森鷗外

森鷗外とは何か⑥

ユーモア作家・森鴎外 森鴎外はユーモア作家である。だったというべきか。つまり史伝前の森鴎外は私が好きな余裕とユーモアと知性を駆使するタイプの作家だった。それは夏目漱石も同じで、確かに乃木大将の殉死以降、二人は次第に深刻なものを書き始め、特に鴎外の方はあからさまに方向転換したと見做…

鷗外の食卓(翻訳篇)1 『尼』グスタアフ・ヰイド

「ねえ、ヨハンネス。これからあの竪町(たてまち)の内へ往つて、ラゴプス鳥(てう)を食べよう。ラゴプス鳥を。ワクチニウムの実を添へてラゴプス鳥を食べよう。」 『尼』グスタアフ・ヰイド 森林太郎訳 出典 えあ草子・青空図書館 青空文庫

石見の人

森鷗外の本名は「森 林太郎」である。 これは有名な話だし、以前から知ってはいた。 しかし、さっきたまたまこの名前が字になっているところの前にいて、とっくりとこの字を眺めた・・・ 「森 林太郎」。 木が多い。 どうして今までそう思わなかったんだろう。 姓が「森」のところにさらに「林…

森鷗外とは何か⑤

静謐(清潔)な時間か地下室の手記か  老境に差し掛かった古井由吉が独逸語の本を読みながら、その感覚を「静謐な時間」と書いていなかっただろうか。それとも清潔な時間の間違いだろうか。晩年の漱石が、やはり漢詩を書くことで、心のバランスを整えながら小説を書いていたことを思い出す。  独逸語…

鷗外の食卓 8 『金貨』

 八は先づ、麦酒の瓶が四五本、給仕盆二枚の上に並べてあるのに目を着けた。多分虚(から)だらうと思ひながら、手に取つて見たが、どれにも一滴も残つてゐない。次に棋盤の傍にあるコニヤツクの瓶を手に取つた。これはまだ七八分目程這入つてゐる。八はそれを麦酒のコツプに一ぱい注いで、一口ぐつと…

6月3日(木)かのように/目の前に

土曜じゃないけど、夏の夜の振り返りを。 先々週ぐらいか、「リアル/アストラル」のペア_勝手につくったものですが_について触れたんやけど、今日は「存在entity/概念concept」界隈をつついてみる。 もうちょっと遡って。日本語教師とかやってるんだから、近現代の日本文学史をなぞるぐらいのこと…

森鷗外とは何か④

間違えるお上 元文三年十一月二十三日の事である。大阪で、船乗り業桂屋太郎兵衛というものを、木津川口で三日間さらした上、斬罪に処すると、高札に書いて立てられた。市中至る所太郎兵衛のうわさばかりしている中に、それを最も痛切に感ぜなくてはならぬ太郎兵衛の家族は、南組堀江橋際の家で、もう…

森鷗外とは何か③

襁褓一つを身につけて  一人の作家がその作品ごとにあるいは実生活の場面場面で、終始一貫した固形物のように振舞うことはむしろ自然なことではない。鹿島茂は『ドーダの人、森鷗外』において鴎外に懐疑主義ではなく日和見主義と二重の自己意識を見出すが、そういうやり方で無理に一人格にまとめ上げ…

悔しさが彼女に強さを与えた

ほんの感想です。 No.35 森鷗外作「雁」明治44年-大正2年(1911-1913年)発表 森鷗外の「雁」には、主人公の、娘から大人になる間の、内面の変化が描かれていました。それは、父からの愛情を素直に受けていた娘が、いくつもの「悔しさ」を味わいながら、 「わたくし嘘を衝いたり、人を騙したりなんか…

森鷗外とは何か②

太宰のような鴎外 人生の終わり付近に差し掛かり、改めて思うのはやはり愉快なことよりも不快なことの方が圧倒的に多い中、どれだけ笑えたか、どれだけ面白かったか、どれだけわくわくできたか、どれだけ喜べたか、そういうことが大切だったなということだ。これは文学に関する私の基本的な考え方に…