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つくみず 『シメジ シュミレーション 01』 : 理想の友達・理想の世界

書評:つくみず『シメジ シュミレーション 01』(MFC キューンシリーズ)

中1の時に学校で色々あって、家の押入れにひきこもった、主人公しじま。2年たって、そろそろ学校へ行こうと思い立ち、押入れから出てみると、頭から小さなしめじが生えていた。そんなしじまの家族は、何やら独自の科学研究を続ける、変わった姉がいるだけで、両親の姿は見当たらない。
緊張しながら中3の新しいクラスに行ってみると、頭に卵焼きを乗せた、おっちょこちょいでちょっと変わった女の子まじめちゃんが、友達になろうと積極的にアタックしてきた。そんなまじめちゃんは、しじまを「しめじ」ちゃんと呼ぶようになった。

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しじまは人づきあいを面倒と感じるタイプの人間なので、一方的に擦り寄ってきたまじめちゃんを、当初は適当にあしらっていたけれど、まじめちゃんは、そんなしじまの態度に気を悪くすることもなく、天然の陽気さでしじまについてくる。そのうちに、しじまの方でも、まじめちゃんを友達だと意識するようになってくる。

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ある時、しじまの家へまじめちゃんが遊びに来て、二人して、しじまの姉が発明した奇妙な機械の実験に立ちあった結果、しじまは「ひとけのない悪夢のような世界」に飛ばされしまい、そこで恐ろしい巨大ガニに襲われる。だが間一髪、まじめちゃんが登場して、しじまを救出してくれる。
はじめて教室で遭った日に、まじめちゃんはしじまに「友達になって」と言ったのだが、この時のしじまは、友だちづきあいが面倒なので、正直に「やだ」と本音を言った。それでもまじめちゃんは、しじまについてきてくれたのだが、この夢の中でのしじま救出劇の後、まじめちゃんはしじまに、改めて「私と、友達になって」とたのみ、しじまは初めてハッキリと「いいよ」と答える。そして「助けてくれて、ありがとう…」と、感謝の気持ちを伝える。
そうしていると、その夢の世界はほどけだして、しじまは自宅の押入れの中で、まじめちゃんと一緒に寝ている自分を見いだす。どうやら、自分とまじめちゃんは姉の実験の後、まじめちゃんの希望どおりに、しじまの家でのお泊まり会をしたようだった。
しかし、目覚めた世界も、夢を見る前と同様にすこし奇妙な世界だったが、それは、夢の前の世界とも、またすこし違っていた。

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このように紹介すれば、ほぼ明らかなとおり、主人公のしじまが押入れから出て学校へ再登校しはじめた世界は、おそらく「現実の世界」ではないだろう。それは、しじまにとって、そうあってほしい「理想世界」なのではないだろうか。

おそらく「人間関係」に傷ついてひきこもりになったしじまであれば、他者との積極的なつきあいを疎んじるのは当然で、擦り寄ってくるまじめちゃんへの無愛想な態度も、そうした気持ちの素直な表現だ。
この世界では、まじめちゃん以外は、誰もしじまに積極的にかかわってこようとはしない。ただ一人、天然少女のまじめちゃんだけが、しじまに一方的な好意を寄せて、子犬のようにつきまとってくれるのである。どんなに、しじまが適当にあしらおうと、まじめちゃんはそれで腹を立てたり、しじまを嫌ったりすることはない。本当は、しじまの方が、まじめちゃんを必要としているのをどこかで知っていてくれており、しじまに無邪気にかかわってくれるのである。

つまり、まじめちゃんは、人間関係においてひきこもりになるような人にとっての「理想の友達」だと言えるだろう。うるさいことを言わず、無邪気にすべてを受け入れてつきあってくれる友達だ。
そして、そんな親友以外の世界のすべては、しじまから「適当な距離」をおいてくれていて、その「雑音」で彼女を脅かすことがない。そこにあるのは、しじまとまじめの「二人だけの静かな世界」であり、まさにこれは、同じ作者の代表作『少女終末旅行』の変奏世界だと言えるだろう。

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だから、しじまがまじめちゃんと生きているこの「平穏な世界」は、やはりしじまがひきこもりになる以前に住んでいた世界と、同じ世界ではないのであろう。「ひきこもり以前の世界」を「現実」世界と呼ぶなら、押入れから出て以降の世界は、夢なのか妄想なのか、いったい何なのかはわからないが、ひとまず「非現実」の世界であろうことは、まず間違いない。
そしてここで、本作のタイトルを勘案するなら、しじまが「押入れから出て以降の世界」は、しじまが「押入れから出るに値する(出てもかまわないと思える)世界」の「シュミレーション」なのではないだろうか。

続刊での展開はまったく読めないが、多くの読者が、この第1巻に描かれた「生暖かい世界」に満足したとしても、私個人としては、しじまが「いろんな声の飛び交う現実世界」において、たったひとりの親友であるまじめちゃんと出会い、自分の方から「友達になって」と声をかけ、それにまじめちゃんが「いやだ」と答えても、それで挫けることのないしじみの住む、そんな世界の訪れんことを願いたいと思う。

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初出:2020年3月4日「Amazonレビュー」
  (2021年10月15日、管理者により削除)

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