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2023年を読書でふりかえり

すっかり遅くなりましたが2023年を読書でふりかえり。去年は大当たりで、面白い本とたくさん出会えた1年でした。noteに感想を書けなかった本の中から特に印象に残った何冊かをご紹介。


ジャック・ロンドン 『マーティン・イーデン』

直立できる分厚さ。指の置き場がないくらい紙の端っこまでビッチリと文字で埋まったページ。これは読むのに時間がかかりそうだなあと、おっかなびっくり手に取ったのですが、なんのその。面白すぎて止まりません。一冊の本を読み切れるかどうかって、分厚さや物語の長さにはよらないものですね。

ジャック・ロンドンの自伝的小説と言われている本作。粗野な主人公マーティンが、上流階級の女性ルースと出会ったことから文学に目覚めて行く様子が描かれます。

ロンドンの自伝的小説なのだから、そのうち小説が大当たりするのだろうと予想しながら読むのですが、マーティンはなかなか出世しません。しかし貧困も肉体労働も苦にせず、全てを吸収し、恐ろしいほどの気迫と体力で物語を書き続けます。そのエネルギーに圧倒されるこの心地良さ!こんなに何かに打ち込める能力って羨ましいなと思います。

その一方、マーティンに定職に就いてほしいと願うルース。小説家で身を立てる!なんて言われても無理だと信じきっている彼女の気持ちも痛いほどわかるのです。

この2人の惹かれ合う気持ち、そしてどうしようもなく根底からすれ違っている想いや価値観が読み手にはとんでもなく面白く、どちらの意見にも頷きながら、どうにもならない人間の性に唸ります。

前半から中盤へと続くマーティンが成功するまでの必死の形相にも引きつけられますが後半、彼の作品が日の目を見てからの一転した展開にも目が離せません。これがまた輪をかけてヒリヒリとしていてあまりにも、リアル。中だるみすることなく最後まで彼と物語に圧倒され魅了されました。

振り返ってみると良くあるストーリーとも言えるのですが、上手い人が書くと決してクリシェに陥らず手垢のついた物語にもなりません。
登場人物たちそれぞれの気持ちに手触りがあるような、身近に、そこにいるかのように感じられる筆力が圧巻でした。長編でしか味わえない、長い時間をかけて作品の世界に浸る没入感、忘我の境地を求めている方に、おすすめです。


マヌエル・プイグ 『このページを読む者に永遠の呪いあれ』

ニューヨークを舞台に、アルゼンチン人の老人と彼の世話をする青年の会話だけで綴られる物語。全編を通して2人の会話がただただ延々と続くだけなのですが、これが堪らなく面白いのです。

昔の喋くり漫才のようであり、ダブルボケの笑い飯のようでありながら、そこに文学を足した独特の外した笑いにハマりました。間の取り方や力の抜き方がうまくて、絶妙な笑いに転じるんですよね。プイグは会話を書かせたら超一級!本から声が聞こえて来ます。

会話文だけで書かれているので、登場人物2人の背景や物語の前後は一切説明されません。どうして彼らがここにいるのかも初めはわかりません。読者は推理小説を読むように、ページをめくりながら2人の関係を予測しなくてはなりません。
2人は嘘もつくし冗談も言う。ときどき夢か現かわからないところもあって、煙に巻かれてしまう。しかしこの分からなさが魅力なのです。こんなに信頼できない語り手がいたのか!と度肝を抜かれる快作、怪作です。

もともとは映画制作を目指していたというマヌエル・プイグ。映画の道に挫折し作家を目指すものの、どうしても地の文が書けない。そこでたどり着いたのが地の文を省いた、会話や手紙や報告書のみで物語を構成するという彼独自のスタイルだったと言います。

できないことがあるから克服するのではなくて、できないことはキッパリとやらないことで新しい文学を生み出した、彼の生き方にも憧れます。
映画が好きな人には同著者の『蜘蛛女のキス』もおすすめです。こちらも会話文だけで書かれた物語なのですが、主人公の語る映画の様子が堪らなく魅了的です。


ミラン・クンデラ 『邂逅: クンデラ文学・芸術論集』

立ち読みで手に取ったフランシス・ベーコンの作品についての解説部分と、第1章の書評に惹かれすぐに購入しました。買ってよかった大満足の一冊です。

ポイントを絞り自身の経験を交えて持論を展開する論理の筋が明確かつ独自性があり、本から音楽に至るまでよくこんなに語れるなあ、と惚れ惚れします。読んでいるだけでこちらも背伸びをして頭が良くなった気分になります。

”冗談”、”忘却”、”キッチュ”などクンデラの文学を読む上で重要なキーワードにも触れられていて筆者のファンとしては大変興味深い一冊です。

本書で語られるのは私の知らない芸術家ばかり。歴史にも疎いため、正直分からないところも多いのですが、要所要所にピカッと頭に知的なライトを灯してくれるような一節があって病みつきになります。
世の中には芸術に対してこんなにも真摯に向き合っている人がいるのかと知ると、地球も悪くないかも知れないと思えます。知的好奇心と創造性を刺激されたい方におすすめです。


ヴィクトール・E・フランクル 『夜と霧』

鍛えられた知性とは、精神だけでなく肉体を含め、これほどまでに一人の人間という存在を全方位的に強くするものなのかと圧倒されました。

特に衝撃を受けたのは、「人生に対して生きる意味を問うのではなく、人生の方が私に対してどう生きるのかを問いかけているんだ」という生に対するコペルニクス的転回です。私は今まで人生に対して傲慢だったかも知れません。

それぞれの人間の、あらゆる人生の局面の、その絶対的な唯一性に、意義と希望を感じました。著者の経験と強い知性がダイレクトに伝わってくる、名著です。


レイモンド・カーヴァー 『Carver's dozen  レイモンドカーヴァー傑作選』

短編小説ってこんなに面白くて、ドラマチックで、映画のようで、感情を揺さぶられ、引き込まれる、深い世界と人間を描けるものだったんだ!とノックアウト。

羨ましくなるくらい、嫉妬してしまうくらい、とにかく本当に、すごく美しい一冊でした。



駆け足になりましたが、去年はこの5冊が特によかったです。
面白い本があれば、何はともあれ楽しくて、それは本当に幸せなことだと思います。

今年もたくさん面白い本と出会えますように!



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