海亀湾館長

短編小説、掌編小説、詩を投稿します。エッセイ、ときどき書評(本の感想文)も。 ヘッダー…

海亀湾館長

短編小説、掌編小説、詩を投稿します。エッセイ、ときどき書評(本の感想文)も。 ヘッダー等の写真はすべて自分が撮影したものを使用しています。

マガジン

  • 砂に埋めた書架から

    書評(というよりは感想と紹介文)です。 過去の古い書評には〈追記〉のおまけが付きます。

  • 短編小説集

    これまでの作品を一覧できます。

  • 詩集

    これから追加されるとしたらすべて新作です。

  • collaboration

    ひとりきりではできないものたち。

  • 写真集

    写真とタイトルが小説になるとき。

最近の記事

伴名練『なめらかな世界と、その敵』《砂に埋めた書架から》72冊目

 伴名練『なめらかな世界と、その敵』を読んで、たいへん感銘を受けている。初めて手に取る作家の本だったが、ひとつの作品に投下するアイディアの手数が尋常でなく多いことに気付き、読んでいくうちに興奮が加速していき、最後は圧倒された。  最初に言っておくべきだったが、この本は短編集である。全部で六作品が収録されていて、どれもSFに分類される小説と思って間違いないのだが、SFという先入観にとらわれずに読んでも本書は面白い。どの短編も本当によくできていて、多彩な文体を駆使する作者の実力

    • 二十世紀の街角で

      短編小説 ◇◇◇  新宿は田舎者が集まるところだと誰かが言っていた。なるほどな、だからここに来るとぼくはほっとするのか。  工場が休みの日は、朝の九時に埼玉のアパートを出て、バスでしばらく揺られたあと、都内にある終点の駅で降りる。高架下をくぐって駅の入り口で切符を買い、階段を上って地上にあるホームから営団地下鉄千代田線に乗り込む。以前は西日暮里で山手線に乗り換えて新宿まで行っていたけど、国鉄は料金が少し高いことに気付いたので、今は大手町で丸の内線に乗り換えて新宿まで行っ

      • 秋谷りんこ『ナースの卯月に視えるもの』《砂に埋めた書架から》71冊目

         満床であっても、真夜中の病棟は静かだ。この特別な静寂を知っているのは、長期療養型病棟に勤務する看護師ならではなのかも知れない。物語の主人公卯月咲笑は、早期に回復する見込みのない患者を受け入れる、長期療養型病棟の看護師である。一般病棟と違い、完治の困難な重症患者が多く、ここに入院したまま人生の終焉を迎える患者も少なくない。死亡退院率四十%という現実に日頃から向き合っている看護師たちにとっては、この真夜中の静けさに、通常とは違う雰囲気を感じているであろうことが想像されるのだ。

        • せやま南天『クリームイエローの海と春キャベツのある家』《砂に埋めた書架から》70冊目

           昨年行われた、note主催による「創作大賞2023」において、お仕事小説部門の朝日新聞出版賞を受賞したのが、せやま南天『クリームイエローの海と春キャベツのある家』だった。「創作大賞2023」は小説のみならず、エッセイ、漫画原作、イラスト、映像作品など多岐のジャンルにわたって広く作品を募る大規模なもので、およそ三ヶ月の募集期間で集まった作品の総数は、最終的に33,981という数だったようだ。この中で、「お仕事小説部門」の応募がどれくらいあったかは調べていないのだが、かなりの数

        伴名練『なめらかな世界と、その敵』《砂に埋めた書架から》72冊目

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        • 砂に埋めた書架から
          72本
        • 短編小説集
          46本
        • 詩集
          59本
        • collaboration
          10本
        • 写真集
          21本
        • エッセイ・覚え書き集
          34本

        記事

          散り落ちた桜の下で決めたこと

          ぼくは歳をとってしまったのかな 目に映る珍しいものよりも 思い出の方を美しく感じてしまう 恋がどんなものだったかわからない 好きって気持ちは様々にあるものだから けれどもぼくの心に 君の形が焼き付いたのは覚えているんだ さようならって言葉は残酷だな 次の約束なんてないのに 思い出を更新できるとまだ信じている 昨夜の雨で散った桜の下を歩く ぬかるみに落ちた花びらを避けて 隙間だらけになった桜の枝を眺めて 昨日の別れ話が信じられないぼくは 昨日の別れ話が信じられないぼくは

          散り落ちた桜の下で決めたこと

          小説『鶏小屋の夫』(冒頭部分)の音声化

           先日、私の短編小説『鶏小屋の夫』を、yaya様が音声化して下さいました。  yayaさんは、声劇や朗読、またはピリカムーンという音楽ユニットなどの音声動画を製作し、SNS等で公開しておられるクリエイターです。  私はこれまでにも幾度かコラボレーションでお世話になっております。今回、yayaさんがコラボに選んで下さった作品は、私が二〇一九年に公開した『鶏小屋の夫』という原稿用紙にして十七枚の小説ですが、yayaさんは冒頭のおよそ500字ほどを、声劇の音声動画にして下さいま

          小説『鶏小屋の夫』(冒頭部分)の音声化

          クレアの前の前の前の彼

          短編小説 ◇◇◇ (問題はない。何も問題はないのだが……)  エスカレーターの前方を見上げていたザネリは、顎に手を当てて俯き、とっさに思案のポーズを取った。上昇するエスカレーターは、階下のフロアからゆっくりと離れて、狭いチューブの中を進んでいるかのようだった。ザネリの隣にはクレアがいた。彼女はたった今購入したオーダーメイドのピローを、紙袋ごと抱きかかえてニヤニヤと笑っている。  確認のためと思い、もう一度ザネリは顔を上げてみる。視線は、上りエスカレーターの、七、八段ほ

          クレアの前の前の前の彼

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          写真とタイトルが小説になるとき 24

          写真とタイトルが小説になるとき 24

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          乗代雄介『それは誠』《砂に埋めた書架から》69冊目

           名前は文芸誌でよく拝見していたが、作品は読んだことがなかった。けれども野間文芸新人賞や三島賞の受賞、芥川賞にも複数回ノミネートされるなど、評判の良さは耳に入ってくるのでとても気になる作家だった。四回目の芥川賞候補作となった『それは誠』で、私はようやく乗代雄介氏の作品を体験したが、それは、この小説をどうしても読んでみたいと思う理由があったからだった。  昨年の七月、第169回芥川賞が発表されたちょうどその日、著者がデビュー前から長年書き続けているという個人ブログ『ミック・エ

          乗代雄介『それは誠』《砂に埋めた書架から》69冊目

          M・オンダーチェ『イギリス人の患者』《砂に埋めた書架から》68冊目

           古書店でこの小説の最初の段落を読んだとき、私の目はムービーカメラとなって、冒頭に登場する「女」の動きを追っている気持ちになった。そして、最初の区切りとなる空行までの冒頭から三つのパラグラフ、行数でいうとわずか九行で、私はこの小説の文章に完全につかまってしまったと思った。つまり、早くもこの小説に書かれた文章の虜になってしまったのである。  その九行の間に、小説らしい事件は何も起きていない。庭仕事をしていた女が、微妙な天候の変化を察知して屋敷に戻る様子が書かれているだけである

          M・オンダーチェ『イギリス人の患者』《砂に埋めた書架から》68冊目

          文明の終末

          女たちが 赤ん坊をみることを諦めたので 今はおれたちが子らにミルクを与えている 女たちが 食事を作る暇なんてないと言うので 今はおれたちが朝昼晩と支度をしている 女たちが 話し合いに忙しいからと断るので 今はおれたちが毎日の雑用をこなしている 女たちには時間がないのだ ある者は怪我人の収容と手当に奔走し ある者は国家の重要な会議で明け方まで睡眠を削っている 子供の顔を見たいだろうに 美味しいものを食べさせたいだろうに 女たちが 一人また一人と戦争に駆り出されていくので

          文明の終末

          令和五年の短編あとがき・覚え書き集

           こんにちは。  初めての方、はじめまして。  毎年、最初の投稿は、昨年noteに発表した自作短編小説のあとがき、覚え書き、をまとめたものになります。令和五年は新作と改作を併せて、計七本の短編を投稿させて頂きました。  いわゆる自己満足の企画ですが、私の短編を読んで下さった方、これから読んでみようという粋な方、読んではいないが創作の裏側に興味のある方など、この記事に付き合って下さる親切な方に、予め心からの感謝を申し上げます。 ◇◇◇ 1.『ブラッディ・ザネリ』の覚え書

          令和五年の短編あとがき・覚え書き集

          願いをめぐる二つの短い物語

          短編小説 ◇◇◇ 第一話 沛然叔父さんの厄落とし業  ぼくの叔父さんは、昔から雰囲気を出すのがうまかった。  普段はタバコなんて吸わない人なのだが、紙を巻いただけの細い筒を指で挟んでいるだけで、まるで火の点いたタバコを持っているようなふりをすることができた。しかも吸い慣れている喫煙者のような佇まいまで醸し出すから、一瞬、鼻と口から煙を吐き出すのを目撃した気にまでなってしまうのだ。叔父さんはそのあと、巻いていた紙をするすると伸ばし、それがスーパーのレシートであることを明

          願いをめぐる二つの短い物語

          J・M・クッツェー『ポーランドの人』《砂に埋めた書架から》67冊目

           今年八十三歳になったJ・M・クッツェーの最新作『ポーランドの人』は、恋愛小説である。  クッツェーは南アフリカ出身の小説家で、批評家、翻訳家、数学者、言語学者など多才な顔を持っているが、やはり、小説家としての業績は華々しくて、代表的なものではフランスのフェミナ賞の外国小説部門を受賞したほか、イギリスの権威ある文学賞として知られているブッカー賞を二度受賞し、そのあと、二〇〇三年にはノーベル賞を受賞している。日本語に翻訳された本もたくさん出版されているようなので、名前をご存知

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          ひとりきりではできないもの二つ【コラボ作品紹介】

           去年の三月に投稿した自作の詩「不安ということ安心ということ」を、このたび、yaya様が朗読し、3分28秒の素敵な映像作品に仕上げて下さいました。  公開となった本日は、「いい夫婦の日」ということで、まさにこの詩の世界にうってつけのタイミングであったように思います。ぜひ、お時間のあるときに聞いて下さると、私も嬉しくなります。 「不安ということ安心ということ」yaya様  実はもうひとつ、yayaさんに音声化して頂いた作品がありました。昨年に公開されたもので、「不道徳な私

          ひとりきりではできないもの二つ【コラボ作品紹介】

          犬を連れた奥さんの犬の行方

          短編小説 ◇◇◇  アームに取り付けたWebカメラを天井近くまで伸ばし、真下に向けたまま狙った位置で固定する。パソコンの前に座っている男の白髪頭の頭頂部が、中央付近に収まるように画角を調整した。  これでよし。顔は映らないようにしたぞ。  私は自分のデスクに戻ってモニターを見ながら、すぐそばにいる男にそう声をかけた。真上からなら撮ってもいいよ、と本人から直接撮影の許可がもらえたので、今回初めて彼の生の姿をネットで配信することになったのだ。彼は私の古くからの知り合いで、

          犬を連れた奥さんの犬の行方