中前結花
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「結婚」はしないと思ってた。
「結婚」なんてしないだろうと思っていた。
だから、まだ付き合ってもいない彼から唐突に
「なんか……結婚したいですね」
と言われたときは、なんて気の合わない人なんだろうかと首を傾げたものだった。
「結婚は……、どうでしょう」
わたしは答える。
もちろん、そういう幸せのかたちがあることは知っているし、大切な誰かが誰かと結婚するとき、わたしは心の底から「おめでとう」と言うことができた。
けれど自分
住まなかった街も思い出になる。
年下のひとたちと飲むことになった。
会社を辞めてからは、とんとそういうことがなかったから、向かうときにはすこし緊張した。もちろん、ひとつふたつ下の友は多いけれど、十もちがうとなれば、
「大丈夫かしら……」
と不安になったりもする。文章を書くひとたちの集まりではあるけれど、話についていけるだろうか。
場所は赤坂で、ほどよく街も店内もがやがやとしていた。
「こっち、こっち」
と呼び寄せられテーブルにつ
連載『旅するコットン。』高知の旅【3】
<第1話のお話はこちら>
<第2話のお話はこちら>
木綿子は自分のくちびるが、ほんの小さく震えているのがわかった。
けれど相手は岡野だ。恐れや焦りのようなものはまるでない。
ただ、少しの緊張と、“岡野が目の前に座っている”ということへのたまらない気持ちで、胸がいっぱいだったのだ。
「というわけでね……、わたしが高知に行って、建ちゃんに食べてもらいたいと思ったものはこれなの」
岡野はふっと細長
連載『旅するコットン。』高知の旅【2】
<前編のお話はこちら>
高知はよく晴れていて、七分袖のカットソーの中はすでに汗ばんでいた。
「1時間半も経ってないなんて」
木綿子にはずいぶん長い時間に感じられたけれど、高知までの飛行時間はそんなものだ。
「下調べに」と空港内のお土産屋さんも見てみた。芋けんぴや鰹節にカツオのフレーク……と、どれも味見してみたいものばかりではあるものの、建士のために持ち帰るべき「いちばんおいしいもの」を空港で
連載『旅するコットン。』高知の旅【1】
旅エッセイの企画『ソファでわたしは旅をする』で、中前結花が担当する連載小説です。今回は第1話。
膝の上で、ビニールのボストンバッグの中身をあれこれと探っている。
「モバイルバッテリー」が荷物の中に入っていると、空港では預かってもらうことができないらしい。
つい数分前、抜けるような空のブルーを窓越しにぼんやりと眺めながら搭乗口まで進んだところで、「お客様……」と呼び出され、わたしは荷物を預けた窓
「いいよ」という言葉をわたしは使わない。
◆「人に聞きなさい」幼い頃、わたしは自宅でもどこでも、
「トイレに行ってもいい?」
と両親に尋ねていた。
当然「行くな」だなんて言われるはずがないのだけど、
「もちろん、どうぞ」
と言われてから、わたしはタタタッと廊下を駆ける。
勝手な憶測ではあるけれど、これは、うんと小さい頃から
「わからないことがあったら、人に聞きなさい。みんなやさしいから」
というのが、厳しさのカケラもないわが家の、
唯一
別れるとき、さくらは流れた
冬は、リビングに駆け込むと、いつも石油ストーブのムッとするような独特の香りが漂っていていて、わたしはこれが特別に好きだった。
実家で過ごしていた頃の話だ。
母は働きに出てはおらず、1日のほとんどをこのリビングで過ごしていた。
娘のわたしが帰ると、必ず玄関まで迎えに来てくれる。
「寒い!寒い!!」
と慌てて靴を脱ぐわたしに、
「おかえり。お部屋あったかいよ」
といつもリビングの扉を開けて招き入れて
ちょっと、お暇いただきます。
まだまだ、どうにもすがすがしくはないけれど、
それでもどうにか2021年の幕は開いて、また新しい1年始まって。
今年は、うんといい1年になるといいな。
そんな中、近しいひとにはお伝えしていたのですが、
実はいま、わたしは仕事をしていません。
それは、例年の「お正月休み」ということではもちろんなくて、
職場では「休職」という扱いにしてもらっています。
「復帰」ということを前提にもらっているお休み
「あれは漫才なのか」とか「この人は作家なのか」とか。
なんだか季節の移り変わりや風情なんてものを、
どうにも肌で感じ辛い2020年だったけれど、
今年もまた「M-1グランプリ」が終わって、ようやく
「そうか、もう今年がいくんだなあ」
と年末の気配をふんわりと感じることができるようになった。
わたしにとっては、1年で1番のたのしみと言っても支障ないほど、
心待ちにしているイベントでもあるから、
今年はともかく、無事に開催されたことが本当に本当に嬉しか