は約17兆4千億円。そのうち少なくとも約7兆4千億円は国庫返納の必要があるとされた。立憲民主党の城井崇衆院議員が依頼したもので、さらなる不用額が基金に溜め込まれている可能性があり、再点検が急務の展開となっている(6月3日付 東京新聞)。

 4)大阪万博

 さらなる費用が発生し、債務膨張の懸念が広がっている。前回の拙稿でも指摘した通り、すでに開催意義を見出しづらい状況であるにもかかわらず、債務膨張の一因になっていた。その後の経緯は、この傾向を助長するものと言わざるを得ない。報道を引用しよう。

 ・「2025年大阪・関西万博の自前建設型パビリオン『タイプA』建設が遅れている問題で、受け皿を用意する日本国際博覧会協会(万博協会)の負担増が最大約77億円と見込まれることが分かった。協会が建設を代行する簡素型『タイプX』のうち引き取り手のない施設を、複数国が共同使用する『タイプC』や休憩所に転用する費用が新たに発生する。関係者が24日、明らかにした。(6月25日付 東京新聞)」

 この負担分が会場整備費の枠内で収まらない場合、予備費130億円からの支出を検討するという。残高で賄いきれなければ新たな国民負担につながる可能性があるとされた。日本国際博覧会協会(万博協会)は6月27日、大阪市内で理事会を開き、「タイプX」の建設費など最大76億円を追加で支出することを決めた。会場建設費の予備費130億円を充てることも検討し、総額の2350億円の範囲内に収めるとしている(6月27日付 読売新聞オンライン)。

 すでに資材高騰や人手不足を背景に「タイプA」の建設を断念する国が続出しており、「タイプX」への移行を提案していた。この記事によると、「今年1月以降、(『タイプX』について)9棟の建設を進めているが、プレハブ方式で画一的な外観への抵抗感などから、移行を決めたのは26日時点でブラジルなど3か国にとどまる」という。同日付朝日新聞デジタルによると、27日の理事会当日、日本国際博覧会協会の石毛博行事務総長は「開幕までに整備が間に合うパビリオンの数を集計して明らかにする考えを示した」というが、このような盛り上がりに欠ける状況で、追加負担してまで開催する意義があるのか。

 ・デジタル化の遅れ

 日本のデジタル化の遅れには、二つの側面がある。拙稿でも指摘したが、一つは、民間や行政の効率化、もう一つはデジタル需要流出の問題である。

 一つ目については、デジタル投資が進まないので技術革新が遅滞し、労働生産性の面でも行政サービスの効率化の面でも他のデジタル先進国に水をあけられる一方である。民間の非効率はGDP押し下げ要因となり、行政サービスの非効率は機会費用の増加につながる。

 この要因として、概算要求をする際の省益肥大化の傾向、縦割り行政・縦割りシステムが考えられる。

 縦割り行政は2001年1月6日、森喜朗政権の下で実施された省庁再編で一部の縦割りが是正されたものの、各省庁のセクショナリズムが温存されており、依然として省庁間の調整が難しい状況が続いているとされる。加えて、クラウド化の遅れが指摘されている。行政・民間問わず日本の組織は中央集権的であり、産業構造改革が進まず従来の組織体制を引きづった状態が続いているため、独自の情報システムを構築し、組織を越えたクラウド化を敬遠する傾向があるという。

 その結果、多くの組織はSIer(システムインテグレーションを行う業者)と個別に契約関係を結んで既得権益化しており、縦割りシステムが国全体の非効率化の原因となっている(参考文献1 pp. 81–82)。マイナンバーカードを巡るトラブルや銀行のシステム障害などが代表例と言えよう。

 二つ目については、GAFAMを代表とするアメリカのIT大手がデジタルサービスを展開することによって、日本のデジタル需要を吸収しているといった側面がある。その結果、サービス収支においてデジタル関連の赤字が拡大しており、そのうち「通信・コンピューター・情報サービス」の赤字は、2013年から急激に拡大している。サービス収支全体でも「その他のサービス」の赤字が2012年頃から顕著に拡大している。ITサービスやコンテンツ配信などのデジタル関連の支払拡大等によるとされる(参考文献1 pp. 78–84)。

 これら二つは、デジタル・インフラの非効率、プラットフォーマーによる需要流出という二つの経路から、財政の肥大化、非効率な財政支出を招いていると考えることができる。

 ・人材空洞化の懸念

 これも二つの側面がある。一つには高度人材の流出、もう一つはAIやロボットでは代替不可能な分野の人材流出の問題である。これもすでに拙稿でも指摘しているが、要因は昨今の円安、日本語という言葉の壁(英語が通じない)、硬直化した雇用慣行(学位取得者の冷遇、非正規雇用の低待遇、ジョブ型雇用の遅れなど)が考えられる。国内外問わず、より高い賃金で雇用され、英語が通じる国へと優秀な人材が流出しつつある。その結果、質量両面から国内の人材が空洞化していく可能性がある。

 日本の大学がグローバル競争から立ち遅れていることも関係しているが、こうした状況が進展すれば、今後の生産性向上や経済成長を押し下げ続ける要因になるだろう。

 この3ヵ月余りの情勢でも変化が見られた。政府は3月29日、外国人労働者を中長期的に受け入れる特定技能制度の対象に、自動車運送業、鉄道、林業、木材産業の4分野を追加することを閣議決定した。いずれも深刻な人手不足によるものだが、タクシーはライドシェアや自動運転、バスやトラック、鉄道も自動運転の実証実験が行われており、この進展状況にもよるだろう。先述した空洞化要因のハンディキャップを考えれば、技能実習生の待遇改善も課題である。政府は新制度「育成就労」を創設する関連法案を今国会に提出。特定技能と一体的に運用し、人手不足が深刻な産業で外国人材を受け入れるとされた(3月30日付 東京新聞 参照)。

 この法案は6月14日の参院本会議で可決・成立したが、「転籍」が一部認められるなど柔軟な運用が可能となる一方で、税や社会保険料の支払い滞納などで永住権が取り消しされることが差別的との声がある。また、転籍を認められたとは言え、業種によっては2年は転籍を禁じられているので、劣悪な就労環境や日本語の壁の問題は完全に解消されていない。こうした中、技能実習は廃止となり、新制度は2027年にも始まる(6月15日付 東京新聞 参照)。

 高度人材については、OECD(経済協力開発機構)が5月30日、国立社会保障・人口問題研究所と共にまとめた報告書を公表している。それによると、2011年~2017年の入国者のうち、「技術・人文知識・国際業務」など高度人材向け在留資格者と留学生はいずれも約40%が5年後も日本に滞在しており、ヨーロッパ諸国よりも定着率が高かったという(5月31日付 東京新聞 参照)。

 一方で、ワーキングホリデーの制度を利用して賃金水準が高いオーストラリアやカナダで働く若者が増えているとの指摘がある。日本との賃金格差があまりにも大きいので、そのまま住みついてしまう場合が多くなってしまうと日本の若年労働力が減りかねない。ただでさえ少子化の影響で減っているのに拍車がかかるとの指摘だ(参考文献1 pp. 216–217)。

 しかし、より深刻なのは高度専門家の海外流出であるという。ワーキングホリデーが関係する単純労働よりも日本と先進国の給与格差は大きく、先端的IT企業の場合、トップクラス技術者の給与は、年収1億円程度になる場合が珍しくないという。日本人の高度専門家は相応の給与を得ていないため、日本の大学で基礎的な知識を身につけ、日本企業に就職して基礎的な訓練を受けた後、GAFAなどのアメリカ企業に流出してしまうというのだ(参考文献1 p. 218)。

 大学人材の海外流出も始まっているとされる。日本の大学では給与が低く、自由な研究環境が得られないからだという。高度専門家の場合、言葉の壁が低く、研究者の間で国際的なコミュニティーができている場合も多いとされる。その結果、日本からの流出は単純労働の場合よりも激しくなる可能性があり、論文数の減少や世界大学ランキングでの日本の地位の低さと関係しているという(参考文献1 pp. 218–219)。

 日本の博士号取得者は他の先進国と比べると少なく、給与水準が低いため、未来の競争力を弱めているとされる(参考文献1 pp. 221–222)。高度人材にしても学位取得者にしても、英語が通じて高待遇な海外へ流出する流れができてしまっている。高度人材の流出はアメリカだけでなく、中国の「千人計画」によって日本の高度人材が引き抜かれているとの報道がある。韓国企業が引き抜くこともあり得るという(参考文献1 p. 231)。

 1980年代~1990年代、情報技術分野で変革が起こったが、日本はデジタル化の波に適応できず、古い産業構造を維持してきた。経営コンサルタント・大前研一氏がIT社会を「第3の波」、サイバー社会を「第4の波」と名付け、いずれも日本は立ち遅れている経緯は拙稿でも紹介したが、日本はインターネットの時代に適応できず、古い産業構造を維持するために円安政策がとられたという(参考文献1 pp. 225–226)。

 筆者はアベノミクスにおける金融緩和策によって円安誘導されたと考えていたが、2000年代以降の経済政策は一貫して、円安と低賃金で生産コストを下げ、安売りを推進してきたというのだ。それが極限まで推し進められたのが「異次元金融緩和」で、日本企業は成長力を失った。技術開発を行い、新しいビジネスモデルを開発することができなかった。イノベーションの意欲が失われたために、高度人材に対する需要が減少し、その結果、人材の質が低下した。逆に人材の質が低下したために、イノベーション能力が低下したとも言えるという(参考文献1 p. 226)。

 拙稿でも2000年代の構造改革を通して非正規雇用を増やし、人的投資をしなかったり、設備投資や研究開発投資が低迷したりしたため低成長に至った経緯を指摘した。さまざまな国際比較ランキングで日本の人材競争力が下落しているのは、人的投資をしなかった結果を示しているということができよう(参考文献1 p. 226)。

 環境面も重要な要素だ。前回の拙稿では、アメリカのシリコンバレーや中国の深圳などに匹敵するような英語が通じる経済特区を設け、官民一体の投融資の活性化や高度人材を誘致する必要性を指摘した。全くそのような計画がないわけではない。例えば、日本版シリコンバレーを目指し、政府が東京・横浜など4都市圏を選定したとの報道があるが、今一つ盛り上がりに欠ける(2020年7月10日付 産経新聞電子版 参照)。

 ・人口減少、東京一極集中・自治体の「消滅可能性」の進展

 人口減少が止まらない。総務省は7月24日、住民基本台帳に基づく国内総人口を1億2488万人(1月1日時点)と発表。このうち日本人は1億2156万人で、前年比86万人(0.7%)減。減小数・割合ともに1968年の調査開始以来最大となった。一方で、外国人は332万人と前年から32万人(11.01%)増え、2013年の調査開始以来最多だった(7月25日付 東京新聞)。

 人口減少が都市部と地方の不均衡を助長する傾向も続いているようだ。民間組織「人口戦略会議」は4月24日に開いたシンポジウムで、将来的に「消滅の可能性がある」と見なした744市町村の一覧を公表。2020年~50年の30年間で子供を産む中心世代(20~30代女性)が半数以下になるとの推計を根拠に、全市町村の40%超に当たるとした。「14年に比べ改善が見られる」と評価したものの、主な要因は外国人住民の増加だとして「少子化基調は変わっていない」と警鐘を鳴らした。都市への女性流出が要因とされる(4月25日付 東京新聞 )。
 
 同報告によると、流入人口が多いものの出生率が低い東京などの自治体を「ブラックホール型自治体」と位置付けている。

 その東京だが、「東京圏」への一極集中が止まらない。政府は6月10日、2014年から本格的に取り組んできた「地方創生」の10年間の成果や課題を検証した報告書を発表した。それによると、地方への移住者増加など一定の成果はあったとしつつ「人口減少や東京圏への一極集中の大きな流れを変えるに至らず、厳しい状況にある」と総括している(6月11日付 東京新聞)。

 ・基礎的財政収支(プライマリーバランス)

 政府発表によると、税収増を背景に増加が見込まれている。しかし、円安を背景としており、為替変動の可能性を度外視した楽観的な観測と言わざるを得ない。23年度は消費税収が過去最高を記録。法人税税収も大幅に伸びたが、消費税収は円安による物価高、法人税収は円安で高収益だった輸出型製造業の影響である。7月29日の発表(経済財政諮問会議)では、円高に振れつつある情勢にもかかわらず、政府はこれら円安要因の税収増を根拠に25年度の税収の黒字が8000億円になると試算している。

 それだけでない。実質GDPが楽観視できない状況であるにもかかわらず、33年度まで黒字が続くとしている。実質成長率が「0%台半ばで推移する場合」、いったん拡大した後に縮小。「1%超になれば」拡大が続くという(7月30日付 東京新聞 参照)。 

 今秋にまとめる経済対策を考慮されていないもの問題だ。債務膨張を正当化するための詭弁ではないのか。

 ・政府の成長戦略、予算編成・重要政策の指針

 政府は6月7日、成長戦略として掲げる「新しい資本主義実行計画」の改定案を示し、中小企業の賃上げ支援を柱とした。今春闘で依然として目立った大企業と中小企業の賃上げ格差を是正するもので、下請法の運用厳格化を盛り込み、中小企業がコストの上昇分を価格に転嫁しやすい環境づくりを重視した。人手不足対策では、人口知能(AI)などを使った効率化投資を後押しする(6月8日付 東京新聞 参照)。
 
 
例年、予算編成・重要政策の指針「骨太方針」と併せて閣議決定されるが、6月11日に公表された「骨太方針」案も例年通り、一体的に網羅されたものだった。人口減少が加速する2030年代以降でも財政や社会保障を持続させるため、1%超の経済成長が必要な条件として掲げ、実現に向けて成長分野に人材や資金を集中させて企業の生産性を向上させ、高齢者や女性の就労環境を改善させるとした。賃上げ格差是正は「新しい資本主義」案と歩調を合わせている(6月12日付 東京新聞 参照)。

 問題は財政支出の財源である。先述の通り、政府発表の基礎的財政収支(プライマリーバランス)は楽観的なものだったが、骨太方針案の「経済・財政新生計画」では今後6年間の黒字化目標は明記されず、「後戻りさせない」という表現に留まった。財源の見通しが曖昧なままであれば、より一層、効率的かつ集中的な支出が検討されなければならない。骨太方針の原案は例年、予算編成の基本方針となるため、省益優先の野放図な概算要求で債務膨張の温床になってきたからである。

 結局6月21日、数値目標が明記されないまま閣議決定された。7月29日、政府は2025年度当初予算の概算要求基準を臨時閣議で了解したが、「事項要求」や「特別枠」の名目で、要求総額の膨張が懸念されている。

■今後の方向性

▢概要

 基本的な考え方は前回の拙稿と変わりない。人口動態衰退における内需・外需の適正バランスを調整しながら、短期的にはコストプッシュインフレを抑制する金融正常化、ビハインド・ザ・カーブを考慮した適切な総需要管理政策を実施していく。前回検討したNAIRU(Non-Accelerating Inflation Rate of Unemployment)は、近年、フィリップス曲線が不安定化している状況に加え、コロナ禍以降の関係性の議論があるので、その有効性については慎重にならざるを得ない。

 中長期的には、適切な規模の円高誘導をしつつ適度なディマンドプルインフレを実現し、全国的なデジタル標準化、労働生産性や労働分配率の向上、成長分野・脱炭素への人材・設備・研究開発投資をしながら産業構造改革・雇用規制緩和を実行していく。結果的に持続的な実質賃金上昇や経済成長率の向上、税収の自然増を実現することで、債務膨張に歯止めをかけながら社会保障費をはじめとした財源を確保することや、財政健全化に向けた税制改革の議論が可能になるはずである。

 さらには、地球規模の富の再分配や、排出権取引などの市場メカニズムで対応できる施策のみならず、環境搾取や労働搾取といったグローバル資本主義がもたらす陥穽への対応を政策に取り入れる必要もあるだろう。

 以下ではこの3ヵ月余りの情勢を踏まえ、当面の短期~中長期的な方向性を視野にポイントを整理したい。

▢各論点(課題解決のポイント)


 ・投機的な円高リスク(債券価値の毀損)回避

 ここのところ投機的な円高に振れているが、今年3月の金融正常化や日銀が国債買い入れの減額を表明したことで、すでに上場投資信託(ETF)や国債費の含み損が発生していることが推察される。前者は新規購入を終了しているが、保有分の処分が見送られている。後者も膨張分に加え、減額後の新規分の扱いが問題となる。利上げするほど身動きが取れなくなるが、健全な株式市場の運用や財政健全化に不可欠な論点である。実体経済の景気回復や資金需要の底堅さを見ながら、どの程度の水準なら対処できるか慎重な判断が求められる。

 ・成長分野の戦略的投資

 政府は既得権ではなく、今後社会の要請から必要とされる分野に関し、国家としての在り方やグランドデザインをもって成長分野を選定し、育成していく必要がある。現在、政府が注力している半導体などは古い産業構造の延長線の発想で、既得権益のある輸出型製造業に偏った政策と言わざるを得ない。今回、発表された骨太方針も総花的なものだった。官邸主導の政策は、選挙に勝ちたい政治家の人気取りに偏りがちになるので、ケインズ型の需要喚起策を歪めたような短期的バラマキに陥りがちになるのである。

 こうした既得権分野は、投機的な損得で容易に売られる。最近の日経平均株価の下落がそのことを証明している。投機的な売り買いに左右されづらく、今後、本来の意味で真価を発揮できる分野へ戦略投資していく発想が重要である。その意味で有望なのは、観光や高齢者医療・介護分野だろう。

 前者はインバウンドの盛り上がりが証明しているが、円安が動機のフリーライダー(free rider)がマナーの悪さやオーバーツーリズムを招いている。地方都市の社会的資源(空き家・ライドシェア)を有効活用し、観光資源と有機的に結びつけるという発想が重要だ(参考文献3 pp. 14–31)。円高でも日本の観光資源の価値を認め、マナーを守ってくれるような良質な旅行客に来日してもらう。

 後者は言うまでもないだろう。医療は遠隔治療の規制緩和、介護は抜本的な処遇改善が急務である。DXの必要性は今更指摘するまでもない。コロナ禍で保健所から医療機関へFAXで連絡していたがため、救える命が救えないという問題が発生した。介護もいまだに紙で利用者情報を管理していたり請求業務をFAXで行っていたりするため、重い労働負荷や低い生産性、慢性的な離職や求人費、低い人件費や備品消耗品費の原因になっている。一定程度報酬単価や支給限度額の伸縮性を確保し、価格競争によるサービスの品質向上を図ることも有効だろう。

 マイナンバーカード(マイナ保険証)の導入によって医療機関が廃業する事案が発生している。介護も物価高で訪問介護事業所やデイサービスの倒産、特別養護老人ホームの赤字続出が報じられている。こうした分野にこそ、重点的に財政支出すべきである。

 ・円高誘導(80年代との違い)

 昨今の円安傾向は、日米金利差を利用した投機的な売り買いが原因だが、別の見方をすると、日本の実質的価値の国際評価を反映しているとも言えそうである。短期的な損得で売られてしまう程度まで、日本の実質的価値が低下し、安売りしているという仮説である。

 原因はバブル崩壊後に遡る。すでに始まっていた先進国の情報産業化に向けて産業構造を改革するのではなく、製造業を中心とした従来の産業構造を温存するための円安政策がとられた。中国の工業化に押された日本企業の救済策とされる(参考文献1 p. 55)。その後のアベノミクスで、主に大手輸出型製造業の既得権を保護するため、円安誘導が定着されたとされる。この間、人的投資・設備投資・研究開発投資が低調となり、非正規雇用が増えて中間層が衰退。増税や保険料の負担増と相まって可処分所得が減少。持続的な実質賃金低下の遠因となった。

 1985年のプラザ合意で急速な円高に変化した時代と今を比較したい。当時はプラザ合意の前後でどうなったか。日本は変動相場制移行後も基本的には欧米へのキャッチアップ過程の中にあった。製造業を中心として画一的な商品を大量生産すればよかった。国際的に低い人件費で付加価値をつければ売れたので、貿易収支が黒字化し、日米貿易摩擦の原因となった。しかし、プラザ合意後の急激な円高でも貿易収支は黒字であり続けた。一つには金融緩和策の影響が考えられるが、それだけでは説明しきれない要因があるように思えてならない。

 今と違って当時の実質的価値が、円高を補って余りあるほど高く評価されていたのではないか。人材の質と量、国際競争力、商品サービスの品質どれをとってもである。

 この原因として、高度成長期の政治・経済体制が当時はまだ息づいていたことが考えられる。日本の高度成長期は、大学の工学部出身のエンジニアに支えられたとされるが、当時のキャッチアップ過程において、終身雇用・年功序列賃金・退職金制度、族議員と連携したキャリア官僚の政策立案、政官財の「鉄のトライアングル」、金融機関による護送船団方式は、バブル崩壊まで上手く機能していたと言える。
 
 ところが、80年代に始まったとされる情報産業化に適応せず、バブル崩壊後も従来の製造業を保護し続け、既得権益化したまま円安政策をとり続けた。格差も是正されなかった。結果的に画期的なビジネスモデルや商品・サービスを創出できず、人材の質も劣化し続けた。GDPが減少し、国際競争力が低下し、安売りをし続けたツケが回ってきている。今回の投機的な円高傾向を持続可能なものとするためには、適度なディマンドプルインフレによって円高誘導し、適切な社会的厚生のもとで所得再分配をして、行き過ぎた格差を是正しながら再び人的投資をしていくことから始めなければならない。

 ・全国的なデジタル標準化

 これも80年代からの既得権益の温存と関係しているが、従来の組織構造は縦割り・中央集権的であり、情報システムとしては、大型コンピューターを中心としたシステムと親和性があったとされる。それが当時世界最先端とされていたのである。しかし、組織間の情報のやり取りには向いていなかった。紙の事務手続きのデータ化も進まなかった。クラウド化に必要なシステム導入にも難色を示し続けた(参考文献1 pp. 174–179)。このことが、日本の低い生産性やGDP低下に影響を与えて続けているのである。

 本来、デジタル庁が主導して全国横断的な「デジタル標準化」を推し進めるべきだが、SIer(System Integrator:ICTシステムの受託開発を手掛ける企業)が官民問わず、各縦割り組織と固定的な関係を結んでシステムを複雑化し、事実上既得権益化しているので、改革は容易ではない(参考文献1 pp. 81–82 参照)。 

 ・雇用規制改革(高度人材・代替不能人材の厚遇)

 先述の通りこの問題は、人材空洞化の要因になりつつある。特にIT系エンジニアの高度人材の米国との賃金格差が大きいため、国内外問わず優秀な高度人材が米国に集まるという傾向が続いている。優秀な日本人はいわば、日本企業への就職を踏み台にしてGAFAMのような好待遇の企業へ転職してしまうのだという。日本企業が米国企業と比べ、修士号・博士号取得者を冷遇し続けていることも関係している。昔からITに強いとされるインド人の米国企業への転職も続いており、IT系ベンチャーの幹部になったりしている。多くの高度人材は日本企業で働くインセンティブがないようだ。

 他方、AIやロボットでは代替不可能な職業が存在する。医療・介護などのエッセンシャルワーカーと言われる職種が代表的だろう。今後、DXの普及に伴い高度人材と代替不能人材へと二極化していくことが予想されるが、すでに日本はこの人材にしても逃げられていることは少し言及した。技能実習制度が過酷な労働を強いていることが一つ。もう一つは日本語の壁の高さである。経済連携協定(EPA:Economic Partnership Agreement)で看護師・介護福祉士を募る動きもあるが、かつての勢いに欠ける。フィリピン人などは英語ができるので、日本よりも就労環境が良く、給料も高いカナダやオーストラリアへ働き先を変えてしまう傾向がある。

 技能実習制度が改正されるといっても身分や就労条件に課題がある。英語が通じないという問題は続く。円高傾向が定着し、出稼ぎ外国人にとっての就労先として、他の先進国よりも高い賃金を保証できる見通しがない。ジョブ型雇用や専門職間の英語公用語化を推し進めるという抜本的な改革が必要となるだろう。

 ・日本の大学改革(グローバル標準化)

 日本の大学は1990年代をピークに学生数の減少に直面し続けている。少子化の影響を受け、主な受験者である高校生の絶対数が減少し続けているからである。しかし、その後も文科省は大学の数を増やし続け、大学もグローバル標準へと自己変革を遂げず、国内需要の開拓や学部再編という名の看板替えを続けているため、留学生数も引用研究論文数も減り、国際評価が低下してしまっている。約半数の大学が定員割れをしているにもかかわらず、大学志願者の大部分が全員入学してしまう状況や、国立大学までも私立大学並みに授業料を上げようとする動きなど、筆者には正気の沙汰とは思えない。

 社会からの需要が少ないというのも原因のようだ。先述の通り、日本企業は修士号・博士号の学位取得者を冷遇するため、そもそも他の先進国と比べて修士課程以降の進学率が低いのだ。専門職大学院などいかにも社会の要請に応えているかのような大学院が新設されたが、こうした社会人向け過程も、多くは社会の実態と結びついていないことが推察される。法科大学院(ロースクール)修了者の多くが憂き目に遭ったり、募集停止(廃止)する学校が出ている状況は、どう考えても社会の側に受け皿がないことが関係していると言わざるを得ない。リカレント教育過程の新設も同様である。

 近年、創設された大学ファンドも本質的な解決にならないようだ。本来、ファンドは自助で行われるもので、政府が介入すると研究内容が偏る懸念がある。教育内容まで変える動機になりづらいという問題もある。

 まずは、先述の雇用政策(ジョブ型雇用・英語公用語化)によって、社会の側から高度人材の需要を創出することが必要となる。そのことによって、大学の教育内容を国際標準に変革していくことが必要である(参考文献1 pp. 260–296 参照)。

 ・経済特区の創設、英語の公用語化

 これも少し触れたように、アメリカのシリコンバレーや中国の深圳などに匹敵するような英語が通じる経済特区を設け、官民一体の投融資の活性化や高度人材を誘致する必要がある。今まで散発的で盛り上がりに欠けるのは、抜本的な雇用規制の緩和や産業構造改革、適度なディマンドプルインフレによる円高誘導がないからである。デジタル標準化の遅れも関係している。

 繰り返しになるが、これらを実現させて全国的に経済特区を設ければ、海外からヒト・モノ・カネを誘致する機運が生まれるだろう。賃金が国際標準並みになれば、高度人材が日本で働く動機にもなりやすくなるだろう。代替不能人材にも同じことがあてはまる。経済特区の活性化は国内需要を上向かせる要因にもなり得る。

 ・巨大IT企業(法人)・富裕層(個人金融資産)への課税
  
 
国内外問わず、一部の富める者とその他多勢との格差が広がりつつある。法人・個人ともにあてはまる傾向である。そのため、社会の分断を煽る政治家が登場し、排外主義的な傾向や衝突が目立つようになってきた。社会的厚生の観点から適正な所得再分配が必要な局面に入りつつある。

 こうした中、法人については課税の動きが出てきた。7月26日(日本時間27日)に閉幕した20ヵ国・地域(G7)財務相・中央銀行総裁会議で、巨大IT企業を念頭に置いたデジタル課税の実現を促す宣言が採択された。国際課税の閣僚宣言が取りまとめられるのは初めてという。事業拠点がない国や地域も、利用者がいれば売上高に応じて法人税が受け取れるようになる(7月28日付 東京新聞)。

 一方の個人金融資産は、その6割超を60歳以上が保有しているとされる。そして、平均3000万円ほどの資産を持ったまま亡くなるという(参考文献4  参照)。これは国内消費の面から大きな損失である。シニア向けの商品・サービスの開発が急がれるが、同じくらい重要なのは、金融資産への課税である。裕福な高齢者は所得税と分離課税される資産所得が多いとされる(参考文献1 p. 161)。「1億円の壁」と言われ、事業所得や給与所得は累進課税で所得が多いほど税率も高くなるが、金融所得課税は税率が一律のため、1億円以上になると負担率が低下する(23年9月14日付 オリックス銀行コラム 萱谷 有香 氏)。岸田首相は当初、金融資産所得課税の是正を目指していた。

 巨大デジタル企業への国際課税にしても、富裕層への個人金融資産課税にしても、理論的には社会的厚生の観点から市場メカニズムで実現可能な所得再分配政策ではあるが、現実には既得権益者の反発が予測されるので、ある程度、計画経済的な観点から第三者的な機関が介入して、政官財・国家間の利害調整をすることが必要になるだろう。格差是正のみならず、今後先進各国で必要性が増すエッセンシャルワーカーへ還元することも有効だろう。

 ・縦割り行政・官邸主導の見直し

 縦割りシステムと同時に問題なのが、縦割り行政の弊害である。故・橋本龍太郎内閣が1996年に始めた「中央省庁等改革」はこの是正を目指したもので、2001年1月から中央省庁の再編が進められた。しかし、縦割りは完全には是正されず、セクショナリズムや省益優先といった弊害が残ったままである。縦割りシステムの問題と連動しながら、日本全体の非効率化や債務膨張の原因になっている。

 省庁再編は同時に、高度成長期に有効だった官僚主導から、政治主導への変革を目指したものだった。小泉政権や第2次安倍政権において一定程度実現することができたが、今度は別の弊害が目立ち始めた。政権への「忖度」である。第2次安倍政権が2014年に創設した内閣人事局は、各省庁の幹部職員の人事を一元管理することで内閣の政策実行力を高めることを目的としていたが、自分のキャリアを守るために政権へ忖度する官僚が増えたとされる(参考文献10 参照)。

 主体性を無くした官僚が混迷を極める今後の日本において、有効な政策立案ができるはずがない。一部、マスコミも忖度するようになったとされ、本来の存在意義である権力のチェック機能の役割を果たしづらくなっている。政権からの独立性が担保されてはじめて、報道の自由が機能するようになる。学術会議の政府介入もしかり、学問の自由が保障されてはじめて健全な政策提言ができる。まずは、歪んだ政治主導を是正し、政官財の癒着を回避しながら内閣人事局の制度改正が必要となるだろう。内閣と与党議員、官僚機構がそれぞれ距離感を保つ体制の実現である。官僚もマスコミも時の政権に忖度しなくて済む仕組みは、本来の議員内閣制や健全な民主主義の実現において不可欠である。

【参考文献】
1:野口 悠紀雄『プア・ジャパン
2:大前 研一『第4の波
3:大前 研一『日本の論点 2024~2025
4:大前 研一『シニアエコノミー
5:河合 雅司『未来の年表 業界大変化
6:田坂 広志『人類の未来を語る
7:斎藤 幸平『人新世の「資本論」
8:トマ・ピケティ『21世紀の資本
9:浜 矩子『「共に生きる」ための経済学
10:田中 秀明『官僚たちの冬 霞が関復活の処方箋


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