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永遠の未決存在者としての万能人からの脱却と神の受肉
私は永遠に決断をしたくない。だからこんなことになっているとも言える。何か。例えば社会における身の置き所。そこで稼いでそこで生きていくところのそこ。或いはまた、信念。私は今キリスト教において洗礼を受けようとしているが、私は信仰などまっぴらごめんである。入信しても決して信じたくない。しかし、身の置き所や信念体系の選択を決断しないとやっていけないような感覚がある。だから今、私は決断の時局にある。
最近
【diary】言語的思考による英語・数学学習の成果と弊害 and I'm learning English using English textbooks.
These days, I have studied mainly English. It have used reading learning what "HUME A Very Short Introduction" -A .J. Ayer-. Who recommend that dislike persons that of English because This book is ve
もっとみる【読書】基(以下略) 序2:先生、”あらゆる人間の生の深層に届く言葉を繰り出す唯一無二の哲学者”と紹介されていた。
※(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
とのこと。
しかし、間違いなく私の生の深層には届いている。しかしそれは「言葉」ではないし、また先生は「哲学者」ではない。
ところで、かつて東京は動的であった。しかし令和の東京は、東京より広い衰退国家のスタティックな一都市へと変貌している。酒と煙草と淫売婦を教えてくれるような者はいないし、しかしそれはきっと私に魅力がないための現