夏目漱石「それから」本文と評論8-6
◇評論
「全(まつた)く、服装(なり)丈ぢや分からない世の中になりましたからね。何処(どこ)の紳士かと思ふと、どうも変ちきりんな家へ這入(はい)つてますからね」という門野の言葉に、「近頃はみんな、あんなものだらう」と考える代助は、「返事も為(し)ずに書斎へ引き返した」。これは、一等国に追いつくために虚勢を張っているこの時の日本と同じだ。
「代助はわざと、書斎と座敷の仕切りを立て切つて、一人 室(へや)のうちへ這入(はい)つた。来客に接した後しばらくは、独坐(どくざ)に耽(ふ)けるが代助の癖であつた。ことに今日の様に調子の狂ふ時は、格別その必要を感じた」。
…考えの違う他者とのコミュニケーションが不調に終わることの多い代助には、自己の考えと精神世界を落ち着かせ整えるため、ひとりの空間と時間が必要だった。心の整理の時間。友人であったはずの平岡との今日の懇談は、彼との隔絶を明確化しただけだった。代助は、「平岡はとう/\自分と離れて仕舞つた」という感を強くする。
「平岡はとう/\自分と離れて仕舞つた。逢(あ)ふたんびに、遠くにゐて応対する様な気がする」という、決定的な隔絶の認識。この感覚は、「実を云ふと、平岡ばかりではない。誰に逢つても左(そ)んな気がする」と続く。
「代助は解釈」する。「現代の社会は孤立した人間の集合体に過ぎな」い。他者とも家族とも「切れ/\ぎれになつて仕舞つた」。「文明は我等をして孤立せしむるものだ」。近代社会の人間関係の断絶は、文明論に及ぶ。文明の発展は、人間関係を切り離してしまうと、代助は認識する。
続く部分は、まず「代助と接近してゐた時分の平岡」について、次に「平岡に接近してゐた時分の代助」について、さらに「今の平岡に対して」、どう考えるか、という構造になっている。
「代助と接近してゐた時分の平岡」=「人に泣いて貰(もら)ふ事を喜ぶ人であつた」
他者による共感に価値を置いていた平岡。
「今でも左様(さう)かも知れない。が、些(ちつ)ともそんな顔をしないから、解らない。否、力(つと)めて、人の同情を斥(しりぞけ)る様に振舞つてゐる。孤立しても世は渡つて見せるといふ我慢か、又は是が現代社会に本来の面目だと云ふ悟りか、何方(どつち)かに帰着する」。
やせ我慢か、現代社会に生きる者として「孤立」はあるべき姿だと思っているからか。
「平岡に接近してゐた時分の代助」=「人の為(ため)に泣く事の好きな男であつた」
「それが次第々々に泣けなくなつた」。「泣かないから現代的だと言ひたかつた」。
「泣かない方が現代的だから」無理をして泣かないのではなくて、そもそも泣く気がない・起きない自分は現代的だということ。人のために泣くという感情を抱くことがない人間に、代助は変化した。
「泰西の文明の圧迫を受けて、其重荷の下に唸(うな)る、劇烈な生存競争場裏に立つ人で、真(しん)によく人の為(ため)に泣き得るものに、代助は未(いま)だ曾(かつ)て出逢(であ)はなかつた」
…「真(しん)によく人の為(ため)に泣」くことができなくなったのは、現代人が、「泰西の文明の圧迫」と「重荷の下に唸(うな)る、劇烈な生存競争場裏に立」っているからだと、代助は考える。西洋の先進文化文明に追いつくことに汲々とする圧迫感から、現代日本人は呻吟(しんぎん)しており、「人の為(ため)に泣」く感覚が無い状態だということ。
「泰西」…(日本から見て)先進国としての西洋。欧米。(三省堂「新明解国語辞典」)
「代助は今の平岡に対して、隔離の感よりも寧ろ嫌悪の念を催ふした。さうして向ふにも自己同様の念が萌(きざ)してゐると判じた」
…代助と平岡は、考え方が「隔絶」したというよりも、互いを「嫌悪」していると思い至る。ここには勿論、ふたりの間に存在する三千代が絡んでいる。思考ではなく感情として、相手が嫌なのだ。代助はいま、平岡への嫌悪という「黒い影を凝(じつ)と見詰めて見る。さうして、これが真(まこと)だと思ふ。已(や)むを得ないと思ふ」。そうして「たゞそれ丈になつた」という諦念に至る。ふたりの関係は既に終わっている。生理的嫌悪は拭い難い。
現代人の「孤独の底に陥つて煩悶するには、代助の頭はあまりに判然(はつきり)し過ぎてゐた」。なぜなら彼は孤独を、「現代人の踏むべき必然の運命と考へたからである」。「従つて、自分と平岡の隔離は」、「尋常一般の径路を、ある点迄進行した結果に過ぎない」。現代人はすべからく孤独に陥ると代助は考える。
さらに、「両人(ふたり)の間に横たはる一種の特別な事情」は「三千代の結婚」であり、それがふたりの隔絶と孤独を促進した。
「三千代を平岡に周旋したものは元来が」代助であり、それを堅固な「頭脳」で行った。「今日に至つて振り返つて見ても、自分の所作は、過去を照らす鮮やかな名誉であつた」。
「けれども三年経過するうちに自然は自然に特有な結果を、彼等二人(ににん)の前に突き付けた。彼等は自己の満足と光輝を棄てゝ、其前に頭(あたま)を下げなければならなかつた。さうして平岡は、ちらり/\と何故(なぜ)三千代を貰(もら)つたかと思ふ様になつた。代助は何処(どこ)かしらで、何故(なぜ)三千代を周旋したかと云ふ声を聞いた」
…ここで初めて明確に、当時のそれぞれの心情が説明される。この部分をまとめると、ふたりの「自然」は、
平岡…三千代と結婚すべきではなかった。
代助…三千代を平岡に周旋したのは間違いだったし、自分は三千代を愛していた。
ということになる。
代助は三千代への愛を隠して友人に彼女を周旋し、平岡は三千代との結婚を後悔する。代助の後悔は過去から現在まで続いているもので、平岡は、過去に選択を誤ったことへの後悔だ。そうすると、代助の偽りの友情の道具に使われた形の三千代が哀れだ。彼女はその時、どのような気持ちだったのだろう。三千代の気持ちの説明が待たれるところだ。
最後の場面には、懊悩する代助の気も知らず、勝手で浅薄な推測で判断する門野の愚な様子が描かれ、その対照が際立つ形になっている。
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