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2020年10月の記事一覧
境界線(男女の場合)~お産以前でお産とは直に関係ないけど。
境界線について、境界線は厚くしたり高くしたり低くしたりというのが自由に自分で無意識に変えていることがあります。
意識していなくとも、皆それぞれ自分なりの境界線を持っています。(だいたいはね)
その時、自分が気に入っている人が(あるいは好きなタイプ)だったりすると、境界線をちょっと低くしてあるいは薄くしてもう少し近くへどうぞ~という感じになります。そのサインを何気ない表情やしぐさあるいは言葉の端
2020/10/25 - 自分を知ること
自分についてもっと知りたい
なんだかんだで自己との対話は結構好き。他人と会話しているときよりも楽しいかも。一番の理解者で、一番わかりあえて、一番融通の利かないやつ。自分自身すら思い通りに操ることは難しいのだと理解します。
自分は話下手だけど、自分だけは全てに合わせてくれるし許してくれる。話下手だってこと知られてるけど。でも知られてることすら知ってる。この安心感。考えてることが手に取るように分か
不器用でも大丈夫!感性を磨きに、ART BARのワークショップに参加してみた#WORKING FOREVER21
オトナになるにつれて「何かをつくり出すこと」に対する恐怖や苦手意識が増幅していくひとってどれくらいいるのでしょう。
私は小学校3年生のころ、美術を専門にする先生に担任してもらっていたのですが、図工の時間絵を描いていると先生に「Yumi*さんが作る色がすごく素敵ね」とほめてもらったことがあって、そこから「色」そのものが好きになりました。
一方で、粘土を使ったり、木工細工したり、図面書いたりするの
act 42 曖昧さ
世の中0か1かで区別できないことが山程あるけど、でもって、それを曖昧にして正解なんてないって思うことは大事だけど、全てがすべてあいまいだと精神的にすごく辛いこともある。
なにか自分で正解を定義したほうが楽な場合も絶対ある。
でもそれがなかなかできない。
第9週 水曜日 教育者 跡見 花蹊
第9人目の教育者は学校法人跡見学園の創立者 跡見家渓さんです。
跡見花渓さんは1840年5月10日
摂津国西成郡木津村(現在の大阪市浪速区)にお生まれになりました。
本名は滝野だそうで父滝野重敬氏は寺子屋を営んでいました。
幼少時より書や画などを習い、12歳の時石垣東山に入門、その後禎野楚山について画を学ばれます。
17歳の時の1856年(安政3年)に京都に遊学されます。
そこで頼山陽門下の