四書五経【大学】09 「伝」七章&「伝」八章 〜本文ダイジェスト〜覚書

「伝」七章は八条目の”正心”について、「伝」八章は八条目の”斉家”について解説されています。

■ 身を修むるはその心を正すに在り①(七章)

所謂身を修むるはその心を正すに在りとは、身(こころ)に忿懥(ふんち)する所あれば、則ちその正を得ず。恐懼(きょうく)する所あれば、則ちその正を得ず。好楽する所あれば、則ちその正を得ず。憂患(ゆうかん)する所有れば、則ち其の正を得ず。

<現代語訳・解釈>

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四書五経【大学】08 「伝」六章 〜本文ダイジェスト〜覚書

八条目の”誠意”について解説されている「伝」六章。こちらも五章につづいて、大学の肝となる重要な章になっています。
まとめイラストは、朝の勉強会のプレゼンテーターの方の発表も参考にさせていただきました。

■ 意を誠にせよ

所謂その意を誠にすとは、自ら欺く毋(な)きなり。悪臭を悪(にく)むがごとくし、好色を好むがごとし。これをこれ自ら謙(こころよ)くすと謂う。故に君子は必ずその独(ひと)りを慎むな

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四書五経【大学】07 「伝」五章〜格物致知〜

本日は「伝」五章。
「伝」五章は、八条目の" 格物致知”について書かれてあります。

■ 冒頭が消えた...!?

ただこの章は今までの章とは違い、いきなり最後のまとめのような句からはじまります。冒頭に本来あった文は、秦の始皇帝がおこなった「焚書坑儒」のために失われてしまったとか。

そこで程子の説を参考に&他の章に似せて、朱熹が欠落部分を記載(=格物補伝)したのが、この「伝」五章になります。

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四書五経【大学】06 「伝」三章・後半(至善に止まる) & 「伝」四章(本を知る)

「伝」三章の後半、「伝」四章と続いて学んだことを振り返りたいと思います。「伝」四章は”本末”について解説されています。

■ 盛徳至善、民の忘るる能わざるを道うなり

切するがごとく磋するがごとしとは、学を道(い)うなり。琢するがごとく磨するがごとしとは自ら修むるなり。瑟たり僩たりとは、恂慄(じゅんりつ)するなり。赫たり喧たりとは威儀(いぎ)なり。斐たる君子あり、終に諠(わす)る可からずとは、盛徳

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四書五経【大学】05 「伝」三章・前半 〜至善に止まる〜

本日は「伝」三章。「伝」三章は、三鋼領の"至善"について説かれています。

■ 止まるにおいて、その止まる所を知る

詩に云く、邦畿千里(ほうきせんり)、これ民の止まる所と。詩に云く、緡蠻(めんばん)たる黃鳥(こうちょう)、丘隅(きゅうぐう)に止(とど)まると。子、曰く、止まるにおいて、その止まる所を知る。人をもってして鳥に如かざる可けんやと。

<現代語訳・解釈>
詩経にはこのように記されている

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(4)正道は不滅 大義は永遠である

梁氏と接している内に、彼の言動の幾つかをメモするようになっていた。彼は明らかに日本に好意を抱いている。しかし、その好意が何に起因するのかまでは確認していない。訪中の目的が投資と商談なので、梁氏自身が日本側への説明に追われているし、常時、彼に張り付いて協議をするわけにもいかないからだ。日本チームだけの協議時間も必要だし、一人静かに熟考する時間も必要だった。彼の人間性や思考性まで探っている時間など無か

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ご一読、有り難うございました。
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四書五経【大学】04 「伝」一章(徳を明らかにせよ)&「伝」二章(新民をおこす)

「大学」はもともと「礼記(らいき)」の一篇で、それを朱熹が程子の考えにもとづいて、「経」一章、「伝」十章からなる「大学章句」として編集したものになります。
今日からは解説文にあたる「伝」章に。
「伝」一章は三綱領の"明徳"について、「伝」二章は三鋼領の"新民"について説かれています。

■ 「伝」一章 〜徳を明らかにせよ〜

康誥(こうこう)に曰く、克く徳を明らかにすと。太甲に曰く、是の天の明命を

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四書五経【大学】03 「経」一章 〜総論 孔子の教え〜

大学は下記構成から成り立っています。
・「経」一章 (総論 孔子の教え)
・「伝」一章〜十章 (それに続く解説文 曽子の意見)
  ※曽子=孔子の教えを正しく継承したと言われる弟子

まずは総論にあたる「経」一章 + その前に記載されている宋朱熹章句を読んでいきたいと思います。(学びのまとめです。)

■ 宋朱熹 章句 〜学びの順序〜

<現代語訳・解釈>
程子(程兄弟)が言うには、「大学」は孔子

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『山海経』の九尾の狐は人を食べるの?

ささやかな疑問点ですが、気になったので書き留めておきます。

『山海経』の南山経には、九尾狐についての記述があります。

 赤子のような声で鳴き、人を食べるとされていることが多いようです。

 しかし、本当に九尾狐は人を食べることになっているのでしょうか?

 原文を見ると、

 
  状狐而九尾即九尾狐
  其音如嬰児能食人食者不蠱噉其肉令人不逢妖邪之氣或曰蠱蠱毒

となっています。

 其音如

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古典読んだら死にかけた話。

私が読書好きになったきっかけは、小学生の時に「レ・ミゼラブル」の児童版「ああ無常」を読んでからです。夢中になってページをめくったのを今でも覚えています。

その後は推理小説が好きになり、10代の頃はジャンルを問わず読んでいました。

私が19歳ぐらいだったでしょうか、部屋に遊びに来た友人が、小説がたくさん並んでいる本棚を見て言いました。

「君が読書家なんて誰も思わんやろな。ギャップがすごいわ。」

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スキありがとう!どうでもいいけどコレ、たばゼットに見えるよね!
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