町谷東光

2020年暮れから、「詩」を書き始めました。2年たちます。noteへの投稿は21年2月から。そちらももうすぐ2年です。書きたいことを書く――それが基本です。岡本太郎の言葉らしい「TAROMAN」の歌の世界と同じく、「マイナスに飛び込む」毎日です。

町谷東光

2020年暮れから、「詩」を書き始めました。2年たちます。noteへの投稿は21年2月から。そちらももうすぐ2年です。書きたいことを書く――それが基本です。岡本太郎の言葉らしい「TAROMAN」の歌の世界と同じく、「マイナスに飛び込む」毎日です。

マガジン

  • 写真詩

    文字による「詩」と違うアプローチとして、写真詩Photopoetryを投稿します。

  • マスコミってナニ?

    マスコミ界歴35年の筆者が、マスコミ(新聞、出版、放送)界と社会、世界について書き綴る。マスコミ志望者必読

  • 詩人宣言

    詩を書き出して1年8カ月(2022年6月現在)。もう初心者ではない、と言いたい。しかし、書く詩の一つひとつが、私にとっての「詩人宣言」である――。改現代詩の超新人。

  • 現代散文自由詩人の独り言

    自分の詩作、note上の詩ほか創作物、詩雑誌、古典的現代詩、詩教室などで学んだことを書きます。詩教室の講義内容については過去記事から一部除いており、掲載本数は記事ごとのノンブルより少なくなっています。

  • 「詩集」を読んで

最近の記事

「落ちましたよ」

ポロリと 安っぽいトートバッグから ビニール袋に入った 黄色のプラスティックスプーンがひとつ 転げ落ちた 朝の通勤電車 その主である女は ぼくの隣に座り スマホをいじり 落ちたことに 気づかない 「落ちましたよ」 と ぼくは言わない 軽い音を立て 落ちたプラスティックスプーンのことなど 隣の女と同じに どうでもよいことなのだ ひとつのビニール袋に入った プラスティックスプーンは 街頭で風に吹かれる 紙くずと同じ どうでもよいものだ 「落ちましたよ」 の一言をぼくが発した

    • 「ニンジン」

      それなりに長く生きてきた きっとラクになる いつかはラクになる と 思いながら きょうと あすをつなげてつなげ 生きてきた ラクになったか きょうはきのうより あすはきょうより ラクになったか なっているだろか そのうち そのうち ラクになるよ そうやって自分で 目の前にニンジンを ぶらさげる 今も

      • 「来訪者」

        朝 明るくならぬうち 安アパートの玄関ドアが開き 人が入ってきた 誰だ ガラリと部屋の戸を開ける 母だ 両手に何やら荷物―― 買い物袋を提げている お母さん―― ぼくは二十歳すぎた学生だが 母は八十路をはるかに越え 元気そうだが 緑内障で目も暗く 歩くのも覚束ぬはず それでも上京し ひとり暮らす息子に 会いにきた―― 荷物を解くと 母は料理を始めた 朝ご飯を作る 何も言わぬ母 狭い台所でまな板の音がする 布団の中でまどろみながら ぼくは 「ありがとう」と心の中で言

        • 「ぼんやりと考える」

          ひとり愚考する 戦争をせぬ方はないものか―― 戦わぬ方はないか―― 互いが腕組みし 考えてかんがえて じっと考えて 動かず 手出しせず じっとにらみ合うだけならよい だがしかし 一度火が上がると それはもう 簡単に消せやしない ドンパチドンパチ ドカンドカン 戦いが続く そろそろ そろそろ やめてはどうか―― 周りはみなそう思う 守るも攻めるも 攻めるも守るも 双方ともやめたいと思っている だのに やめない おわらない ぼくらは傍観者 遠いとおいところから 彼方遠くの

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        • 「詩集」を読んで
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        • 映画評詩
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          「ふりかえれば」

          はたらくとは どんなことでしょう ハタを楽にする などと説く人もいたり ひたすら汗を流せ 仕事は教わるのでない 盗むもんだ――とか いやいや いきいき たのしく のんびりと そんな はたらき方がいいよね 汗水たらし 頭を下げ あたまをさげ 人を出し抜いて ワタシが ワタシが オレが オレがと 人波をかきわけ 前に 上にと 行ったところで しょせんは雇われの身 果たしでどこまでゆけるのやら ハタを楽にするのもよいけれど 自分の楽を考えよ ひとつ組織に身を置き 何十年

          +3

          ◇もうすぐ横綱

          ■朝日ですら「廃刊」次はどこだろうか

          マスコミってナニ?(43)ニュースの存在を考える 「マスコミへの道」改◇マスコミ界自体が話題にならない 100年の歴史を誇った老舗週刊誌「週刊朝日」が消える。ほぼすべての媒体が消える際には「廃刊」とは言わず、休刊というが、それが復刊したという話は聞かない。 全マスコミ(NHK除く)の中でも最も経営体力のある朝日新聞社でもスッパリと名門を切ってしまう。それほど紙媒体の状況は危機的―というより、完全に終わっているのだ。 そもそも、このニュースもそれなりに報じられたけれど、一般

          「しかられて」

          酔っぱらって よっぱらって 叱られて しかられて ぼくがいて 叱っているほうも 酔っていて ぐでんぐでんで 叱っていて しかられていて 叱られて 聞いてる風を見せて 苦笑い にがわらいして 「聞いてんのか おい! 聞いてんのかよ!」 ハイハイ 私が悪うございました―― 叱られて しかられて 酔っぱらって よっぱらって そのまま寝てしまえ

          「言葉のサラダはいらない」

          詩人宣言XXXXVIII ぼくは若き詩人である 詩を書きだして2年…3年目に入った ぼくは若き詩人である 誰も 詩人たる「ぼくの存在」など 知らぬだろう 関心 共感も ゼロとは言わぬが 少ない ぼくは若き詩人である 不勉強な男である 古今東西 詩人の「名詩」を読み 自分でそれを読み解き 詩作の滋養とすべき ――なのかもしれぬが 生来の怠けもの 「若き」といっても 還暦をとうに越え シルバー世代 シニアまっしぐら 何ができるのだ 何がしたいのか ぼくは若き詩人である

          ◇飛び込み検査してみたら…

          ■昭和引きずり男の独り言

          マスコミってナニ?(42)ニュースの存在を考える 「マスコミへの道」改◇バカ丁寧な書き方へのギモン ヤフーを見ていたら、「福岡・博多駅付近で女性襲われ死亡 男性が逃走」 という記事に目がとまった。 こういう場合、「男性が逃走」でなく、「男が逃走」と書くのが適当である。 容疑者、犯人と特定されたわけではないのだから、「男」と断定的に書くより、「男性」としたほうが穏当とでも思ったのだろうか。 ニュースソースは、天下の毎日新聞。現存する大手紙で最古の歴史を誇り、戦後の一時期まで

          「ホンキを出せって」

          「しょ~だ~い ホンキ出せっ!」 2023年1月15日 東京・両国国技館 大相撲初場所中日 満員御礼の垂れ幕が揺れる場内 胴間声が響き どっと笑いがわいた 土俵の上の関脇・正代に その声が届かなかったはずはない 2階の椅子席から土俵を見下ろしても その男からは覇気が上がらず この日も土俵を割ってしまった 6敗目―― 1場所での大関復帰の条件たる 10勝が叶わなくなった瞬間だ 国技館から帰宅し テレビ中継のビデオを再生した 「ホンキ出せっ!」のやじは テレビからかすかに聞

          「活動家ども」

          SDGsはどこへ行った 脱炭素だろ 少子化対策でなかったか 防衛費増=軍備強化 時代は 矛盾している そして ドイツでは石炭火力再稼働のため 石炭採掘に時計の針は逆回り 戦争ハンタイより 石炭採掘ハンタイ! ――トゥーンベリよ 矛盾だらけだよ ――岸田よ 矛盾だらけだよ 人の命は地球より重かったんじゃないか 「死は鴻毛より軽し――」 何十年も前に言われたことだ 一本気な若者が 死地に赴く 背中を押されたり 自分の意思でも 死地に赴く その現実が ウクライナ 

          「波がそこまで」

          思えば 振り返って思えば 長いながい 平和な時でした 今 世界は 日本は 安穏とした「その時」と 距離をおき始めています 反戦 平和 戦車はいらぬ 大砲はいらぬ 私たちがほしいのは 体を温める火とバター ――そんな声をあげたくなります 前世紀のようなことは 起きない 起こさせない 二度と… そんな考え 思いは 今 ずいぶん小さくなり 戦争の体験者は日々世を去り それへの想像力を持つ人 持とうとする人も少なくなっており 波が 大きな波が迫っています 逃げても追いかけて

          ■「詩の実作講座」が3年目に――

          現代散文自由詩人の独り言(89)2021年1月から通う、現代詩実作講座(都内のカルチャーセンター)。 丸2年通い、3年目に入った。 何年も何年も通っている人がいる一方、2年間に消えた人もいる。 参加者同士で交流している人もいるようだが、ぼくは今は誰とも交流することもなく、作品を提出し、自分を含めた提出作についての先生の講評を謹んで聞いているだけである。 今月の提出作は、きのうアップした「バットとボール」 投稿から24時間で10のスキがつくという、最近の詩の中ではノーターの皆

          「バットとボール」

          白いブリーフを下ろされた ちっちゃな性器が露わになり 「バットとボールが こんにちはー」 キャッキャッと 幼いぼくは はしゃぐ 3つか 4つか  母と2人だけの時間 当時 家に風呂はなく 下着を替えるたび 母はそう言って はやした 「バットとボールが こんにちはー」 キャッキャッ キャッキャッ 「バットとボールが こんにちはー」 キャッキャッ キャッキャッ 何度もやるものだから おかしくて おかしくて 転がって シミだらけの 狭い借家の天井を ぼくは見上げた