いまをいきる

「ツラいです。まだ3日目。あと何日あるんだろう。絶望しかないです」
「ツラくない状態があるとすればどんな状態?」
「無理っす」

「なんと、ラクになりました。あと何日とかどうでもいい」
「なんで?」
「未来を生きるのをやめたからっすかね」

ヴィパサナ瞑想が短いコースを設けていないのは、想いの強さで乗り切るというソリューションを手放すため。

自我は捨てるべきか

自我から生まれる「こうあってほしい」「こうあるべき」「それ以外は認められないし、認めたくもない」という思い込みこそが仕事や家族間の人間関係、さらに心身の健康の弊害にもなっている。他者責任に意識が向き過ぎていて、客観視が不可能な状態、自分がこうだ思い込んでいる世界にどっぷり執着して思考の柔軟性を失い、それによって、能力の半分も活かせず、苦しみやストレスだけを濃くして、自分の心も体も痛めつけていること

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サンキュー!
5

私は神さま?〜私という認識をパラダイムシフトさせてみた。

先に告白しとく。

今から語るのはすごく個性的な物の見方で、
霊的探求の本とかをある程度読んで理解がないと、
まったく意味不な内容です。

興味ない人はスルーよろ。

私とは何者なのか?

霊的探求の道を歩む人なら、
馴染み深いこの問いかけ。

答えとして、
私の実態は魂だとか、愛だとか、
神だとか、空だとか、
すでに色々回答されてるけど、
その実感を得た人ってどれくらいいるんだろう…? という話

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「いいよ!」で自分はつくられない。だからNOっていっていい。

イヤなことをイヤ、嫌いは嫌い
と気持ちに沿わないことにNOを伝えて
自分から遠ざけていくことで

好きと嫌いのあいだに境界線ができ、
はじめて「自分」という輪郭ができてくる。

自我は自分が好まないことの
否定によってできあがる。
大切なものだけが残り
それが自分だってことなんです。

イマイチ気分が上がらないことに
NOといっちゃってかまわない。
無理してYESといわなくてもいい。
自分のことを

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自我が強いと寄ってこない

どうも、あびです。

・どうでもいいが、私は自我が強すぎるとよく言われる。

・でも人間そうじゃね。自分が思う通りになったら人生イージーモードでクリアできるし。

・「そんなんじゃ人生つまんない」っていう人の気持ちが知れん。てめぇが今そんな事言えるのってみんなが育ててくれたからだろ。

・まあそれは心底そうでも無いんだ。

・私の自我が強いという話をしただろう。これが強いともはや何も寄ってこない。

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田舎の石油王あび
5

「自分軸で生きる」を発見した日

どのくらい前かわからないけど、自分に素直になろう、自然でいようと決めた。

そういう人に憧れたし、そうじゃない人に違和感があったから。

でも、素直でいるとか自然でいるっていうのがどういう状態なのかはわからないでいたみたい。

それでいて、生活や仕事に関する知識や情報は増えていく。

賢くなった気になって、悪い気はしなかったけど、それは素直とか自然とは違う感じがしていた。

言葉を定義しないままに

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よく眠れますように・・・
7

自己治癒力が心身を癒すヒマがない状態から、ある状態に。

ヨガ(アーサナ)は有効な健康法のひとつです。
実際に健康になります。

健康法としてのヨガは、
「運動不足解消」
「有酸素運動」
「筋トレ」
の、どのイメージとも違って、
「副交感神経優位」
の時間を持つことです。

足し算ではなく引き算。

交感神経優位の時間が多すぎて自己治癒力が心身を癒すヒマがない状態から、それがある状態に。

ここはドコ、コレは何、ワタシはどこ?
何の前触れもなく突然陥る軽いブレ。大抵数秒で回復するので特に気にはしていなかった。が、移動中に陥った場合、移動スピード次第では洗面台に激突すると結構痛いということを今日初めて理解した。今後は階段、電車、横断歩道を気をつけよう。

♥️♥️♥️

胸や肩の緊張が緩んで、手のひらが少し上を向きます。

シャバアーサナというアーサナがあります。屍のポーズ。

ヒンドゥー語でシャバーサン、サンスクリット語でシャバーサナ、文字表記は同じですがサンスクリット語では単語の最終子音に自動的に母音aの発音が追加されます。リエゾンなしの表記でカタカナ表記でシャバアーサナです。

布団も枕もない平らな床にあおむけに横たわって、リラックスを深めていくアーサナです。

リラックスが深まるには時間がかかるので時間をかけ

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イライラをできるだけロジカルに処理をする

腹が立つ
頭に来る

なぜ、「怒り」や「苛立ち」を感じるのか…

イライラしても良いことなんかない、と耳にする。その通りだと思う。

だったらなんで、怒りや苛立ちなんてものが存在するのだろう?

随分と根源的な問いになってしまったが、その答えを知っているわけではない。

きっと、多くの人が似たような問いを持っただろうから、答えは出ているように思う。

それでも、私を含めた多くの世の中の人に「イライ

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