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〈心の不思議〉に 寄り添うこと : 水谷緑 『こころのナース 夜野さん』

書評:水谷緑『こころのナース夜野さん』第1巻(BIG SPIRITS COMICS)

マンガとして際立った作品とまでは言えないものの、「心の問題(の現実)」を考える上では、マンガ表現に拠ったことで、とても親しみやすく、実用的価値のある、貴重な一書となっている。

世界に冠たる「自殺大国」であることからもわかるとおり、日本は「過剰なストレス社会」であり、誰もが多かれ少なかれ「心を病む可能性」を秘めている。だから「心の病い」を他人事とせずに、ぜひ本書から「生きるためのヒント」を手にして欲しい。

第1話「虫が来る」は、「被害妄想的幻覚」についてのエピソードだが、本書は決して、そうした事例紹介的「興味深さ」を狙ったものではなく、物語の進展にしたがい「心の病い」に寄り添うことの難しさとその必要性を教えてくれる、貴重な「実践的アドバイスの書」となっている。

例えば、自傷行為をあつかった第3、4話「切る役割」(前後編)は、よくある「若い女性による自傷行為のくり返し」事例を扱っているが、そこに描かれているのは、わかりやすい「解決法」などではなく、そうした人たちに寄りそうことの必要性とその難しさだ。
心から「もうやっちゃダメだよ」と助言したり励ましたりすることさえ、自傷を止める助けにはならないという厳しい現実の中で、それでも患者たちに寄り添うナースたちの姿が、たんなるきれいごとに終ることなく、多面的に描かれている。

また、私がとても興味深く思ったのは、第5話「悩みをキャラ化する」だ。
このエピソードでは、被害妄想による「幻聴としての声」に「名前を与えてキャラ化する」という、ユニークかつ実践的な方法が紹介されている。

「おまえは役立たずだ」「まわりのみんなも、そう思っている」といった「幻聴」による攻撃的な声が、当人を執拗に責め苛むのは、その「声」が当人の意識と「一体化」しており、そのために「等閑視しにくくなっている」ためである。
つまり、そうした「内なる(批判的な)声」に対して、「本当にそうかな?」とか「そういう意見もあるだろうけど、気にしてたら切りがないよ」といった、反論や相対化の言葉を思い浮かべることが出来にくい心理状態に陥っているのだ。
そこで、この「攻撃的・否定的な、内なる声」に「名前」をつけてキャラ化し、「別人格」扱いにして、自我との「一体化」を防ぐことで、そうした「内なる声」と「一定の距離」を措くことが出来るようにする、という寸法である。

これが有効なのは、こうした手法が、決して特別なものではなく、健康な者でも、多かれ少なかれ日常的に行っている心の動きを、具体的に方法化したものだからである。

つまり、健康な人でも、疲れている時には思考が「後ろ向き」になり「自己否定的」になるものだが、しかし、心に「健康な力」が残っておれば、「いやいや、こんなふうに後ろ向きになったって、どうにもならない。嫌なことは忘れて、もういちど前向きにチャレンジしよう」とか「ひとまず甘いものを食べて、早く寝てリセットしよう」などと考え、気持ちを切り替えることもできるのだが、心が弱りきっているために「自己否定的な思考」に捕われてしまった時に起こるのが、「幻聴」なのである。
だから、そこにいたった場合には、「自分の力で、ネガティブな自分をねじ伏せて、思考を切り替える」といった「力技」ではなく、「幻聴をキャラ化する」ことで「自我を解放する」という、演劇的テクニックが有効なのだ。

本書に描かれるのは「精神を病んだ人とそれに寄り添うナースたち」の姿だが、私たちはそこから「疲れた自分に寄り添う、もう一人の自分」を獲得する契機をあたえられるだろう。
もちろん、簡単なことではないけれども、そうした手法があるということを知っておくことだけでも、「日常生活の助け」になるのではないだろうか。

多くの「疲れた日本人」に、本書をお奨めしたい所以である。

初出:2020年1月11日「Amazonレビュー」
  (2021年10月15日、管理者により削除)

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