20230712

 ミラン・クンデラが亡くなった。九十四歳だった。ほぼ一世紀を生きたということにまず驚くと同時に、彼がこの世界から遂に去ってしまったことを寂しく思う。彼のデビュー作である短編集『可笑しな愛』(西永良成訳、集英社文庫)を読んで大変感銘を受けた。そのことについて、思い出しながら先日、わたし自身の初短編集『月に鳴く』(破滅派)のあとがきに書き添えたばかりだった。有名な『存在の耐えられない軽さ』は、わたしが今まで読んだ恋愛小説では最高傑作だと思っている。彼はチェコ出身で、プラハの春でも積極的に政治参加し発禁処分にまでなっている。そのため、フランスに晩年まで滞在し執筆もフランス語で行っていた。最近は言語について考えることが多く、クンデラが母国語から仏語へと変遷したキャリア形成は大きいだろう。わたしが驚いたことも、彼は母国語で発刊した『可笑しな愛』をフランス語に自ら翻訳し直して改めて発表した、そのこだわりの部分にある。思えば、ベケットもフランス語で書いているし、村上春樹も英語で書いたものを翻訳し直している。他言語との横断は言語芸術にとって大きな意味を持っているのではないか。

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