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ショートショート 2番目の人魚姫

末っ子の人魚姫があぶくになって消えたとき、姉の人魚姫たちはみなはらはらと、真珠のような涙を流しました。いつもは陽気なカモメたちも息をひそめ、クジラもイルカもイワシももっと小さな魚たちも、末の人魚姫を弔いました。

ただ、2番目の人魚姫だけは違いました。姉妹たちの差し出す魔女の短剣を握りしめたまま、泡になっていく妹を見て、短く切ったエメラルド色の髪を鷲掴みにしながら、ち、と舌打ちをしたのです。

何10年かに一度のような凪になった末の妹のお弔いにも、2番目の人魚姫は参加しませんでした。ひとり岩場に登り、無茶苦茶に歌いました。魂を奪う人魚の歌声に、ガレオン船が3つ沈みました。

人間の王子様なんて、馬鹿げてる。

2番目の人魚姫は思いました。卵が生みたけりゃ、海の中に何でもいるだろうに。妹は、馬鹿だ。

ばらばらになった船の破片に、泳げない人間がたくさんつかまっていました。2番目の人魚姫はまた舌打ちをしました。妹の葬式を、汚すつもりはなかったのに。ノコギリザメとシャチを何匹か呼びつけて、みんな砂浜まで届けてやりました。「食うなよ。」とちゃんと言いました。「絶対に食うな。」大事なので、2回。

人間の1人が、手に棒のささったホヤのようなものを握っていました。穴があいています。何がそんなに大事なのだろうと、手に取ろうとしました。離してくれません。力任せに人間の指をつかもうとしました。僅かな意識の中で人間が抵抗します。ひっぱり合いをしているうちに、ぼろん、とホヤがなりました。人間の手が離れました。

ノコギリザメに指図しながら、2番目の人魚姫は不思議なホヤをしげしげと見つめました。糸のようなものが張ってあります。さわると、またぼろんと音が鳴りました。びっくりした人魚姫はホヤを取り落としました。海の中に。慌てて拾い上げました。もう一度糸を触っても、もうなりませんでした。

「代わりに、声をもらうけど?」
深い深い海の底で、海の魔女が言いました。
「いいよ。」
2番目の人魚姫がいいました。
「あんたのダミ声でも、別に。歌えるなら。」
「王子様があんたに振り向かなけりゃ、あんた、泡と消えるよ?」
「王子様って誰よ? なにそれ。」
「うーん。『メタファー』? 『あんたの目指すもの』」
「いいよ。じゃあ、あたしがスターになれなかったら、あぶくになって、消えてもいい。」
「スターってなに?」
今度は魔女が聞く番でした。2番目の人魚姫は魔女の手から魔法の薬をぶんどりました。
「スターって、星? 星になるの?」魔女がまだ聞いています。「あんた、お星様になるの?」大事なので、2回。

薬を飲むと尾ひれがふたつに割れました。痛かったけど、我慢できないほどではありません。サメたちにありったけの酒場の張り紙を持ってこさせました。よく乾かしたあのホヤ(バンジョーという名前でした)も。
ぼろん、と鳴らしながら、歌って、歌って、歌って、歌いました。
すっかり伸びたエメラルド色の髪はいい看板代わりです。
お金が入って、楽器を買い替えて、うまいもの食って、飲んで、騒いで、笑って、たまに泣いて、後は歌って、歌って、歌って。

人魚はとびきり長生きです。バンジョーはギターに変わりました。アンプがついて、マイクが差し出されて、スポットライトがエメラルド色の髪を照らします。

嵐の中の大波のように、観客が一斉に歓声をあげました。2番目の人魚姫が片手をあげます。

「みんな最後までありがとう。最後の曲は『ミドル マーメイド』」

そう。これが泡になって消えるかわりに、お星様になった2番目の人魚姫のお話。
最後までありがとう。大事なので、2回。センキュー。


ショートショートNo.67

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