記事一覧
「この世で一番嫌っていたものになってしまった」というギフト
わたしがこの世で一番忌み嫌い、
絶対に自分はなりたくない、と思っていたもの、
それが心の病でした。
その理由は、子どもの頃に父がそうであったから。
家の中でどんよりし、
仕事を休み、
なにも語らず、
不可解な行動をし、
ゴロゴロ寝ている父がとても嫌いだった。
「弱い」「情けない」「働け」と
心の中で何度悪態をついて
イライラしていたかわかりません。
その「嫌い」は、
親として子どもの自分を
「父の日に感謝できない私って冷たい?」と自分を疑った時に大事にしたいもの
「父の日が来るとなんだか居心地がわるい」
そういう方もいるでしょう。
「みんなと同じように父親に感謝ができない私って、なんか欠けてるのかな」
「プレゼントとかイベントもしたくないからしてないけど、
それはそれで罪悪感がある」
「一応プレゼントは送ってるけど、形だけな気がする」
いろんな思いがあるのも当然。
だって、
家庭環境なんて100人いたら100通り。
みんながみんな、
なんの抵抗
過去世に力を明け渡さないために(前世療法の方向性)
前世療法を受けられる方の中には
前世占いや
前世リーディングを体験されたことのある方も
割といらっしゃって、
「あなたのお母さんは前世であなたの子どもだった。
だから今世でもあなたと親子逆転のような現象になるのは仕方ない、
と言われた」
とか
「あなたは前世でも今の家族と家族だった。
その時あなたがひどい仕打ちをしたから
今世ではひどい仕打ちを返されている、
と言われた」
とか
教えてく
会食恐怖症と安心の場(「作りたい女と食べたい女」ドラマから)
NHKプラスで見ていた
ドラマ「作りたい女と食べたい女」。
あらすじは省略しますが
登場人物がみんな自分の人生にちゃんと向き合い
相手のこともありのまま尊重しつつ
思いを素直に表現しあう関係性が心地よくて
いいドラマだったなあ。
主人公のふたり
「作りたい女」と「食べたい女」
のお隣さんに
会食恐怖症の南雲さんという女性が登場したのが
今シーズン。
会食恐怖症は
「誰かと一緒に(人前で)食事
子どもらしく過ごす時間ってなんなんだろうねって話(ヤングケアラー支援について)
ヤングケアラーに関する記事でこんなの見つけました。
「ヤングケアラーが
子どもらしく過ごせるキャンプなどのイベントを企画」
大人の介護者が、
被介護者から少し離れて息抜きする、
こういうイベントがあるのは知ってる。
限られた予算のなかで
なにかをやることは
なにもやらなかったり
無関心であることよりずっといい。
「1日もないより、1日だけでも
子どもらしい時間を過ごしてほしい」
という意図
みんな「影の袋」を引きずって生きている
ジョーン・ボリセンコさんの
『自己変容の炎』を10年ぶりくらいに読み返しました。
当時、印象に残っていたのが
「影の袋」という表現。
「影」はユングのいうシャドウ、
つまり自分の中の、
受け入れていない一部分。
悲しみや怒り、喜び、
ほんとうはこうしたかったのに、という欲求など
自分の存在の「全体」にとって欠かせない部分なのに
縁を切ってしまったもの。
それらを放り込んだ部分を
詩人のロバ
光國本店さんの夏蜜柑菓子にエナジーをもらう
「行けなくならないうちに、帰っておきたい」
高齢で闘病中の母がそういうので
先日、
母の実家がある山口へ
母・わたしの夫・わたしの3人で
行ってまいりました。
行けてよかった。
母は母なりに、
わたしはわたしなりに、
夫も夫なりに
それぞれそう思えたありがたい滞在でした。
さてそれで。
縁ある親戚たちとのありがたい交流は
またいずれ書くとして
伯父伯母からいただいたお土産、
光國本
行って帰ってくるのか、こないのか(『君たちはどう生きるか』若干ネタバレ感想)
「君たちはどう生きるか」を
ひとりで観に行ってきた帰り、
これは夫と(じゃなくても誰かと)一緒に観に行けばよかったな、
と思いました。
なぜなら、
心が映像と音楽に持っていかれすぎて
帰り道ずっと
映画の世界に居続けたままみたいな気分だったから。
親しい誰かと話しながら帰ったら、
もう少し現実に戻ってきやすかったな、と。
本当に個人的な感想ですが
この話は
「行って帰ってきた人と