垂直居士

水平からの離脱にあがく漫筆家。 人が何を考えて生きているかに興味をもって、生きていま…

垂直居士

水平からの離脱にあがく漫筆家。 人が何を考えて生きているかに興味をもって、生きています。名前はそのまま「すいちょく」で差し支えありません。居士は号で、仕官せず野にある男子の読書人の意ですが、必ずしも本人を適切に表してはおりません。

マガジン

  • 詩と詩人のはなし

    詩についての考え方や、詩人のエピソードをまとめてみました。

  • 言葉の砂漠、文字の海

    言葉や文字にまつわる書き物をまとめました。

  • 読書論雑感

    「読書」という営みについての断片を、自分のための整理もかねて、ひとまとめにしていく予定です。

  • こどもシリーズ

    大人が想像した、摩訶不思議な子供たちの世界。 「文明社会の中で生きていると、だんだんにその文明が入っていってしまうが、それ以前に子供は、非常に強い問題を、太古の言葉で、哲学的な質問として投げかけてくる。これに対して、『子供は黙っていなさい』とか『大人になりゃわかる』なんて言い返すのは間違っている。子供の質問は、極めて哲学的なものなのだ。」(鶴見俊輔「イシが伝えてくれたこと」より)

  • 近未来アニマルペディア

    実験的短編『近未来アニマルペディア』をまとめました。

最近の記事

  • 固定された記事

垂直に生き、論理で乗り越えよ。

 一人の学徒として、学問に向き合う態度はいかにあるべきか。  人それぞれの考え方はあるとしても、自分にとって、学問とは常に生き方の問題であり、自己確認であり、自らの来し方を反芻自問することに他ならない。すなわち、ここにこうして奇妙な回想の類や自己批判の駄文を連ねることも、これまでの経験を振り返り、自分の立ち位置を確認し、吟味して批判するという、ひとつの学問的修練につながるものだと考えている。馬鹿げた考えかもしれないが、修練の成果が出て来れば、駄文が駄文でなくなって磨かれるは

    • 詩人としての樋口一葉

       明治29年、森鷗外は、自らが主幹する雑誌「めざまし草」に連載された幸田露伴・齋藤緑雨との鼎談連載「三人冗語」において、樋口一葉を絶賛した。評して「われはたとえ世の人に一葉崇拝の嘲を受けんまでも、この人にまことの詩人といふ称をおくることを惜まざるなり」(世間の人々に一葉を崇拝していると嘲りを受けようとも、一葉に「まことの詩人」の称号を贈りたい)と述べている。一葉はそれを知った喜びを「うれしさは胸にみちて物いはんひまもなく」云々と素直に日記に書いており、また、一葉本人のみならず

      • 時間は誰のものか

         人間は閑暇に身を任せている時にはますますサボるもので、追い詰められてようやく頑張るということは、誰しも経験があることだと思われる。そして、奮起して物事をはじめて、多忙の只中にあるときほど、多くのことをこなしたいという意欲が湧いたりする。一生懸命こなしてひと段落ついたら、疲れ切ってしばらく何もできなくなり、再びサボり癖がむらむらと湧いてきて、しばし休息のつもりがいつしか再びサボりの道に入ってしまい、そのまま暇を持て余す。そういった繰り返しで人生が成り立っている。そして、いつも

        • 文字の水圧に浸りながら

           ここ最近は、とにかくいつも何かを読んでいる――というより、読まされているような感覚で、ちゃぷちゃぷと音を立てて文字の水槽に浸っているような日々をずっと過ごしている。水槽はすでに溢れているのに、いっこうにそれが統一的な流れとして排水されないままに水かさが増している。どんどん新しい水脈から水が継ぎ足されてくるが、そのうちには真水もあれば塩水もあって、清水もあれば汚水めいたものもあって、どれもこれも吸収しようとして、頭の中で清濁混交した文字の水が、すでに表面張力の限界を突破してい

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        垂直に生き、論理で乗り越えよ。

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        記事

          昭和10年代の穴

           社会主義思想は明治43年の大逆事件によって冬の時代を迎えるが、その後大正から昭和初期にかけて、いわゆる左翼陣営においてはマルクス主義があたかも信仰のように浸透して我が思想界を席巻し、「思想=マルキシズム」とでもいうべき時代があった。しかしそれも長くは続かず、昭和8年頃の集団転向の季節をまたいで一夜の夢のように消え去り、プロレタリア文学が急速に退潮していった。佐伯彰一によると、これは日本独自の状況ではなく国際的な現象であったといい、佐伯は特に日本とアメリカとの共通性を指摘して

          昭和10年代の穴

          「詩人が横死、つまり殺されるとか、災害で死ぬとか、あるいはもうすこし意味をひろげて極端に不幸な状態で死ぬとかいふことは、日本文学では、詩人の生涯と作品を飾る華麗なものとして受取られてきた。」(丸谷才一『横しぐれ』)

          「詩人が横死、つまり殺されるとか、災害で死ぬとか、あるいはもうすこし意味をひろげて極端に不幸な状態で死ぬとかいふことは、日本文学では、詩人の生涯と作品を飾る華麗なものとして受取られてきた。」(丸谷才一『横しぐれ』)

          甘さ辛さをどう分けるか

           病苦を隔てて詩情が湧き立つのだと考えていたが、罹患を経てもなお、以前はふっと降りて来ていた表現の煌きがしばらく降りてこない。それは今なお病中にあるとの証かもしれない。40をいくつも過ぎてようやく、臆せずモノを言うことが大事なタイミングと、物言わず沈黙していることが大事なタイミングがあることを理解し、その判断ができるくらいの分別がついてきたのである。というよりは、引っ込み思案な青白い顔の青年が、前者すなわち臆せずモノを言うタイミングだけをなんとなく身につけたといってよいかもし

          甘さ辛さをどう分けるか

          帝都ヲ暗黒化セヨ(五・一五事件異譚)

           その頃、つまり昭和七年頃の農村の窮乏は、極めてひどいものでした。数年前から生糸は売れなくなり、二束三文になりました。米は豊作にもかかわらず外地からも入ってきてどんどん余る状態に陥り、やはり値段が大幅に下がりました。どの百姓の家族も貧窮に苦しみぬいて、娘たちは売りに出されました。  私はその一年ほど前から橘孝三郎先生の愛郷塾で学ばせていただいていました。常日頃から清廉を私たち塾生に説いておられた橘先生は、このようにおっしゃいました。農村の危機に較べて、都会の贅沢ぶりはけしから

          帝都ヲ暗黒化セヨ(五・一五事件異譚)

          永遠回帰と長い日

           コロナの後遺症がなかなか消えず、貴重な連休は泡と化した。全く動けないわけでもないが、妙に倦怠感が続き、気道が狭くなっているような息苦しさを感じて、気持ちはずっと病臥状態に留まっている。職場ではコロナその他の感染症が猛威を振るい、同じフロアの八割くらいの職員がコロナに感染し、それ以外の職員も喉や気道に違和感を覚えて体調を崩すという、学級閉鎖状態になっていた。私は4月の半ばに罹患し、それ以降ペースが戻らず、通勤で行って帰ってくることは辛うじてこなしているが、それ以外は最低限の買

          永遠回帰と長い日

          中島敦『わが西遊記』

           本日は中島敦の生誕日であり、過去にもこのnoteでも関連記事を投稿してきた。最近Twitter/Xで紹介した古書・中島敦『わが西遊記』に対して少々反響をいただいたので、こちらであらためて紹介してみたい。  本書は京北書房から、戦後の1947(昭和22)年9月に刊行された。もちろん中島敦の死後の出版である。『わが西遊記』というのは、「悟浄出世」・「悟浄歎異―沙門悟浄の手記―」をまとめて称したもので、中島自身がこれらの二作品の末尾に「わが西遊記の中」と記していることにならった

          中島敦『わが西遊記』

          漱石『彼岸過迄』の散歩道

           春になると散歩したくなるのが人情で、古今の散歩本でも小脇に抱えながら、ぶらりぶらりと行く当てもなく彷徨いたくなる…などと考えながら、先日古書店で安価で購入した文庫本の武田泰淳『目まいのする散歩』とルソーの『孤独な散歩者の夢想』をぱらぱらとめくってみたりしている。  武田泰淳は『目まいのする散歩』に収録された「笑い男の散歩」という小文で、「漱石はノイローゼにおちいり、いつも自分が国家の秘密の国家要員から監視されているような気配を感じていた」と書いている。そしてそれに続けて、

          漱石『彼岸過迄』の散歩道

          周回遅れの男

           コロナに罹患した。今さら、である。私の人生ではいつもこんなふうに、何かを踏み出そうとしたときに出鼻をくじくような感じで、少し流行から外れたようなものが一周遅れてやってくるようだ。思えばこの4月の初めはたくさんの新しい出来事に遭遇し、さらに仕事においても予想外の事態があって多忙が続いたため、心身に負荷がかかったと思われる。  コロナ罹患者の症状の辛さについては様々な人々によって記録されているとおりだが、多くの人が証言しているのと同様、私が今回もっとも辛かったのは喉の痛みであ

          周回遅れの男

          私も参加している文芸同人誌『夢幻』創刊号、販売開始しました。よろしければ商品ページのサンプル画像だけでも楽しんでください。よろしくお願いいたします。 https://reve8realite.official.ec

          私も参加している文芸同人誌『夢幻』創刊号、販売開始しました。よろしければ商品ページのサンプル画像だけでも楽しんでください。よろしくお願いいたします。 https://reve8realite.official.ec

          社会の発展と呼ばれるものは、プリミティブな問題ないし状況が整理されて、制度の名のもとに次々と包み隠されていくことではないのか。

          社会の発展と呼ばれるものは、プリミティブな問題ないし状況が整理されて、制度の名のもとに次々と包み隠されていくことではないのか。

          四月に新しい風

           この四月から、人生においていくつかの新しいことが始まります。私にとってはそれらが全て「書く」ことに関連していると思っているので、noteでの記事にしておこうと思いました。  まず、大学院に通うことになりました。  私の記事には、ぐちぐちと研究や学術活動への未練めいたことを書き散らすものがしばしばあったのですが、そう書きながらもアカデミズムの世界で研究するなんて全然向いてないと思っていました。ここ数年は大学に戻るとは考えたこともなく、趣味としての研究や独学の道をマイペースで

          四月に新しい風

          夢のまにまに

           あまり熟睡していないのか、最近は以前よりもしばしば夢を見るようになった。ある日の夢はこんなだった。  自分は船団のような集まりの指揮を取る、どうやら艦長的な立場にあるらしかった。何か大きな意志に反して、全ての船を撤収させなければならないという苦悩に直面しているようで、前艦長らしいベテランや副官らしい女性に、本当に撤収していいのかということを何度も確認された。その理由も状況も具体的でないのだが、なんとしても撤退しなければならないと自分の中では決めていた。根拠なく重要な決定を

          夢のまにまに