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小説

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#ショートショート

炎上

炎上

 その火災で何人かが死んだらしい。何人死んだのか、原因が何だったのか、わたしはテレビでそのニュースを見ていたわけだけれど、詳しい内容はちっとも頭に入って来ないでいた。そのニュースで使われていたのが、わたしの撮影した映像だったからだ。自分の手になる映像がテレビ画面で放送されているのはなんとも不思議な気分だった。
 たまたま通り掛かった建物が燃えていた。何気なくそれを撮影した。それがテレビ局や新聞社の

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創造主の介入(短編小説 過去作品と同内容)

創造主の介入(短編小説 過去作品と同内容)

人を殺した。

突き飛ばしたら動かなくなった。頭から血が出ていて、脈ももうなかった。

フローリングに倒れているそれは、もう人ではない。ただの塊なのだ。さっきまで動いていた人は、ただのそれになってしまったのだ。

僕は何も考えられなくなった。何も考えたくなかった。けれど、この世界にもういたくない事。それだけは分かった。

目の前にナイフがある。僕はそれを掴んでー。

「ちょっと待って!」

目の前

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レンタル人生

レンタル人生

「これ返却お願いします。」
「はい…あれ、延滞してますね。」

思いのほか白熱して、ついつい夢中になっちゃったんだよ。

「すみません、いくらですか。」
「じゃあ、魂三つで。」

しまった、結構高くついちゃったな。

「すみませんでした。」
「いえいえ。」

僕は魂を三つ差し出した。

明るい店内には、ここち良いミュージックが流れていて、何人かお客さんが物色している。

…ここは、人生レンタルショ

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小説|よみがえるネコ

小説|よみがえるネコ

 その猫は短命で長生きでした。戦火の中で初めて生まれた時、子猫は兵士の腕の中で温かく、そして冷たくなります。子猫を守って兵士が負った傷から血が流れました。血を舐めた猫は、新たな命を得てよみがえります。

 別の地で、別の猫として生を享けながら、あの兵士を守りました。冷たい銃弾から彼をかばいました。兵士の行く手にあった地雷を先に踏みました。疲れ果てた彼が眠る町へ進む大きな戦車の前に立ちはだかりました

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短編小説『時代遅れ』

短編小説『時代遅れ』

結婚式の司会の仕事をしている方に聞いたが、近頃は新郎新婦の馴れ初めが「マッチングアプリ」ということが実に多いらしい。41歳の私は「マッチングアプリ」といえば、何やらいかがわしいものと思ってしまうが、10歳も下になると、もっとカジュアルに捉えているものらしい。そのうち、人と人がお付き合いをするためには、いきなり直接話しをすることのほうが「はしたない」と言われるような時代が来るのかもしれない。


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「野辺の煙」

私の家の前には、火葬場があります。煙突から野辺の煙が立ち、今まさにどこかの誰かの肉体が気体に変わっていき、雲の隙間へと立ち消えて行きます。私はベランダから煙草を吸って、その様子を眺めるのが好きです。医者というのは、患者の死に様を見ますが、遺体がその後どうなるかは、死体安置所の職員や、火葬場の葬儀社の人にしか分かりません。私は医者として、患者の最期をすべて見届けられる場所にいます。あの煙はもしかした

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雨が降ればいいのに

雨が降ればいいのに

「雨が降ればいいのに」
下着姿でベットに大の字に寝転びながら、ぼそっとつぶやく彼女。
彼女のお腹をつーっと指先でなぞりながら、天に向かって長く伸びた彼女のまつ毛に視線を向ける。
「せっかくのデートなのに?」
「うん、前回のワールドツアーぶりだから…3ヶ月ぶりのデートだ」
彼女は窓の外の夜空をながめているのに、どこか別の何かを見ているような遠い目をしている。
ふと、心の奥底に生まれでた感情を押し殺す

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【ショートショート】100人斬りを目指した少女

【ショートショート】100人斬りを目指した少女

少女の家はごく普通の一般家庭だった。
無口な父と朗らかな母とやさしい姉、そしてペットの犬と一緒に暮らしていた。

5歳の夏に近所のお祭りで迷子になって騒ぎを起こしたり、12歳の冬にペットの犬が死んで学校に行けなくなった時期もあったが、特に大きな病気もせずに育った。

少女が17歳になった時、初めて彼氏ができた。
手を繋いで登下校し、毎日のように電話し、そして夏休みのある日、とうとう彼の家を訪問する

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青いサヨナラ

青いサヨナラ

「大丈夫だよ」
彼はいつもそう言っていた。
「僕を信じて。きっとうまくいくから」

彼との出会いはありふれたものだった。
友人同士が知り合いで、それがきっかけで彼と出会った。
彼の育ちの良さは、つきあいはじめてすぐ気づいたけど、実際に彼がお金持ちの良い家柄の一人息子という事は後から知った。
お勉強も出来て、良い大学も出ていて、いろんな事を知っていた。
彼はもちろんそんなことをひけらかす人ではなかっ

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セカンドパートナー、セカンドピアス

セカンドパートナー、セカンドピアス

「はい、これプレゼント」
カフェの席につくなり彼が小さな紙袋を差し出した。驚いて記憶をたぐるが今日は何の記念日でもない。私が戸惑っていると
「まあ開けてよ」
微笑みながら彼が言う。
袋の中の包みのリボンをほどき、小さい箱をそっと開けると、キラリと何かが光る。それはダイヤのピアスだった。
「そろそろセカンドピアスにするって言ってたでしょう。だからプレゼント。これなら堂々と身に着けられるでしょう」

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ショートショート 2番目の人魚姫

ショートショート 2番目の人魚姫

末っ子の人魚姫があぶくになって消えたとき、姉の人魚姫たちはみなはらはらと、真珠のような涙を流しました。いつもは陽気なカモメたちも息をひそめ、クジラもイルカもイワシももっと小さな魚たちも、末の人魚姫を弔いました。

ただ、2番目の人魚姫だけは違いました。姉妹たちの差し出す魔女の短剣を握りしめたまま、泡になっていく妹を見て、短く切ったエメラルド色の髪を鷲掴みにしながら、ち、と舌打ちをしたのです。

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夏音



もうすぐ夏が来る。

君はきっとまた、蝉が最初に鳴く日を見つけるんだろう。
それをいつか僕にしたみたいに、誰かに教えてあげるのかな。

向日葵は叶わない恋をしているのだと君は言った。
哀しいものはきれいなのだと言った。

鼻の頭にかいた汗。
転がるラムネのビー玉の色。
くたびれたレディオヘッドのTシャツ。
埃をかぶった写真立て。

そんなものばっか僕に残して君は上手に消えていく。
ここじゃ蝉が

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月と地球のペリドットパフェ

月と地球のペリドットパフェ

煌々と光る水の球。

暗闇に映える地球の青い光は、月の住民にとって神秘の象徴だ。特に、今日のような満地球は。

誰もが地下コロニーの外に出て、満地球を鑑賞している。もう十分鑑賞した私は、地下コロニーの出入り口であるハッチを開けて、自分の部屋に戻った。

満地球の日には、普段控えている甘いものを食べても良い日にしているのだ。今回は、あの地球をイメージした鉱物パフェを作ろうと計画していた。材料はバッチ

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ショートショート『ヨシダは死にました』

ショートショート『ヨシダは死にました』

「ヨシダはいねぇのか、ヨシダを出せコラ!」
「ヨシダは、死にました。」
「…………!!!!」

人が、言葉を失った瞬間にはじめて出会った。



どこにでも、物申したいひとはいる。

不満を解消したいわけじゃない。怒ってるわけじゃない。何かを得たいわけじゃない。

ずっと、言い続けたい。そんなひと。

コールセンターに長く勤めていると、嫌でもひとの嫌な面を見る。たとえどんなに素晴らしい商品でも、

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