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エッセイ:大ちゃんは○○である

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大学時代~役者を経て介護業界に飛び込み、現在までを綴るエッセイ。
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#レッスン

エッセイ:大ちゃんは○○である49

エッセイ:大ちゃんは○○である49

動き始めた電車の中で、僕はただただ景色のない窓の外を見つめるばかりだった。
背中にびんびんびんびん感じる何十という視線。
もしかしたらそう思い込んでいただけで、
僕に視線を向けていた人なんてほとんどいなかったかもしれない。
しれないが、自意識過剰と言われても仕方ないほどに、
同じ車両の人達全員が僕に釘付けになっているとその時は思った。
『なんだよ、こいつ。発車直前に大好きだからとか言っちゃってんじ

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エッセイ:大ちゃんは○○である48

エッセイ:大ちゃんは○○である48

週に二回、演技レッスンとボイストレーニングのレッスンは進んでいった。
自分にはあまりないと思っていて、実はひょっこり顔を出していた羞恥心も
徐々に徐々に消えていった。
一番『恥ずかしい!』という感情を抱いたのは何をした時だっただろうと思い返してみたが、
やはりダントツでアレをして、アレになって、アレだった時だった。
アレというのは、あるワンシーンを撮影しながらの演技レッスン。
場所は都営浅草線、浅

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エッセイ:大ちゃんは○○である47

エッセイ:大ちゃんは○○である47

竹村から言われたことで印象的だった言葉がある。
「俳優って字はどうやって書く?人に非ずって書いて優れてるって書くだろ?
この字がどういうことを表してるのか、よく考えてみるといい。」
「例えば人殺しの役がきたとする。
その時、僕は人を殺したことなんてないからできません。って言うか?言わないよな?
人を殺したことがなくても、ボクシングをやったことがなくても
馬に乗ったことがなくても、銀行強盗をしたこと

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エッセイ:大ちゃんは○○である46

エッセイ:大ちゃんは○○である46

僕がやった、待ち合わせ場所で相手を待っているシチュエーションでの芝居はこうだ。
まずは椅子に腰かけているところからのスタート。
自分の中では駅前での待ち合わせという設定を作ってやっていたので、
情景を思い浮かべながら相手を待った。
しきりに腕時計に目を向け、何度も時間を確認する僕。
首を左右に振り、しきりに辺りを見回す僕。
立ち上がってウロウロと歩き始める僕。
1分間の芝居だ。たったの1分間。

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エッセイ:大ちゃんは○○である45

エッセイ:大ちゃんは○○である45

レッスンの中では『一分間エチュード』という時間もあった。
エチュードという言葉。聞いたことがあるだろうか?
知っている方もいるだろうし、初めて耳にするという方もいると思うが、
簡単に言うと台本のない即興劇のことだ。
場面の設定だけがあり、セリフや動作などを役者自身が考えながら行う。
このエチュードに関しては、それこそ役者時代数えきれないぐらいやった。
時と場所を選ばず、事務所メンバーが集まれば

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エッセイ:大ちゃんは○○である43

エッセイ:大ちゃんは○○である43

全員の絶叫タイムが終わると、竹村はゆっくりと皆の顔を見回し言った。
「はい、OK。じゃあ、みんな座ろうか。」
決して威圧的なわけではなく、高圧的なわけでもない。
むしろ笑みを浮かべているその顔は柔和な印象を抱かせるものだったのだが
竹村には場の緊張感を保たせる空気感をしっかりと身にまとっていた。
長年この世界でこういう場面を繰り返し、
積み上げて塗り上げてきた『それ』がそう思わせるのだろうか?

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エッセイ:大ちゃんは○○である42

エッセイ:大ちゃんは○○である42

設定は、どうすることもできない状況をイメージすることにした。
もし、自分がどうすることもできない状況に陥ったとして
何かできることはないかと考えた時、
がむしゃらに叫んで、ほんの少しだけでもその状況を打破しようとするんじゃないだろうか?
頭の中でそんな状況を描いていって、描いた絵の中に自分を放り込んでみた。
こんな感じ。こんな感じ?
与えられた一分間はあっという間だった。
手を叩く音が聞こえたかと

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エッセイ:大ちゃんは○○である41

エッセイ:大ちゃんは○○である41

シーンとした時間が過ぎていく中、誰からも発言がないと見極めた竹村は
手を後ろに組ながら、ゆっくりとフロアの中を歩き始め話し出した。
「いいか!割るったって本当に割るわけじゃないことぐらい誰にでも分かるよな?
じゃあ、あの窓ガラスをどうやって割ってみるのか?
声だよ!声。イメージすんの!イメージしてみな。
お前らの発する声の波動であの窓ガラスがパリンっと割れるのをさ。
舞台やる時には一番後ろに座って

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エッセイ:大ちゃんは○○である40

エッセイ:大ちゃんは○○である40

皆が互い互いに顔を見合わせ、竹村の言葉に動揺しているようだった。
おそらく全員が思ったに違いない。
『何言ってんの、このおじさん。
頭おかしいんじゃないの?何だよ、隣のビルの窓を割ってみようかって。割れるわけないじゃん。』
予想していた皆の反応だったのか、チラッと竹村に目を向けると
竹村は口角を上げ、ニヤニヤとした表情を浮かべていた。
「どうしたんだよ、みんな?
自信のあるやついないのか?」
自信

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エッセイ:大ちゃんは○○である39

エッセイ:大ちゃんは○○である39

「じゃあ、早速始めていこうか。
とりあえず一人づつ自己紹介してもらって、そっからね。
はい、じゃあ君から。」
指を指された髪の長い女の子は、竹村から指名を受けるやいなや席を立ち
前に出ると、物怖じすることなく自己紹介を始めた。
そのフットワークの軽さたるや、大したもんだ。
僕はやや感心しながら見ていた。
「はい、ありがとう。じゃあ、次君。」
早いテンポで一人一人の自己紹介は続いていく。
自己紹介の

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エッセイ:大ちゃんは○○である38

エッセイ:大ちゃんは○○である38

全員の視線が一斉にその講師の男に向かったかと思うと
まるで息を合わせたかのように一人一人がすっくと席を立ち
「おはようございますっ!」
と大きな声で挨拶をした。
自分も含めてではあるが、見事なもんだなと思った。
全員が同じ気持ちで同じ行動をとったことに対してだ。
どの世界にも共通していることではあるが挨拶は本当に大事だと思う。
気持ちのよい挨拶に不快感なんてあろうはずがないし、
礼に始まり、礼に終

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エッセイ:大ちゃんは○○である37

エッセイ:大ちゃんは○○である37

プロダクションのレッスンは半年間のスケジュールになっており、
メニューとしては、演技レッスンとボイストレーニングがメインだった。
オーディションに合格したといっても、この半年間のレッスンの中でさらに脱落者が出るという。
半年後、事務所サイドに難しいと判断された者は
所属には至らず、去らなければならない。
合格者として集められたのは、僕を含め12人だったと思うが
あくまでこの12人はレッスンスタート

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エッセイ:大ちゃんは○○である34

エッセイ:大ちゃんは○○である34

実家から京都の下宿先に戻ると、郵送物が届いていた。
それはオーディションを受けたプロダクションからだったもんだから
「えっ。まじで!?」と
封を切る前なのにガッツポーズが出た。
部屋に入る前だったのに、周りに人がいるかどうかも確かめず
興奮して、鼻水が左右にこんにちはしながら大きな声を出してしまった。
「やっっったっ!!」
担当者は合格した方のみに連絡をすると言っていたので、
この封筒が届いたとい

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