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日本近代文学

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読書感想文
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#読書日記

vol.57 宮沢賢治「銀河鉄道の夜」を読んで

vol.57 宮沢賢治「銀河鉄道の夜」を読んで

原文を初めて読んだ。とても読みにくかった。「乳の流れたあと」や、「脂油の球」や、「天気輪」など、比喩や独創的な表現が多く戸惑った。有名な作品なので、感想文が書けるぐらいには理解したいと繰り返し読んだ。それでもとても難しい作品だと思った。いろんな捉え方を楽しむことが、この作品を有名にしているのかもしれない。

これは宮沢賢治だった。現実的な表現であるわけがない。どう描こうと、「表現の自由」なのだ。ど

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vol.54 永井荷風「雨瀟瀟」(あめしょうしょう)を読んで

vol.54 永井荷風「雨瀟瀟」(あめしょうしょう)を読んで

孤高の生活の中で、雨と病と漢詩を織り交ぜながらつづった文章に、江戸の情緒を愛した荷風の心持ちがよく伝わった。

小説とも随筆ともつかない作品だった。男が妾を持つということの悲哀などをつづりながらも、しとしとと降り続く秋雨に、情緒のある文化をも流してしまう寂寥の念が浮かんで、憂鬱になっている荷風を感じた。

また、病に悩まされながら、昔の友からの手紙などを読み返し、最近は江戸風の情緒もなくなったもの

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vol.51 芥川龍之介「秋」を読んで

vol.51 芥川龍之介「秋」を読んで

この恋、せつなすぎる。昔好きだった男は妹と結婚した。姉は自ら身を引いた。久しぶりに会った3人の、互いに気遣う心理描写に圧倒された。文章全体から漂う高雅な趣も、とても心地よかった。行間から感じる姉妹の心の揺れが、妙にリアルに伝わってきた。

<あらすじ>

姉の信子は、同じ小説家志望で従兄の俊吉に思いを残しながら、別な男と結婚した。妹の照子は、姉が別の男と結婚したのは、自分が俊吉を好きだから、身を引

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vol.50 谷崎潤一郎「卍」を読んで

vol.50 谷崎潤一郎「卍」を読んで

すべて大阪弁の語りだった。そのせいか、とても情景描写がリアルで、露骨な表現もなんだか上品で、心地いい色気も感じた。

この小説、育ちの良さを感じる魅力的な若奥様「園子」が、生々しい同性愛の情欲と独占欲を、「光子」のバイな欲望を、中性的な男「綿貫」の価値を、不倫をした夫の裏切りを、とにかくややこしい愛の形を、作者に打ち明けると云う告白形式で描かれており、期待通りの谷崎文学だった。

しかし、せっかく

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vol.47 中島敦「李陵」を読んで

vol.47 中島敦「李陵」を読んで

誰も興味さなそうな、古い古い中国の話。この作品、新潮文庫100選図書になっており、もう一つの代表作、「山月記」(vol31)もとても印象深かったので気になっていた。漢書を原典としているだけあって、漢字が多く戸惑った。それでも、主要な人物の思考や心情、変わっていく心持ちなどが端的に描かれており、評価の高い所以だと思った。

<あらすじ>

中国、古代の統一王朝、前漢のことを記した歴史書「漢書」を原典

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vol.46 井伏鱒二「山椒魚」を読んで

vol.46 井伏鱒二「山椒魚」を読んで

教科書で見覚えのある作品を読んだ。当時、さっぱりわからなかった。興味も湧かなかった。国語の先生の「これを読め」の授業が理解できなかった。悲しさとか辛さとか愛情とか、何にも経験を積んでいない頃に読む近代文学は、ただ流れていくだけなのかもしれない。「山椒魚は悲しんだ」で始まるこの小説も、経験の積み重ねによって、その読み取り方や楽しみ方は、ずいぶんと違うのだろう。

<あらすじ>

岩屋をねぐらにしてい

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vol.44 森鷗外「高瀬舟」を読んで

vol.44 森鷗外「高瀬舟」を読んで

とても考えさせられるテーマを感じた。

死に切れずに苦しんでいる弟を思いやった「喜助」の行為は、仕方のないこと、という気持ちが残った。そして、安楽死について考えさせられた。これは答えの出せない重い問題だと思う。また、「自殺ほう助」という罪についても、決して素通りできない問いだと思った。

<あらすじ>

京都の罪人を遠島に送るため高瀬川を下る舟に、弟を殺した喜助という男が乗せられていた。護送役の同

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vol.41 芥川龍之介「トロッコ」を読んで

vol.41 芥川龍之介「トロッコ」を読んで

10ページほどのこの短編、どう解釈するか、わからないままになっている。ただ、「良平」が、無我夢中で家路を走っている時、僕は子供の頃のこんな出来事を思い出した。

小学校低学年の夏休みだった。ひとりで自転車に乗って、10キロほど離れたデパートに行った。何回か父親とバスで行ったことはあったが、ひとりで行くのは初めてだった。やっと着いたデパートに自転車を止めて、しばらくして戻ってみると自転車がなくなって

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vol.39 志賀直哉「小僧の神様」を読んで

vol.39 志賀直哉「小僧の神様」を読んで

説教くさい志賀直哉を時々読みたくなる。

この短編、実際に志賀直哉が、鮨屋に客としていた時、ひとりの小僧が入って来て、一度持った鮨を、お金が足りなくて、また置いて店を出ていくのを見かけた。それだけのことから作り上げた物語らしい。

<あらすじ>鮨を食べたいと願う小僧と、彼にごちそうしてあげたいと思う貴族院議員Aのお話。

小僧の仙吉は神田の秤屋で奉公していた。彼は噂でうまい鮨屋話を聞いて、自分でも

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vol.37 夏目漱石「こころ」を読んで

vol.37 夏目漱石「こころ」を読んで

この小説、今回で3回目になる。時々、葛藤する「こころ」に触れたくなる。読むたびに違う解釈を楽しめる。

100年以上前に書かれた小説に、なぜこんなに惹かれるのだろうかと思う。

1回目は「みんな卑怯だ」と読書メーターに書いていた。2回目は「死」の取り扱いに反感を持った。今回はなにをどう出していいかわからなくなった。ただ「先生」の言い訳には腹が立った。

あらすじを簡単に。

<上 先生と私>明治末

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vol.36 織田作之助「夫婦善哉」を読んで

vol.36 織田作之助「夫婦善哉」を読んで

初めての織田作之助。この小説、粋で人間臭くて純粋な愛があって、阿呆らしい修羅場の描写もテンポよく、大阪弁から出る人情味が心にしみる作品だった。2回繰り返し読んだあと、図書館で「夫婦善哉」のDVD(1955年作品)を借りてまでこの作品を楽しんだ。

あらすじ

大正時代の大阪。貧乏な天ぷらやの娘蝶子は、17歳で芸者になり、陽気でおてんばな人気芸者に成長する。そして化粧問屋の若旦那柳吉といい仲になり、

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vol.33 岡本かの子「鮨」を読んで

vol.33 岡本かの子「鮨」を読んで

素敵な文章にほれぼれした。なんとうまい文章なのだろうと思った。前回の「老妓抄」と同じく、この「鮨」も心に柔らかい感情を残してくれる。

鮨屋の常連客で50歳ぐらいの男性「湊(みなと)」の息がかかるような描写がいい。彼の生まれや育ち方、現在の心境や生き方などを探ると、この作品に込めた作者の思いが伝わる気がした。また、鮨屋の看板娘「ともよ」にある「湊」に対するあやふやな感情描写が、この作品をさらに深い

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vol.32 岡本かの子「老妓抄」を読んで

vol.32 岡本かの子「老妓抄」を読んで

老妓とは「年をとった芸妓」とあった。「抄」は聞き書きぐらいか。この聞き書きの主な展開は、老妓が発明家を志す若い男柚木を物心両面で援助する物語。

これも短編なので繰り返し読めた。読むたびに新たな気づきや疑問が起こった。特にはじまりのシーンはとても映像的で印象深い。女優岩下志麻をイメージした。

「人々は真昼の百貨店でよく彼女を見かける。目立たない洋髪に結び、市楽の着物を堅気風につけ・・・憂鬱な顔を

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vol.31 中島敦「山月記」を読んで

vol.31 中島敦「山月記」を読んで

たぶん、高校以来。中国古典を素材にしたこの作品、舞台は楊貴妃の1300年前の中国、官僚の階級社会。冒頭のとっつきにくい文体に戸惑ったが、すぐにその気高さに引き込まれた。余計なストーリーは一切なく、背筋がまっすぐになるような文章だった。教訓じみているけど、短編ということもあり繰り返し読んだ。

李徴(りちょう)はなぜ虎になったか。それは、「臆病な自尊心と尊大な羞恥心のせいである」と、その理由を明確に

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