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うやまわんわん【ミステリ】

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徳川綱吉の生まれ変わりと伝えられる犬の子孫を代々守っている家老の家系の一族の物語
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「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第一章 館林(その1)

「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第一章 館林(その1)



トーストのパンくずがついた皿を流しにさげると、調理台の上に置いてあるお盆を手にとった。
お盆の上には、赤いごはんに豚肉と白菜の煮物をかけ、焼いたバナナをトッピングした料理がのっている。

「また赤飯のやつ?」

食卓でワイドショーを観ている母に声をかけると、

「赤飯じゃなくて黒米ごはん。からだにいいのよ」

一瞬たりともテレビから目を離さないまま、母は言った。僕との会話より、熱帯夜の快眠法

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「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第一章 館林(その2)

「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第一章 館林(その2)



「あっ、そうだ。〝空飛ぶペンギン〟って知ってる?」

終点の池袋でおりると、狛音がいま思いついたみたいに言い出した。僕らはホームの人の流れに乗って改札口にむかっていた。

「サンシャイン水族館のでしょ。テレビでやってた」

構内のアナウンスに負けないよう声を張ると、

「あたし、見てみたかったんだよね。行ってみよう」

池袋駅を一歩出ると、照明弾のような太陽が僕らの目を射た。
青く澄んだ夏の

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「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第一章 館林(その3)

「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第一章 館林(その3)



普段どおり、制服を着て8時すぎに家をでた。東から射す新鮮な光が熱っぽく僕を包みこむ。
今朝も母は素っ気なかったが、黙ってトーストにベーコンエッグをつけてくれた。だが、カバンには着替えとお泊りセット、そしてぬいぐるみが入っていた。僕はすこし胸が痛んだ。

いつものように、小次郎に朝食を持っていった。牛しゃぶごはんだったので、皿までペロペロなめていた。
なにかを察知されたのか、玄関を出るとき、う

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「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第一章 館林(その4)

「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第一章 館林(その4)



カーテンからまぶしい光が漏れている。気づいたときには朝になっていた。

ここはどこで僕はなぜこのベッドで眠っているのだろう? 格式のある木製家具が置かれていたが、ホテルの一室にしては広かった。
じゅうたんの上に転がる笛が光っていた。きのう話した犬笛の少年のことを思い出し、壁を叩いてみた。

「犬彦くん。ねえ、犬彦くん」

返事はなかった。また壁を叩いてみたが結果は同じで、夢だったのかと思いつ

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「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第二章 本犬守(その1)

「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第二章 本犬守(その1)



お湯が沸き立つ音のような蝉の声。日光をさえぎるもののない墓地に立ちどおしで、頭がくらくらしてきた。髪の毛と制服のズボンは熱を吸収し、全身から汗が吹き出した。

館林の殺人的な猛暑のなか、墓地には犬守一族のほかに人影はなかった。犬守家の長男である犬彦くんは、喪服姿で頭から肩まで段ボール箱をかぶり、祖父の墓前で手を合わせていた。

「先代の三回忌だというのに、なんなのかしらね、あの格好ときたら」

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「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第二章 本犬守(その2)

「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第二章 本犬守(その2)



円香さんに「メス犬」と言ったきり、狛音はお屋敷からいなくなった。
〝犬奥〟の側室と後妻の円香さんを重ね合わせ、つい感情的になって、また家を飛び出してしまったのかもしれない。一家総出で探しても見つからなかった。

熱中症で倒れたときとは別の、狛音のとなりの部屋が僕に用意された。ベッドに腰かけて狛音に電話すると、壁の向こうからかすかにバイブの音がした。

となりの部屋をのぞくと、机の上に置きっぱ

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「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第二章 本犬守(その3)

「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第二章 本犬守(その3)



翌朝、9時ごろだった。

円香さんに呼ばれて玄関前に来てみると、石畳の上に駕籠のようなものが置かれている。長い柄のそばには、前後2人ずつ屈強なお兄さんが膝を突いていた。

「これ、なんですか? 時代劇で見たことあるような気がするんですけど」

「大名駕籠よ」

円香さんが手でひさしをつくって言った。「といっても、乗るのは大名でなく、公方様だけど」

黒い漆塗りの屋根が朝の陽射しをギラギラと照

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「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第三章 分犬守(その1)

「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第三章 分犬守(その1)

住宅街の空には山のような入道雲がそそり立っており、白っぽく干からびた町をにらみつけていた。

小学校のそばを通りすぎたばかりで、せまい道路の白線のそとは緑色に塗られている。熱の照り返しがやわらぐような気がして、狛音を先頭に縦1列になって緑の部分を歩いた。

工房さんが法事のときに見失ったという〝夢丸の首輪〟を取りもどすため、犯人とおぼしき分犬守の屋敷に向かっていた。

「なんであたしが行かなきゃな

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「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第三章 分犬守(その2)

「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第三章 分犬守(その2)



「さっきは見苦しいところを見せちゃったね」

誕生日パーティーのあと、僕はご主人の四郎さんとツナキチの散歩に出かけた。

青く晴れた空へ突き出したソフトクリームのような入道雲を見ながら、のんびりとした住宅街の道を歩いた。

四郎さんのリードをぐいぐいと引っ張って、ツナキチはうれしそうだった。犬なら外を走りまわりたいだろう。やっぱり駕籠で散歩なんて不自然だ。

「本犬守の綱プー……あ、いや、公

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「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第三章 分犬守(その3)

「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第三章 分犬守(その3)

「ただいま」

本犬守の玄関をあけると、僕らは工房さんと鉢合わせした。工房さんはサイケデリックな柄のシャツを着て、先の尖った革靴をはいていた。

「首輪の件はどうなった? 分犬守に行ってきたんだろ?」

開口一番、工房さんがたずねたが、狛音は素通りして廊下にあがる。

「狛音が探したけど、なかったみたいです」

倒れた彼女のオールスターをなおしながら、僕が答えると、

「……そうか。じゃあ、犯人は

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「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第四章 東武動物公園(その1)

「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第四章 東武動物公園(その1)



館林駅で鮪吉くんと待ち合わせ、狛音と3人で東武動物公園にいった。
狛音がLINEで鮪吉くんに行きたいとねだられたらしい。どうして狛音に言うのだろうと思ったが、分犬守の暮らしぶりを見るかぎり、両親は連れて行ってくれそうにない。

東武伊勢崎線の上り電車に乗って40分ほどで、久喜駅の2つ先にある東武動物公園駅につく。
東武動物公園は駅からシャトルバスに乗って5分ほどの場所にあり、広大な敷地に動物

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「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第四章 東武動物公園(その2)

「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第四章 東武動物公園(その2)

父親のことで同情しているのか、狛音は鮪吉くんをいっさい責めなかった。
片や浮気、片や仕事と、原因はちがっても、家族のもとを離れていく父をつなぎとめたい気持ちは一緒なのかもしれない。誘拐騒ぎまで起こすなんて、僕には理解できないけれど。

僕の思いを感じとったのか、帰りの電車のなかで、鮪吉くんはずっとよそよそしく、僕を避けているようだった。

狛音が鮪吉くんを家まで送っていくというので、館林駅の改札口

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「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第五章 東京(その1)

「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第五章 東京(その1)



狛音は食堂にすがたを見せなかった。彼女はいつも朝が遅いが、昼も顔を見せないのは初めてだった。
部屋にも姿はなく、僕に黙ってどこかに出かけてしまったようだ。彼女の行きそうな場所は母親の病院くらいだが。

狛音はまだ怒っているのだろうか。きのう綱プーの夕食づくりを手伝わず、納豆ばかり食べていた彼女を、食糞する小次郎と一緒だと言ったのは、さすがに言いすぎだったかもしれない。
ああ見えて、彼女も女の

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「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第五章 東京(その2)

「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第五章 東京(その2)



風呂あがり、部屋にもどってきた僕は電灯の下で、浴衣の片そでを脱いでわきの様子をチェックしていた。
高校生なのにツルツルでいまだに生える気配もなかった。恥ずかしくてSiriにも相談できず、ずっとコンプレックスだった。

「暢くんって、脱毛してるの?」

声がしてふりむくと、狛音がサンドイッチの載ったお盆をもって、部屋のなかに立っていた。

「なに勝手に入ってんの! ノックくらいしてよ」

みる

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