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さびしさは鳴り、そして共鳴しない。――「ことぱの観察 #17〔さびしさ〕」向坂くじら

忘れた【強く生きる言葉】

4か月前

あのひと

6か月前

【2024年1月1日0:00】感謝の気持ち(新年おめでとうございます)

6か月前

MuseScore4での区切り~あらたな挑戦へ

7か月前

LaVagueエッセイ「カルテ(表現における両性具有性について)」の参考図書一覧

『詩人 吉原幸子:愛について』を読む。女性詩論やアンソロジーでは読んだことがあるが、吉原幸子の全体像がわかり心が震える。掲載詩では『これから』『日没』『街角』がいい。エッセイ『花を食べる』にも胸を射貫かれる。詩集も積読があるのに『全詩』が読みたい。とくにⅢの朗読CDを聴きたい。

10か月前

■詩人は…カッコよくなきゃ…

10か月前

岬多可子の第2詩集『花の残り』を読む 。結婚前の作品で、奔放な恋愛観も垣間見える。彼女を知ったのは行分け詩ではなく散文詩なのだが、今回の収録作品には散文詩というより掌編小説に近いものもある。その区別はどこにあるのだろう。いいなぁと感じるので、こういう書き方もありだと思う。

9か月前

世界の名前を呼ぶ —吉原幸子の詩「唖」について—

9か月前

クリスティン・ジェフズ『シルヴィア』【映画評】(吉原幸子・皆見昭訳『シルヴィア・プラス詩集』)

9か月前

岬多可子の第6詩集『あかるい水になるように』を読む。第5詩集までもよかったが、本書は群を抜く。「くらいなかの火のはじまり」に息を呑む。「標本帖」は、無私を得るとはこういうことかといたく感じ入る。「山荘の花の実」は溜め息しか出ない。うまく言葉にならない。この詩集は一生ものになる。

9か月前

岬多可子の第3詩集『桜病院周辺』を読む 。ここに収録されている散文詩「硯の底」の、しかも本人の朗読が、私を岬多可子に導いた。前作は掌編小説のようだった散文詩から物語性が薄まり、いわゆる「難解な現代詩」になるが、嫌味はない。『移季』の(棄)にしびれる。こういう詩を書きたい。

9か月前

言葉の二重性 —吉原幸子の詩「誤差」について—

9か月前

岬多可子の第4詩集『静かに、毀れている庭』を読む 。前々作の性愛、前作の「こども」に対する視点は消散し、ただそこにあるもの、のこされたものに対する眼差しが増える。散文詩は一篇もなく、行分け詩に漢語が増し、詩人の時の重なりを感じる。『苺を煮る』に惹かれる。著者署名に身が引き締まる。

9か月前

思考を阻む「虹」 —吉原幸子の詩「虹」について—

9か月前

自然が人間を必要とする —吉原幸子の詩「交替」について—

9か月前

恋愛の不可能性 —吉原幸子の詩「彼の一日」について—

9か月前

出会い

日没を実感する太陽 —吉原幸子の詩「日没」について—

9か月前