ひつじ

ひつじです。主に斎藤茂吉の随筆を入力したものを記事にあげています。

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ひつじです。主に斎藤茂吉の随筆を入力したものを記事にあげています。

最近の記事

「「赤光」の著者 一つの惠まれたる友情󠄁の歴史」 佐藤春夫

※素人が、個人の趣味の範囲で入力したものです。 ※一通り見直してはいますが、誤字脱字等の見過ごしがあるかもしれません。悪しからずご容赦ください。 「赤光」の著者 一つの惠まれたる友情󠄁の歴史 佐藤春夫  あれは「赤光」初版の出た直後だから大正二年であらう。年月日の記憶は正確でないが、「赤光」の出た直後で氣候のいい季節であつたことには間違ひがないから多分大正二年の十月末か十一月のはじめごろのやうに推定される。何しろ自分の二十一二のころ、今から四十年あまり前の事である。(こ

    • 「芥川氏」 斎藤茂吉

      ※素人が、個人の趣味の範囲で入力したものです。 ※一通り見直してはいますが、誤字脱字等の見過ごしがあるかもしれません。悪しからずご容赦ください。 芥川氏 斎藤茂吉   私が長崎に行つてゐた時である。或る日の晝過ぎに縣立病院の精神科部長室にぼんやりしてゐると、そこに芥川龍之介さんと菊池寛さんのお二人がたづねて來られた。これは私にも非常におもひまうけぬ事で、お二人とも文壇の新進としてもはや誰も知らぬものも無いといふ程であつたから、私の助手や看護婦なんかが、物めづらしさうにお二人

      • 「芥川」 斎藤茂吉

        ※素人が、個人の趣味の範囲で入力したものです。 ※一通り見直してはいますが、誤字脱字等の見過ごしがあるかもしれません。悪しからずご容赦ください。 芥川 斎藤茂吉  香川景樹の歌に、「津の国にありとききつる芥川まことは清きながれなりけり」といふのがある。僕はいつかこの一首を見付けて直ぐ芥川竜之介さんのことを聯想したのであつた。然し大した歌でも無いと思つたし、面と向かつて景樹の歌などを持出すのもわざとらしいので誰にも口外したことはない。どのうち芥川さんは亡くなられてしまつた。

        • 「禮儀深さ」 釋迢空

          ※素人が、個人の趣味の範囲で入力したものです。 ※一通り見直してはいますが、誤字脱字等の見過ごしがあるかもしれません。悪しからずご容赦ください。 ※本来縦書きの文章を横書きにしている都合上、一部に踊り字の「くの字点」を修正している箇所があります。 禮儀深さ 釋迢空  あらゝぎにおける私の關係は、深いかと思へば淺く、淺いかと思へば存外深くて、その中何と言ふことなしに、遠のいてしまつた。あらゝぎの先輩に對する記憶も、まざまざと殘つてゐながら、それもちつとも感情と關係なく、しづ

        「「赤光」の著者 一つの惠まれたる友情󠄁の歴史」 佐藤春夫

          「萩原さんについて」斎藤茂吉

          ※素人が、個人の趣味の範囲で入力したものです。 ※一通り見直してはいますが、誤字脱字等の見過ごしがあるかもしれません。悪しからずご容赦ください。 萩原さんについて 斎藤茂吉  萩原さんとは生涯のうち數囘しか會つてゐない。詩集「月に吠える」の發行は、大正六年だといふから、さうすれば大正六年のことになるが、萩原さんが突然、私の勤めてゐた東京府巣鴨病院に私をたづねて來られ、私もその「月に吠える」といふ詩集の寄贈を受けた。そのとき萩原さんの話に、森鷗外先生を訪ねられ、詩集一本を呈

          「萩原さんについて」斎藤茂吉

          「吉井勇君へ」斎藤茂吉

          ※素人が、個人の趣味の範囲で入力したものです。 ※一通り見直してはいますが、誤字脱字等の見過ごしがあるかもしれません。悪しからずご容赦ください。 吉井勇君へ 斎藤茂吉  吉井勇君。  僕がこんな形式で手紙を書くのは生れてはじめてだが、これは約束だから致しかたがない。僕は君が四國九州の旅の先々から吳れた便りを、非常になつかしく讀んだ。短い數語に過ぎないが、實に友情あふるるばかりであつた。  特に長崎からの便りは何ともなつかしくて爲方がない。君は、『長崎に茂吉のあらぬ寂しさは

          「吉井勇君へ」斎藤茂吉

          「左千夫趣味」斎藤茂吉

          ※素人が、個人の趣味の範囲で入力したものです。 ※一通り見直してはいますが、誤字脱字等の見過ごしがあるかもしれません。悪しからずご容赦ください。 左千夫趣味 斎藤茂吉  この夏、私は左千夫先生の小説全體を通讀した。そして、釋迢空氏と、宇野浩二氏との左千夫小説に對する評言を大體手本にして通讀したのであるが、讀後いつのまにか氣づいて、心を離れないことが一つある。それは小説の中に出てくる男でも女でも、何となくまめまめしくて、だらりとした氣持で滿足してゐるといふやうなことがないと

          「左千夫趣味」斎藤茂吉

          「伊藤左千夫先生」斎藤茂吉

          ※素人が、個人の趣味の範囲で入力したものです。 ※一通り見直してはいますが、誤字脱字等の見過ごしがあるかもしれません。悪しからずご容赦ください。 伊藤左千夫先生 斎藤茂吉  私の歌の師匠は、伊藤左千夫先生であつたが、先生が私等の歌を見てくださるのに、丁寧でなかなか暇どるのを通例とした。時には一首を見てくださるのに三十分ぐらゐかかることなどもあつた。それを催促したりすると『君らのやうにさう急いては困る。第一君らの気持にならねば歌が分からないのだから』という風にして歌を見られ

          「伊藤左千夫先生」斎藤茂吉

          「左千夫先生のこと」斎藤茂吉

          ※素人が、個人の趣味の範囲で入力したものです。 ※一通り見直してはいますが、誤字脱字等の見過ごしがあるかもしれません。悪しからずご容赦ください。 左千夫先生のこと 斎藤茂吉   伊藤左千夫先生は反省だの修養だのといふことについてよくよく話されたが、先生自身の内から動いてくる力が、あの大きな體でも抑へきれないほどであつたやうである。そこで先生は短氣で、何事も我慢が出來なかつたやうに見え見えした。嬉しい時でも癪に觸る時でも、それが赤裸裸にあらはれるやうに見えた。言葉を換へてい

          「左千夫先生のこと」斎藤茂吉