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アンドロメダ(腰パンの思い出)

中学の校門を出ると、私は学ランのズボンをぐいぐいと押しさげた。

当時、〝腰パン〟が流行っていた。ヤンキーたちはパンツが見えるくらいズボンを下げてはいていたが、私には学校で腰パンをする勇気はなかった。
校門を出てから彼らのまねをしてみたが、ズボンを下げると、学ランのすそからダサいガチャベルトが顔を出した。

学校帰りにレンタルビデオ店に立ち寄った。その日は新作の半額デーだった。洋画コーナーの棚を物色していると、

「もしかして、箱男?」

うしろから声をかけられた。ふりむくと、茶髪のヤンキーが立っている。同じ学ランのズボンを腰ばきしており、靴は学校指定の白いスニーカーでなく、黒いエンジニアブーツをはいていた。

私はあわててズボンを胸まで押しあげる。もっこりした私の股間こかんを見て、ヤンキーは吹き出した。

「なにビビっとんや。俺じゃ、中山じゃい」

目の前に立っていたのは、小学生のころ同じクラスだった中山くんだった。すっかり変わっていたので気づかなかった。

3年生のころ中山くんの家に行って、ガンダムのプラモデルでよく遊んだのを覚えている。たしか両親が離婚して、中学に進学するタイミングで母親と福岡に引っ越したはずだ。

中学2年になった今年帰ってきて、ヤンキーのチームに入ったといううわさは聞いていたが、顔を合わすのはこのときがはじめてだった。

「なに借りるん?」

「……『ジュマンジ』。中山くんは?」

すると『ガンダム』のビデオを見せられ、

「『08MS小隊』って言って、おもろいんで」

ビデオを借りて店を出ると、ひさしぶりに二人きりで話しながら歩いた。

私が『エヴァ』にハマっていることを話すと、中山くんは「あんなん『ガンダム』のパクリで」と言った。
「『ガンダム』のビデオ観せてやるけ、俺んち寄っていかん?」

中山くんの家は小学生のころと同じマンションだった。いまは父親と二人で暮らしているらしい。

『ファーストガンダム』のビデオを2時間半ぶっとおしで観て、つづきのビデオも貸してくれた。
中山くんはあのころと変わっていないようだった。

定期的に中山くんからビデオを借りるようになった。『ファースト』『Ζ』『ΖΖ』などひと通り『ガンダム』を見終わると、もっとさかのぼって『宇宙戦艦ヤマト』のビデオを貸してくれた。

ある日、教室で仲間たちとUNOをしていると、中山くんが新しいビデオを持ってやってきた。廊下で渡されたのは『銀河鉄道999』のビデオだった。

「『ヤマト』と同じ作者じゃけど、俺はこっちのほうが好き。おもろいけ見てみてや」

ビデオをもって席にもどると、仲間から羨望せんぼうのまなざしで迎えられた。

「お前すげえ、中山くんと友達なんじゃ」

「おう、小学校からの親友で」

私は鼻高々だった。学校で中山くんと話していると、自分が一目置かれているような気分になった。自然とズボンの位置もさがっていた。

それから1週間たっても、中山くんは教室にすがたを現さなかった。私はとっくにビデオを見終わり、毎日カバンに入れて登校していた。

中山くんと同じクラスの友人にいてみると、中山くんは学校を休んでいるらしい。
放課後、中山くんのマンションに寄ってみることにした。

玄関に出てきた中山くんは腕に包帯を巻いていた。
驚いてわけをたずねると、ヤンキーの先輩に根性焼きを3つも入れられたらしい。

「チームなんか入るんじゃなかった……」

ビデオを受け取りながら中山くんは言った。

三和土たたきにおかれた黒いブーツが目に入る。「でも、かっこいいじゃん」と私が言うと、「かっこよくないわい。俺なんかただのパシリで」と返ってきた。
中山くんはすこし泣きそうだった。

帰り道、『銀河鉄道999』の主人公の鉄郎のことを思い出した。

『999』の世界では、豊かな者は機械のからだを手に入れ、永遠の命を謳歌おうかしているが、貧しい者は生身のからだのままで、機械化人から迫害はくがいを受けている。

鉄郎は無料で機械のからだをくれるというアンドロメダを目指し、銀河鉄道999に乗って旅に出るが、機械のからだに苦悩する人々に出会うにつれ、生身のからだのままでいいと思うようになる。

中山くんはヤンキーにあこがれていたという。強くなりたくてチームに入った。クラスのすみっこにいる私にとっても、ヤンキーはあこがれの存在だった。
ヤンキーのチームはアンドロメダのような場所だ。

だけどズボンを腰ばきし、ヤンキーになった中山くんはチームに入ったことを後悔していた。ヤンキーにはヤンキーなりの苦悩があるようだ。

「中山くんって、転校したんだってね」

教室でUNOをしていると仲間の一人に教えられた。キョトンとしていると、

「えっ? 親友のくせに知らんのん?」

「し、知っとるわい」

私はあわててつくろった。

物語のラスト、鉄郎は機械の母星を破壊するが、中山くんはその代わりに自分を壊してしまったようだ。
私はズボンをあげると、「UNOのつづきしようで」と言った。

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