ミラン・クンデラ

クンデラの吐息

クンデラの吐息

『存在の耐えられない軽さ』は、肚のみぞおちあたりに響いた。 作品の内容もさることながら、驚いたのは、作者の姿勢や眼差しが物語の中で(文字通り)息づいて、立ち現れていることだった。いつ書かれたとも知れない臨場感。すぐそこに作者がじっくり何かを眺めて観察しているような気配とともに、ストーリーが展開する。 それは小説という格好をした、ひとつの重要な「問い」へと向かう哲学的な思索の旅であった。 *** 重さと、軽さとは、どちらが肯定的なのであろうか? この「問い」に向かって

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『存在の耐えられない軽さ』 – 日めくり文庫本【5月】

『存在の耐えられない軽さ』 – 日めくり文庫本【5月】

【5月28日】2  われわれの人生の一瞬一瞬が限りなく繰り返されるのであれ、われわれは十字架の上のキリストのように永遠というものに釘づけにされていることになる。このような想像は恐ろしい。永劫回帰の世界ではわれわれの一つ一つの動きに耐えがたい責任の重さがある。これがニーチェの永劫回帰の思想をもっとも重い荷物(das schwerste Gerwicht)と呼んだ理由である。  もし永劫回帰が最大の重荷であるとすれば、われわれの人生というものはその状況の下では素晴らしい軽さとし

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ミラン・クンデラ「不滅」感想/私の中にもある「不滅」の話

ミラン・クンデラ「不滅」感想/私の中にもある「不滅」の話

読書の楽しみのひとつに「難解な本を読み切る」というのがある。 たとえば言葉遣い、プロットの複雑さ、求められる前提知識の高さにより筋を追うことすら困難な本がある。そんな本に出会い、とっつきづらさに食らいつき、諦めずに最終ページにたどり着いた瞬間、まるで苦労して山の頂にたどり着いたような、そんな心持ちがする。 私にとって、ミラン・クンデラというチェコの作家の「存在の耐えられない軽さ」という小説が、久々の「それ」だった。筋を忘れないようにメモをしながら、唐突に引用される数々の歴史

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「越境文学」と私

「越境文学」と私

自分の母国を離れて海外に住む移民という立場になったためか、越境文学に興味がある。国境を越えて活躍する人が、どのようなメンタリティで生き抜いているのか知りたいのだ。 海外暮らしの苦労というのは語り尽くされているように思うけれども、ドイツ、それもフランクフルトという街に17年住んで気がついたことは、当たり前の事ではあるのだが、大変なのは自分だけではない。という事。いや寧ろ、自分だけが大変だと思っていたのが大間違いであったという事実である。 そもそも「移民」の定義とは何なのか。

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「存在の耐えられない軽さ」ミラン・クンデラ

冷戦下のチェコ出身亡命小説家が、1984年に
発表した世界的恋愛小説。
1968年、“プラハの春”を題材に政治と哲学と文学が融合したその存在は、この上ない重さで読む者を引き込んでゆく。

「存在の耐えられない軽さ」ミラン・クンデラ 冷戦下のチェコ出身亡命小説家が、1984年に 発表した世界的恋愛小説。 1968年、“プラハの春”を題材に政治と哲学と文学が融合したその存在は、この上ない重さで読む者を引き込んでゆく。

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書評:ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』

書評:ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』

束縛は重いのか?自由は軽いのか?この問いこそが永劫回帰的なのでは? 今回ご紹介するのは、旧チェコスロバキア出身のミラン・クンデラによる『存在の耐えられない軽さ』。 本作は恋愛をプロットのベースとした作品である。 男主人公トマーシュは、テレザへの説明し難い情念と女性一般に対する奔放な肉欲的嗜好の間に絶えず心を揺らす人物として描かれる。 対して、女主人公の1人テレザは、長く続い家庭的束縛からの脱走を望む一方、愛人たちとの関係を断とうとしないトマーシュとの生活という愛憎一緒

Do you want a New Life ?―キム・ギドク監督『絶対の愛』

Do you want a New Life ?―キム・ギドク監督『絶対の愛』

 「もし自分の鼻が1日1ミリずつ伸びていったらどうなるだろう。何日たつと自分の顔は見分けがつかなくなるだろう?」  ミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』で、主人公の一人である女性テレザは大きな鏡の前で問いかける。上の台詞の後、クンデラはこう続ける。  「そして、体の部分が大きくなったり、再び小さくなったりし始めて、テレザとまったく似つかないようになっても、まだ自分自身なのだろうか。まだテレザは存在するのだろうか?」 (『存在の耐えられない軽さ』第4章「心と体」より

何度も読み返したい世界の短編小説たち

何度も読み返したい世界の短編小説たち

 これから挙げる作品のリストには、偏りがあることをあらかじめ認めざるを得ない。このリストにはチェーホフもなければ、ヘミングウェイも宮沢賢治もいない。タイトルにあるように、これらの作品群は、現時点の私の個人的な参照点であるとともに、行き詰まったときに道を照らしてくれるガイドのような作品たちなのだ。泣く泣くこのリストから切り落とした作品もいくつかある。ラープチャルーンサップ「観光」、小島信夫「アメリカン・スクール」、芥川龍之介や残雪、テッド・チャンの諸作品など、深い感銘を覚えたも

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『存在の耐えられない軽さ 』ミラン・クンデラ著。 モテ男の話ではあるが、モテたことのない僕が読んでも感動してしまうのである。政治的激動を背景としていることだけが、その凄さの理由ではないぞ。

『存在の耐えられない軽さ 』ミラン・クンデラ著。 モテ男の話ではあるが、モテたことのない僕が読んでも感動してしまうのである。政治的激動を背景としていることだけが、その凄さの理由ではないぞ。

『存在の耐えられない軽さ 』集英社文庫 1998/11/20 ミラン・クンデラ (著), 千野 栄一 (翻訳) Amazon内容紹介 「本書はチェコ出身の現代ヨーロッパ最大の作家ミラン・クンデラが、パリ亡命時代に発表、たちまち全世界を興奮の渦に巻き込んだ、衝撃的傑作。「プラハの春」とその凋落の時代を背景に、ドン・ファンで優秀な外科医トマーシュと田舎娘テレザ、奔放な画家サビナが辿る、愛の悲劇―。たった一回限りの人生の、かぎりない軽さは、本当に耐えがたいのだろうか?甘美にして

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世界文学とは何か

世界文学とは何か

 世界文学=大きな(超国民的な)コンテクスト  小説家ミラン・クンデラは『カーテン』において、次のように語っている。  ある芸術作品を位置づけることができる、二つの基本的なコンテクストがある。自国民の歴史(これを小さなコンテクストと呼ぼう)か、その芸術の超国民的な歴史(これを大きなコンテクストと呼ぼう)かの、どちらかだ。  「世界文学」とは、この「大きなコンテクスト」に位置づけられる文学作品の一群を指す。作品の重要度は如何なる文脈(コンテクスト)において眺めるかによって

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