箱男

小説やエッセイ、漫画を描いています。 好きな作家は江戸川乱歩、安部公房、楳図かずお、古…

箱男

小説やエッセイ、漫画を描いています。 好きな作家は江戸川乱歩、安部公房、楳図かずお、古谷実など。

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  • うやまわんわん【ミステリ】

    徳川綱吉の生まれ変わりと伝えられる犬の子孫を代々守っている家老の家系の一族の物語

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「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第六章 犬公方の呪い(その1)

〝将軍の間〟の御簾はおろされていた。なかで綱プーは久作さんたちに見守られ、金襴のペットベッドに臥せっていた。 首に天草四郎を思わせる純白のカラーを巻いており、こちらからは綱プーの表情はうかがえない。 「公方様の容体は悪いんですか?」 狛音とならんでベッドの前に正座し、僕はたずねた。 「公方様は呪をかけられ、重い瘡を患っている」 うなだれる久作さんの横にいた工房さんが説明してくれた。なにを言っているのかよくわからなかったが、重い病気ということだけはわかった。 工房さんに

    • 「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第六章 犬公方の呪い(その2)

      1 ゆみ子さんが大事な用があるというので、人間椅子は綱プーの看病を虫江さんにまかせ、分犬守の屋敷をたずねた。 綱吉廟の剥製とツナキチを見比べたかったので、僕も同行させてもらった。 玄関の前に立つと、僕らの気配を察したのか、なかからツナキチの吠える声がした。 「あら、暢さんもいらしたのね」 格子戸をあけたゆみ子さんは若草色の着物をきていた。いつも着物姿で上品ぶっているが、帯の下に一物も二物も抱えているのだ。 僕らはお座敷に通された。敷居をまたぐと、ツナキチが待ちかまえ

      • 「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第五章 東京(その4)

        数日後、僕はまた館林駅のホームに立っていた。ホームに射しこんだ陽射しがじりじりと肌を焼き、館林にもどってきたことを実感させた。 ホームの屋根の影に入り、狛音に〈いま着いたところ〉とLINEを送ると、お腹が鳴った。ちょうど12時前だった。彼女とどこで待ち合わせしよう? ユニクロで買ったチノパンのポケットにスマホを仕舞うと、ホームの「花山うどん」の看板が目に入った。「味をつたえて100年」「館林名物」「駅前」といった文字がおどっていた。 「これ、とらやの水ようかん。またお世

        • 「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第五章 東京(その3)

          1 犬守家は綱プーの体調のことで朝からてんてこ舞いだった。 久作さんは急きょ会社を休み、獣医さんと〝将軍の間〟にこもりきりで、円香さんや人間椅子も一緒なのか見かけない。虫江さんは僕の朝食を忘れているようだ。 食堂にひとりぽつんと座っていた。屋敷全体が僕になど構っていられないといった雰囲気で、小走りのお手伝いさんに声をかけ、ようやくクロワッサンとオレンジジュースを出してもらった。 お手伝いさんによると、綱プーは軽い下痢だというが、それにしては騒ぎすぎだ。 「公方様に会わせ

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        「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第六章 犬公方の呪い(その1)

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          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第五章 東京(その2)

          1 風呂あがり、部屋にもどってきた僕は電灯の下で、浴衣の片そでを脱いでわきの様子をチェックしていた。 高校生なのにツルツルでいまだに生える気配もなかった。恥ずかしくてSiriにも相談できず、ずっとコンプレックスだった。 「暢くんって、脱毛してるの?」 声がしてふりむくと、狛音がサンドイッチの載ったお盆をもって、部屋のなかに立っていた。 「なに勝手に入ってんの! ノックくらいしてよ」 みるみる自分の顔が赤くなるのがわかった。「脱毛なんてしてない。生えてないだけ」 「

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第五章 東京(その2)

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第五章 東京(その1)

          1 狛音は食堂にすがたを見せなかった。彼女はいつも朝が遅いが、昼も顔を見せないのは初めてだった。 部屋にも姿はなく、僕に黙ってどこかに出かけてしまったようだ。彼女の行きそうな場所は母親の病院くらいだが。 狛音はまだ怒っているのだろうか。きのう綱プーの夕食づくりを手伝わず、納豆ばかり食べていた彼女を、食糞する小次郎と一緒だと言ったのは、さすがに言いすぎだったかもしれない。 ああ見えて、彼女も女の子。傷つけてしまったのかもしれない。 1人ですることもなかったので庭にでた。ツ

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第五章 東京(その1)

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第四章 東武動物公園(その2)

          父親のことで同情しているのか、狛音は鮪吉くんをいっさい責めなかった。 片や浮気、片や仕事と、原因はちがっても、家族のもとを離れていく父をつなぎとめたい気持ちは一緒なのかもしれない。誘拐騒ぎまで起こすなんて、僕には理解できないけれど。 僕の思いを感じとったのか、帰りの電車のなかで、鮪吉くんはずっとよそよそしく、僕を避けているようだった。 狛音が鮪吉くんを家まで送っていくというので、館林駅の改札口を出たところで僕らは別れた。 うしろ姿の2人は手をつないでいたが、往き道ではドッ

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第四章 東武動物公園(その2)

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第四章 東武動物公園(その1)

          1 館林駅で鮪吉くんと待ち合わせ、狛音と3人で東武動物公園にいった。 狛音がLINEで鮪吉くんに行きたいとねだられたらしい。どうして狛音に言うのだろうと思ったが、分犬守の暮らしぶりを見るかぎり、両親は連れて行ってくれそうにない。 東武伊勢崎線の上り電車に乗って40分ほどで、久喜駅の2つ先にある東武動物公園駅につく。 東武動物公園は駅からシャトルバスに乗って5分ほどの場所にあり、広大な敷地に動物園と遊園地、プールを併設していた。 ミッキーマウスはいないが、生のカピバラ(ネズ

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第四章 東武動物公園(その1)

          上様(父の思い出)

          むかし、父が経営していた会社の近くに「日本海」という日本料理店があった。瓦屋根の4階建てのビルで、1階から3階までが店舗だった。 20年以上前につぶれて、いまは居抜きで韓国料理店になっている。国籍は変わったが、韓国だと瓦屋根でも違和感はなかった。 小学生のころ、父がよく「日本海」に連れていってくれた。両親は別居しており、私は母と暮らしていたが、父は月1回のペースで、なにかと理由をつけてごちそうしてくれた。 たとえば、4月は花見という名目だった。花見といっても、近所の川沿

          上様(父の思い出)

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第三章 分犬守(その3)

          「ただいま」 本犬守の玄関をあけると、僕らは工房さんと鉢合わせした。工房さんはサイケデリックな柄のシャツを着て、先の尖った革靴をはいていた。 「首輪の件はどうなった? 分犬守に行ってきたんだろ?」 開口一番、工房さんがたずねたが、狛音は素通りして廊下にあがる。 「狛音が探したけど、なかったみたいです」 倒れた彼女のオールスターをなおしながら、僕が答えると、 「……そうか。じゃあ、犯人は誰なんだろう」 工房さんは声を沈ませた。 スニーカーを脱いで廊下にあがり、ふ

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第三章 分犬守(その3)

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第三章 分犬守(その2)

          1 「さっきは見苦しいところを見せちゃったね」 誕生日パーティーのあと、僕はご主人の四郎さんとツナキチの散歩に出かけた。 青く晴れた空へ突き出したソフトクリームのような入道雲を見ながら、のんびりとした住宅街の道を歩いた。 四郎さんのリードをぐいぐいと引っ張って、ツナキチはうれしそうだった。犬なら外を走りまわりたいだろう。やっぱり駕籠で散歩なんて不自然だ。 「本犬守の綱プー……あ、いや、公方様と綱吉様、どっちが本物の生まれ変わりの子孫かで対立してるんですか?」 「ま

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第三章 分犬守(その2)

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第三章 分犬守(その1)

          住宅街の空には山のような入道雲がそそり立っており、白っぽく干からびた町をにらみつけていた。 小学校のそばを通りすぎたばかりで、せまい道路の白線のそとは緑色に塗られている。熱の照り返しがやわらぐような気がして、狛音を先頭に縦1列になって緑の部分を歩いた。 工房さんが法事のときに見失ったという〝夢丸の首輪〟を取りもどすため、犯人とおぼしき分犬守の屋敷に向かっていた。 「なんであたしが行かなきゃなんないの?」 「首輪が見つかんなきゃ、工房さんクビになるんだって」 今朝も食

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第三章 分犬守(その1)

          一夜漬け(レム睡眠とノンレム睡眠のあいだに)

          試験勉強の取りかかりはなかなか踏ん切りがつかない。ふだんから勉強が習慣化していないと、その一歩は恐ろしく重い。 高校時代の私にとって、机とは勉強するところでなく、教科書をおいておく台だった。そんな私の試験前夜はつぎのようなものだった。 21:00から勉強しようと夕食の前から決めていた。世にいう一夜漬けだ。 20:54に観ていたテレビが終わると、よろよろと机の前についた。机の上を片づけたところで、ふと部屋に散らかっている洋服が気になった。きれいな部屋でなければ勉強に集中で

          一夜漬け(レム睡眠とノンレム睡眠のあいだに)

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第二章 本犬守(その3)

          1 翌朝、9時ごろだった。 円香さんに呼ばれて玄関前に来てみると、石畳の上に駕籠のようなものが置かれている。長い柄のそばには、前後2人ずつ屈強なお兄さんが膝を突いていた。 「これ、なんですか? 時代劇で見たことあるような気がするんですけど」 「大名駕籠よ」 円香さんが手でひさしをつくって言った。「といっても、乗るのは大名でなく、公方様だけど」 黒い漆塗りの屋根が朝の陽射しをギラギラと照り返している。まさに豪華絢爛、駕籠にはいたるところに金細工がほどこされていた。小

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第二章 本犬守(その3)

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第二章 本犬守(その2)

          1 円香さんに「メス犬」と言ったきり、狛音はお屋敷からいなくなった。 〝犬奥〟の側室と後妻の円香さんを重ね合わせ、つい感情的になって、また家を飛び出してしまったのかもしれない。一家総出で探しても見つからなかった。 熱中症で倒れたときとは別の、狛音のとなりの部屋が僕に用意された。ベッドに腰かけて狛音に電話すると、壁の向こうからかすかにバイブの音がした。 となりの部屋をのぞくと、机の上に置きっぱなしの狛音のスマホがふるえていた。 天然木を活かしたポールハンガーの枝はカバンで

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第二章 本犬守(その2)

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第二章 本犬守(その1)

          1 お湯が沸き立つ音のような蝉の声。日光をさえぎるもののない墓地に立ちどおしで、頭がくらくらしてきた。髪の毛と制服のズボンは熱を吸収し、全身から汗が吹き出した。 館林の殺人的な猛暑のなか、墓地には犬守一族のほかに人影はなかった。犬守家の長男である犬彦くんは、喪服姿で頭から肩まで段ボール箱をかぶり、祖父の墓前で手を合わせていた。 「先代の三回忌だというのに、なんなのかしらね、あの格好ときたら」 着物の喪服のおばさんが犬彦くんの背後で聞えよがしに言った。「背ばっかりひょろ

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第二章 本犬守(その1)