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物語の解説と、小説やエッセイを書いています。 感想文などでの引用の際は、出典を明記して下さいますようお願いいたします。

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  • 夏目漱石「それから」

    「それから」をはじめから丁寧に読んでいきます。

  • 私のエッセイ

    私の日々の感想や読後感を述べたものです。

  • 俺くんは国際交流委員

    高校に入学した俺くんは、委員長、アロハたちと出会い、成長していきます。

  • 夏目漱石「こころ」

    夏目漱石の「こころ」を1話ずつ丁寧に読み、解説していきます。

  • 安部公房「鞄」

    安部公房の「鞄」を、丁寧に読んでいきます。この作品は、まだあまり研究されていません。新しい読みを提供します。

最近の記事

夏目漱石「それから」本文と評論10-3

◇評論 「斯んな風に」以降の部分は、以前描かれた部分の繰り返しになっており、漱石にしてはやや特殊な・あまりない形になっている。大事な場面であり、丁寧に描きたいのだろう。 「空虚なるわが心の一角(いつかく)」や「溌溂たる宇宙の刺激」は、三千代への恋情や父からの結婚の圧迫を表す。その解消のため代助は、「午寐(ひるね)を貪(むさ)ぼつた」。「穏(おだや)かな眠りのうちに、誰かすうと来て、又すうと出て行つた様な心持がし」、「眼を醒(さ)まして起き上がつても其感じがまだ残つてゐて、頭

    • 夏目漱石「それから」本文と評論10-2

      ◇評論  前回、三千代が鈴蘭の漬けてある水を飲んでしまうことは、彼女の死と再生の暗喩になっていると述べたが、代助の午睡も、それと同じ効果を持って居るだろう。「一時間の後、代助は大きな黒い眼を開(あ)いた。其眼は、しばらくの間一つ所に留(とゞ)まつて全く動かなかつた。手も足も寐てゐた時の姿勢を少しも崩さずに、丸で死人のそれの様であつた」はそのことを表している。この後には、代助と三千代の覚醒の物語が描かれるはずだ。 「一匹の黒い蟻(あり)」は、生き物の命など簡単に失われる様子を

      • 夏目漱石「それから」本文と評論10-1

        ◇評論 「蟻(あり)の座敷へ上がる時候になつた」 …とても印象深く、記憶に残る表現だ。その季節になると、このフレーズを思い出す。これは、この後に続く三千代とのシーンが美しく印象的だからということもあるだろう。 この表現に導かれ、今話は文学的な表現が続く。 「リリー、オフ、ゼ、バレー」…鈴蘭。 「英名のリリー・オブ・ザ・バリーlily of the valleyは、『旧訳聖書』のソロモンの雅歌に載る谷のユリshoshannahから由来したが、本来パレスチナ地方にスズランはな

        • 夏目漱石「それから」本文と評論9-4

          ◇評論 「そんなに佐川の娘を貰ふ必要があるんですか」という代助の言に、父親の顔が怒りで赤くなった場面の続き。 「代助は父を怒らせる気は少しもなかつた」。彼にとって「人と喧嘩をするのは、人間の堕落」であり、「怒つた人の顔色が、如何に不愉快にわが眼に映ずるかと云ふ点に於て、大切なわが生命を傷つける打撃に外ならぬと心得てゐた」。「人を斬つたものゝ受くる罰は、斬られた人の肉から出る血潮であると固く信じてゐた。迸(ほとばし)る血の色を見て、清い心の迷乱を引き起さないものはあるまいと感

        夏目漱石「それから」本文と評論10-3

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        記事

          夏目漱石「それから」本文と評論9-3

          ◇評論 「廊下伝ひに中庭を越して、奥へ来て見ると、父は唐机(とうづくえ)の前へ坐つて、唐本(とうほん)を見てゐた。父は詩が好きで、閑(ひま)があると折々支那人の詩集を読んでゐる」 …「父の居間」は、他の家族とは少し離れた奥にある。「唐机」、「唐本」、「支那人の詩集」が、父の趣味を表す。 「唐机」…1 中国製の机。2 中国風の机。多くは紫檀(したん)製。(デジタル大辞泉) 「唐本」…中国で作られ(わが国に伝えられ)た漢籍。(三省堂「新明解国語辞典」) 「然し時によると、それが

          夏目漱石「それから」本文と評論9-3

          夏目漱石「それから」本文と評論9-2

          ◇評論 前話に続いて今話も、「今日はわざ/\ 其為(そのため)に来たのだから、否(いや)でも応でも父に逢はなければならない」と言いながら、父に会わずに終わる。よほど会いたくない相手なのだ。「其為(そのため)」とは、「嫁の事」。 「相変らず、内(ない)玄関の方から廻つて座敷へ来ると、珍しく兄の誠吾が胡坐(あぐら)をかいて、酒を呑んでゐた」。兄は代助を「何(ど)うだ、一盃 遣(や)らないか」と誘う。飲んでいるのは葡萄酒だった。 梅子は「当てゝ御覧らんなさい。どの位古いんだか」と

          夏目漱石「それから」本文と評論9-2

          夏目漱石「それから」本文と評論9-1

          ◇評論 今話も代助の文明論・日本の近代化論が展開される。 「代助は不断から成るべく父を避けて会はない様にしてゐた」理由は、「逢ふと、叮嚀な言葉を使つて応対してゐるにも拘はらず、腹の中では、父を侮辱してゐる様な気がしてならなかつたから」であり、それは自分が「二十世紀の堕落」に陥っていることを自覚させるからだった。  代助は「互ひを腹の中で侮辱する事なしには、互ひに接触を敢てし得ぬ、現代の社会を、二十世紀の堕落と呼んでゐた」。これは、「近来急に膨脹した生活慾の高圧力が道義慾の崩

          夏目漱石「それから」本文と評論9-1

          夏目漱石「それから」本文と評論8-6

          ◇評論 「全(まつた)く、服装(なり)丈ぢや分からない世の中になりましたからね。何処(どこ)の紳士かと思ふと、どうも変ちきりんな家へ這入(はい)つてますからね」という門野の言葉に、「近頃はみんな、あんなものだらう」と考える代助は、「返事も為(し)ずに書斎へ引き返した」。これは、一等国に追いつくために虚勢を張っているこの時の日本と同じだ。 「代助はわざと、書斎と座敷の仕切りを立て切つて、一人 室(へや)のうちへ這入(はい)つた。来客に接した後しばらくは、独坐(どくざ)に耽(ふ

          夏目漱石「それから」本文と評論8-6

          夏目漱石「それから」本文と評論8-5

          ◇評論 「中二日置いて、突然平岡が来た」 …「中二日置いて」とは、代助が三千代のもとに200円の小切手を持って行ってからという意味。なお、「中二日置いて」とは三日後の意。 「其日は乾いた風が朗(ほが)らかな天(そら)を吹いて、蒼(あを)いものが眼に映(うつ)る、常(つね)よりは暑い天気であつた」 …空気は乾燥し、青空が広がる初夏の風景。この舞台背景は、普通であればよいことが起こる予感をさせる。 「朝の新聞に菖蒲の案内が出てゐた。代助の買つた大きな鉢植の君子蘭(くんしらん)

          夏目漱石「それから」本文と評論8-5

          夏目漱石「それから」本文と評論8-4

          ◇評論 「平岡は不在であつた。それを聞いた時、代助は話してゐ易(やす)い様な、又話してゐ悪(にく)い様な変な気がした」 …若夫婦の主人が不在の時に、その妻と若い男が一つ部屋でゆっくり話をすることははばかられるだろう。この危惧は、代助が彼女に好意を持っているということもある。平岡が不在なためふたりきりで話しやすい半面、いけないことをしている感覚。 「けれども三千代の方は常(つね)の通り落ち付いてゐた」 …このような場面では、男よりも女の方が肝が据わっていることが多い。また、三

          夏目漱石「それから」本文と評論8-4

          夏目漱石「それから」本文と評論8-3

          ◇評論 「状箱(じようばこ)」…手紙を入れておく(使いに持たせてやる)箱。(三省堂「新明解国語辞典」) 「観世撚(かんじんより)」…観世縒(かんぜより)。こより。(三省堂「新明解国語辞典」) 「嫂は斯(か)う云ふ旧式な趣味があつて、それが時々思はぬ方角へ出てくる」…古風な趣味が意外な場面に意外な方法で発揮されること。 「代助は鋏(はさみ)の先で観世撚の結目(むすびめ)を突(つつつ)きながら、面倒な手数(てかず)だと思つた」…嫂は厳封する形で代助に手紙を送った。中に小切手

          夏目漱石「それから」本文と評論8-3

          夏目漱石「それから」本文と評論8-2

          ◇評論 「代助は斯(か)う云ふ考で」の「斯(か)う云ふ考」とは、「自分の父と兄」に「いつ何んな事が起るまいものでもないとは常から考へて」おり、「もし八釜敷しい吟味をされたなら、両方共拘引に価する資格が出来はしまいかと迄疑つてゐた。それ程でなくつても、父と兄の財産が、彼等の脳力と手腕丈で、誰が見ても尤もと認める様に、作り上げられたとは肯はなかつた」。 「父と兄の如きは、此自己にのみ幸福なる偶然を、人為的に且政略的に、暖室を造つて、拵え上げたんだらうと代助は鑑定してゐた」、という

          夏目漱石「それから」本文と評論8-2

          夏目漱石「それから」本文と評論8-1

          ◇評論 今話は、当時実際にあった日糖事件が扱われ、最近の父と兄の忙しさはこれに関係しているのではないかとの疑いが描かれる。前半部分の不気味さ、不吉さは、それらを象徴する。 「代助が嫂に失敗して帰つた」とは、三千代をサポートするための借金の申し出を断られたこと。 「代助が嫂に失敗して帰つた夜は、大分 更(ふ)けて」おり、「彼は辛(から)うじて青山の通りで、最後の電車を捕(つら)まえた位である」「にも拘はらず彼の話してゐる間には、父も兄も帰つて来なかつた。尤も其間に梅子は電話

          夏目漱石「それから」本文と評論8-1

          夏目漱石「それから」本文と評論7-6

          ◇評論 「梅子は、此機会を利用して、色々の方面から代助を刺激しやうと力めた。」 「刺激」とは、働くことによる自立や、結婚を勧めること。 「代助は最近の候補者に就て、此間から親爺に二度程悩まされてゐる。」 これについては、前に、「親爺がはなはだ因縁の深いある候補者を見つけて、旅行先から帰ってきた」とある。(角川文庫P44) この候補者について代助は、姓以外は何も知らなかったのに対し、「なぜその女が候補者に立ったという因縁になるとまたよく知っている」(角川文庫P45)。この「因

          夏目漱石「それから」本文と評論7-6

          夏目漱石「それから」本文と評論7-5

          ◇評論  代助の借金の申し出に対し、嫂の反論は的確・正論だ。 ・父も兄も嫂もバカにしている「そんなに偉い貴方が、何故私なんぞから御金を借りる必要があるの。可笑(おかし)いぢやありませんか。」 バカにしている相手への借金の申し込みの理不尽さ。 ・「それ程偉い貴方でも、御金がないと、私見た様なものに頭を下げなけりやならなくなる。」 自分に金が無いと、普段バカにしている相手の下手に出なければならなくなる。それは不本意だろう。 ・「誰も御金を貸し手がなくつて、今の御友達を救つて上げる

          夏目漱石「それから」本文と評論7-5

          夏目漱石「それから」本文と評論7-4

          ◇評論 前話の、西洋間で嫂と姪がピアノの練習をしているところに代助が顔を出し、嫂の言葉に従ってピアノを弾く場面の続き。代助は嫂と入れ替わり、「譜を見ながら、両方の指をしばらく奇麗に働らかした後、「斯(か)うだらう」と云つて、すぐ席を離れた。」の後の場面。 愛する三千代のために金の無心を嫂にしなければならない。その現実のために代助はここに現れたわけだが、しばし彼は音楽と美術の美的世界に精神的に遊ぶ。 三十分程のピアノの練習の後、嫂の「もう廃(よ)しませう。彼方(あつち)へ行つて

          夏目漱石「それから」本文と評論7-4