#小説
『古書店における自由研究』
「自由研究よ」
深夜帯にだけ開店する古書店の一角、古びた本棚の脇に寄りかかり、彼女は小さく三角座りをしたまま顔を上げて答えた。日に焼けた本に人差し指を挟んで持ったあと、もう一方の手で黒髪を耳にかけて僕を見上げている。
「カポーティの短編集を読むのが君の自由研究?」
「そう。自由研究よ」
僕はヘミングウェイしか読んだことがなくて、彼女の言う“自由研究”がどのようなものなのか聞けるほどの知識がない
【小説】推しは浮気を許容する
ある日突然、家賃と光熱費などを折半する同居人が “中退” を宣言した。
「実は最近、付き合い始めた彼女がいるんだよ。だから正直言うと、もう今までみたいに活動できない」
なんたる腑抜け野郎か。推しが卒業するまでと誓い合った覚悟を忘れたのか。僕は内心、めらめらと激怒した。
「そっか。良かったな」
表面上はにこにこと承諾した。喧嘩のできない気弱な性格が幸いしたと言える。怒りを露わにすれば、嫉妬して
ダブルコスモス 【ピリカ文庫(2021) ショートショート】
納屋を片付けていたら、手金庫が出てきた。
金庫とは、ちと大仰かもしれない。両手で包み込めるほどの箱に、南京錠がちんまりとしている。
おそるおそる、四桁の数字をあわせてみる。
おいそれと、カチリ、とはいわないのであった。
祖母の手にかかると、あっけなく開いた。
「ばあちゃん、じいちゃん、父さん、母さん、私、誕生日は全部やったけど」
ふふふふ、と祖母は声を立てずに笑う。
「宝の地図?」
赤と黒 〜僕らが決別した理由
編集者の中にはベストセラー作家よりも有名なものがいる。いわゆるカリスマ編集者と言われている連中だ。彼らは本を売るために作家の原稿に手を入れ、時としてベストセラー作家に対してさえ書き直させる。そしてそういう連中の編集した本は話題となり、連中はベストセラー本の編集者として本の著者よりも持て囃された。だが、作家としては自分の原稿に手を入れられ、また直接ダメ出しされるのはかなり屈辱的なものだろう。しかし
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