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#エッセイ

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アンドロメダ(腰パンの思い出)

アンドロメダ(腰パンの思い出)

中学の校門を出ると、私は学ランのズボンをぐいぐいと押しさげた。

当時、〝腰パン〟が流行っていた。ヤンキーたちはパンツが見えるくらいズボンを下げてはいていたが、私には学校で腰パンをする勇気はなかった。
校門を出てから彼らのまねをしてみたが、ズボンを下げると、学ランのすそからダサいガチャベルトが顔を出した。

学校帰りにレンタルビデオ店に立ち寄った。その日は新作の半額デーだった。洋画コーナーの棚を物

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上様(父の思い出)

上様(父の思い出)

むかし、父が経営していた会社の近くに「日本海」という日本料理店があった。瓦屋根の4階建てのビルで、1階から3階までが店舗だった。

20年以上前につぶれて、いまは居抜きで韓国料理店になっている。国籍は変わったが、韓国だと瓦屋根でも違和感はなかった。

小学生のころ、父がよく「日本海」に連れていってくれた。両親は別居しており、私は母と暮らしていたが、父は月1回のペースで、なにかと理由をつけてごちそう

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一夜漬け(レム睡眠とノンレム睡眠のあいだに)

一夜漬け(レム睡眠とノンレム睡眠のあいだに)

試験勉強の取りかかりはなかなか踏ん切りがつかない。ふだんから勉強が習慣化していないと、その一歩は恐ろしく重い。

高校時代の私にとって、机とは勉強するところでなく、教科書をおいておく台だった。そんな私の試験前夜はつぎのようなものだった。

21:00から勉強しようと夕食の前から決めていた。世にいう一夜漬けだ。

20:54に観ていたテレビが終わると、よろよろと机の前についた。机の上を片づけたところ

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缶詰部屋(そば工場の思い出)

缶詰部屋(そば工場の思い出)

大学を9月卒業してから4月に大学院が始まるまでのあいだ、私は広島に帰っていた。
一人暮らしの家財道具は東京のレンタル倉庫にあずけ、身ひとつでもどってきたが、実家は建て替え中だった。

仮住まいは近所の賃貸マンションだった。半年間の契約で家賃を安くしてもらったかわりに、部屋の障子はボロボロ。壁には穴も開いていた。

マンションの高層階に住むのは初めてだった。ちょっとコンビニに出かけるだけで、エレベー

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星の王子さま(図書係の思い出)

星の王子さま(図書係の思い出)

小学5年の2学期に入ってすぐ、班替えがあって島田さんと同じ班になった。男子2人、女子3人の班で、班長は私だった。

学活のとき、どの班がなんの係活動をするのかを決めることになった。
まず班ごとに話し合いが行われ、私は班員に「お楽しみ係がええんじゃないん」とすすめた。お楽しみ係とは、お楽しみ会を企画・運営する係で、男子のあいだで人気があった。

「読書の秋じゃけ、図書係にしようや」

さっそく島田さ

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模擬面接(プリントゴッコの思い出)

模擬面接(プリントゴッコの思い出)

中学3年の冬休み前、漫画を買いに本屋に行こうとすると、母に「プリントゴッコのイラスト集を買ってきて」と頼まれた。
もう年賀状づくりに取りかからなければならない時期だった。

プリントゴッコとは、年賀状をつくるための家庭用の印刷機だ。2000年代にパソコンが普及するまでは、みんなプリントゴッコで年賀状をつくっていた。その仕組みはつぎのようなものである。

当時、プリントゴッコのイラスト集というものが

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代理告白(ゴールデンウィークの思い出)

代理告白(ゴールデンウィークの思い出)

中学生になると井本くんと一緒に登校するようになった。
毎朝、井本くんが家に迎えにきてくれたが、もともとは田島くんも入れた3人で登校していた。3人ともクラスは別だった。

井本くんと一緒に田島くんのマンションに行くと、田島くんはいつも準備ができておらず待たされた。
井本くんとは小学校のころから仲がよかったが、田島くんとは家が近所というだけだったので、しだいに井本くんと2人で登校するようになった。

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月の光(藤崎くんのPHS)

月の光(藤崎くんのPHS)

たしかあれは高校最後の日のことだ。先生から臨時ボーナスが配られ、教室はいろめき立った。
ボーナスというのは校友会の出資金のことで、3万円が返還された。

もちろん親に返すのが筋だろうが、3年前の入学のときに出資したことなど覚えているとは思えない。お小遣いとしてもらっておこう。考えることはみんな同じだった。

ホームルームのあと、仲間うちで話し合った結果、3万円で携帯電話を買うことにした。当時私たち

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神龍ーーかぐや姫と願いごとの行方

神龍ーーかぐや姫と願いごとの行方

押入れを整理していると、古い写真が見つかった。幼い私が『西遊記』の孫悟空になりきっている写真だ。

座卓の上に羊の毛皮の敷物をかぶせ、筋斗雲に見立てていた。私はその上に立ち、如意棒がわりの姉のバトンを握っていた。
赤いトレーナーを着て、頭に金の折り紙でつくった輪っかをつけている。壁にはカレンダーの裏にクレヨンで描いた牛魔王の絵が貼ってあった。

たしかこの写真は、『ドラえもん のび太のパラレル西遊

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十七歳の地図ーー模範的新聞少年のたそがれ

十七歳の地図ーー模範的新聞少年のたそがれ

中上健次に『十九歳の地図』という小説がある。主人公は19歳の予備校生だが、とっくに大学進学をあきらめており、ほとんど予備校にも通っていない。

主人公は新聞少年でもあり、新聞を走って配って生計を立てている。
配達員の寮で暮らしており、日中そとの光の入らない週刊誌や食べかすの散らかった部屋で、寝汗と精液で湿気たふとんで眠っている。

少年は物理のノートに配達地区の地図を描いて、贅沢な家で温かいふとん

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力水神と秘密の修行(私がコーラを飲めない理由)

力水神と秘密の修行(私がコーラを飲めない理由)

犬の散歩をしていると、久しぶりに自販機で「力水」を見つけた。

「力水」とはキリンビバレッジから発売されている炭酸飲料であり、1994年の発売当時、頭がよくなる成分として注目されていたDHAを配合したことで話題を集めた。

「力水」は毎年のように名前が変わり、95年に「超力水」、96年に「最強力水」へと進化をとげると、98年の再々リニューアルにむけて、前年に新しい名前を募集していた。

当時、中学

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ええかっこしい(伯父さんの思い出)

ええかっこしい(伯父さんの思い出)

父とトラックで大型ごみを業者のところに持ちこんだ。
荷おろしを手伝っていると、業者のお兄さんが「これ、ブランド家具ですよね。捨てるんならいただいていいですか?」と訊いてきた。

伯父の遺品の書き物机のことだった。私が長らく使っていたが、大きな書斎机を買ったので、置き場所に困って処分することにしたものだ。

「ぜひもらってください」と二つ返事で答えたが、机は運びやすいよう一部分解しており、ねじをすで

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マイ・スイート・ホーム(公園の桜と引っ越し代の行方)

マイ・スイート・ホーム(公園の桜と引っ越し代の行方)

大学生のころの話だ。塾講師のアルバイトをはじめて実入りがよくなったので、築20年のアパートから新築予定のマンションに引っ越すことにした。
家賃は4万円台から6万円台へと跳ねあがったが、オートロック付きでバス・トイレも別だった。

入居の契約をすませ、あとは建物の完成を待つばかりというときに、不動産屋から電話がかかってきた。4月に完成予定だったが、工事の遅れで完成が1カ月ほど延びるという。

そんな

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タイムトラベルーーウド鈴木とスペースワールドのないスペースワールド駅

タイムトラベルーーウド鈴木とスペースワールドのないスペースワールド駅

押し入れの整理をしていると、ふと段ボールのなかの1冊のアルバムが目に入る。パラパラめくってみると、小中学校のころのアルバムだった。すえた香りとともにたちまち懐かしさに引きこまれた。

スペースシャトルの前で撮った写真が目にとまる。小学校の修学旅行で北九州のスペースワールドに行ったときの写真だった。

スペースワールドは宇宙をテーマにしたテーマパークで、ディスカバリー号の実物大のモデルが飾ってあった

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