正岡子規「歌よみに与ふる書」現代語訳

正岡子規「歌よみに与ふる書」現代語訳

「歌よみに与ふる書」は、正岡子規による書簡体の歌論書で、子規の著書の中で最も広く知られているものの一つである。当初「歌よみに与ふる書」は、新聞『日本』に明治31年2月11日から3月4日まで10回にわたって断続的に連載され、明治35年12月、吉川弘文館から刊行された『日本叢書 子規随筆続篇』に収録された。 明治25年、帝大国文科を中退して新聞「日本」に入社した正岡子規は、文芸欄を任され、紙上に俳論「獺祭書屋俳話」を連載するなど俳句の革新に着手していたが、短歌に関しては、社主の

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実家の柿とみかん「柿の日のご馳走」
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実家の柿とみかん「柿の日のご馳走」

こんにちは。 ゆのきりょうこです。 実家の庭の柿とみかんです。親が宅急便に詰めて送ってくれました。  柿は食べごろ、甘かった❣️ みかんはもう少しおいたほうが美味しいとのこと。一つ食べてみたらまだ酸っぱかったです(*^-^*)  売り物ではないので、少し形は悪いですが とても美味しいんです。 こういう実のなる果物が庭にあるのは幸せです。 ところで、本日10月26日は 「柿の日」 正岡子規先生が、1895(明治28)年10月26日に奈良の旅先で 「柿くへば鐘が鳴

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【雑学】
本日10/26は「柿の日」です。
俳人・正岡子規がかの有名な

『柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺』

の句を読んだ日だからとのこと。
実はこの鐘を聞いたのは法隆寺ではなく「東大寺」だったと言われています。東大寺の鐘の音と法隆寺の風景が結びついて詠まれた句だったとか。

涼

【雑学】 本日10/26は「柿の日」です。 俳人・正岡子規がかの有名な 『柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺』 の句を読んだ日だからとのこと。 実はこの鐘を聞いたのは法隆寺ではなく「東大寺」だったと言われています。東大寺の鐘の音と法隆寺の風景が結びついて詠まれた句だったとか。 涼

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10/26   カプリ ゴ〜〜ン
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10/26 カプリ ゴ〜〜ン

ついに壊れてしまったと 思われたでしょうか 元々こうです 元気です 実はここ2日 10分のタイムは 連続失敗 爆速キャラあやうし なんて日だ!!!!! 大丈夫です 今日はきのこご飯にするし いい日です

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東京うぐいす紀行~正岡子規庵を訪ねて~

東京うぐいす紀行~正岡子規庵を訪ねて~

 コロナ禍になる前のさる四月の東京旅行のことです。  旅先であてを探す旅、それこそ旅の醍醐味であると私は思います。その中でもこの旅行の二日目は旅を成功させる金筋とでも呼べる道筋を歩くことができました。  まず、私は持病の治癒のため、早朝の巣鴨に降り立ちました。ナイスミドルの原宿と呼ばれる巣鴨に降りたちました。  登校する幾人かの小中学生とすれ違います。平日ですよ、と学生たちは告げていましたがさすが観光地の巣鴨、とげぬき地蔵。はやばやとおじさんがお守り袋の屋台を出していま

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10月26日 「柿の日」凄いネーミング「 野球 =ノボール 」正岡子規
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10月26日 「柿の日」凄いネーミング「 野球 =ノボール 」正岡子規

2021年12月までのMYチャレンジとして「明日は何の日?」をやっていこうと思っています。 明治28年10月26日、正岡子規が奈良に滞在していたときに、名句「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」を詠んだとされることから、平成17年に全国果樹研究連合会カキ部会が、柿の販売促進を目的に定めました。 出所:奈良県 https://www3.pref.nara.jp/hodo/item/66027.htm 正岡子規といえば、「国語の教科書に出てきた人」「小説『坂の上の雲』にでてくる人」

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秋の夜長

秋の夜長

仕事から帰ると直ぐに風呂に入り晩酌をはじめる 食感フェチに漬物は欠かせない 野菜をたくさん食べてお腹を膨らませる 炭水化物はご不要 2本目の缶を開け動画を観始める これが平日のルーティンである 最近とても感動する動画に出会った もちろんこの曲は以前から知ってる ぼくが生まれる前の年にリリースされた名曲である A Whiter Shade of Pale 邦題 青い影 粉屋の主人がある若者に妻を寝取られるという話 浮気を追及された妻の顔がみるみる青白くなっ

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柿泥棒
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柿泥棒

2006年11月の日記から転記。 多摩ニュータウン付近を走っていると、柿の木が目につきます。 以前はもっと多くの木があったのですが、開発が進んで、数は激減しています。 それはジブリ作品の「平成狸合戦ぽんぽこ」などに集約されていて、緑豊かな里山が失われ、そこに暮らす生き物たちも消えました。 住宅難解消の名のもとのに、巨大団地群が次々と作られ、コンクリートの人工物ばかりが幅を利かせる光景は、バビロニアや、古代ローマのティムガッドや、現在のメキシコのティオティワカンにも似て、豊

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正岡子規の句「柿くふも今年ばかりと思ひけり」

正岡子規の句「柿くふも今年ばかりと思ひけり」

「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺 」の句で知られる正岡子規は、とにかく柿が大好きな人だったそうです。 親友の夏目漱石の「三四郎」の一節にも、子規が登場します。 「子規は果物が大変好きだった。 かついくらでも食える男だった。 ある時大きな樽柿を十六食ったことがある。 それでなんともなかった。」 16個も柿を食べるほど、大好物の模様が書かれています。 そんな正岡子規が詠んだこの句 「柿くふも今年ばかりと思ひけり」 これも子規の柿に対する思いが込められた句として知られています。

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歳時記を旅する19〔栗〕中      *色づきしものより打たれ山の栗

歳時記を旅する19〔栗〕中      *色づきしものより打たれ山の栗

 佐野 聰 (平成十年作、『春日』)    新聞「日本」に掲載された正岡子規の「歌よみに与ふる書」に感銘をうけた長塚節は、明治三十三年三月二十八日、子規の根岸庵を訪ね、翌々日に家から持ってきた丹波栗二升を手土産に再訪し、「根岸庵」の十首を作る。  子規は節の歌才を愛し、節を養子にする話が出るほどだった。     この後も節は子規に栗を贈り、子規は、翌年九月九日に節から届いた栗で栗飯の粥四杯を食べ、九月十七日には「節より送りこし栗は実の入らで悪き栗なり」として「真心の虫喰

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