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読書のお部屋

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かとりせんこう

かとりせんこう

暑い季節がやってきた。ウサギは部屋の隅に置かれた箱を引っ張り出すと、浮世絵の団扇を取り出しそっと眺めた。
「これで少しは涼しくなるかしら」

彼女は箱の底に埋もれていた蚊遣豚に気づいた。ふと手に取って眺めていると、彼女の視線は小さな本棚に向かった。

細い指先が本の背表紙を一冊ずつ優しくなぞり、ある一冊の本に止まった。そっとその本を取り出し、窓辺の椅子に静かに腰を下ろすと、ゆっくりとページをめくり

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オオカミのごちそう

オオカミのごちそう

ラジオ局の仕事を終え帰宅したウサギは、ソファーに身を投げ出し、深く息を吐いた。
お腹は空いていたけれど、取っておきのクッキーは、あとで食べることにした。

彼女はゆっくりと立ち上がると、小さな本棚の前に立った。じっと背表紙を眺めてから、一冊の絵本を手に取った。それは、「オオカミのごちそう」という絵本だった。

物語の中で、オオカミはコブタと出会った。コブタの愛らしい姿がオオカミの心に深く刻まれ、そ

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熱い心にかき氷を

熱い心にかき氷を

ベランダに独り佇むウサギは、静かに空を見上げていた。淡い雲がゆっくりと流れ、雨を降らせるのか、それとも静かに消えていくのか、迷っているかのようだった。
「今日は七夕ね。天の川は見えるのかな」

部屋に戻り小さな本棚の前に立つと、一冊の絵本で指を止めた。彼女は窓辺に腰を下ろすと、ゆっくりとページをめくり始めた。

「天女と人間って、本来は結ばれる運命じゃないのに、うしかいは織姫を妻にしちゃうんだから

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おさらを あらわなかった おじさん

おさらを あらわなかった おじさん

雨がしとしとと降り続いていた。ウサギは窓辺に腰を掛け、雨音にそっと耳を傾ける。灰色の雲は、降り続く雨にもかかわらず、一向に薄れる気配がない。彼女はぼんやりと外の景色を見つめながら、心の奥に潜む感情を静かに抱きしめていた。

彼女はふと何かを思い出したように、本棚に手を伸ばし、一冊の本を取り出した。「雨の日に読むのはこの本ね」その本の表紙には、目を閉じて椅子に座ったおじさんの姿が描かれていた。

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おじさんのかさ

おじさんのかさ

朝から雨が降っている。ウサギは窓の外を見つめ、小さくため息をついた。「雨の日が嫌いってわけじゃないんだけどね」灰色に煙った外の景色は、いつもより少し寂しく見えた。

「こんな日には、あの絵本が読みたいわ」
彼女は窓から離れて、小さな本棚の前に立った。揺れる瞳で背表紙をなぞると、その中から一冊の絵本を取り出した。そして窓辺に腰を下ろすと、柔らかい雨音を聴きながら、ゆっくりとページをめくり始めた。

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ものぐさトミー

ものぐさトミー

「おはようございます。ウサギのティースプーンのお時間です」小さなラジオブースの中で、ウサギはいつものように元気な声で番組を始めた。その日はリスナーからの質問に答えるコーナーが用意されていた。

「次の質問は、ラジオネーム『図書館大好きなカメさん』からです。『もし、こういうものがあったら欲しい、というものがあったら教えてください』という質問をいただきました」ウサギはリスナーに向けて話し始めた。

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つきのぼうや

つきのぼうや

その夜、ウサギはベランダに立ち、そっと夜空を見上げた。そこには細く優雅な三日月がぽつんと輝いていた。彼女はどこか寂しげに微笑んだ。街明かりが強すぎて、星の姿はほとんど見えない。月だけがひとり夜空に取り残されたように見えた。

「こんな夜には、あの本が読みたいわ」彼女はそう呟くと部屋の中に戻った。小さな本棚の前に立ち、揺れる瞳で背表紙をなぞると、その中から一冊の絵本を取り出した。

窓辺に腰をおろし

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わゴムは どのくらい のびるかしら?

わゴムは どのくらい のびるかしら?

きのうの夜、図書館でその本を読んでいたカメくんが私に言ったの、「輪ゴムってどれくらい伸びると思う?」って。そう聞かれた時、私は何も考えずに答えてしまった。「そうね、20センチくらいじゃないかしら?」と。

その時よ、自分がつまらない大人になってしまったのではないかと思ったのは。だから、その本を受け取り一人で図書館を後にした。少し混乱していた私は、直ぐにはその本を読めなかったわ。

朝が来て、読み始

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もっと おおきな たいほうを

もっと おおきな たいほうを

ウサギはラジオの仕事を終えると、急ぎ足で駅へ向かった。飛び乗った電車の窓からは、夕暮れの景色が、心地よいリズムを刻んで流れていく。やがて小さな駅に到着すると、彼女は静かに図書館へと足を向けた。

閉館間近で慌ただしい窓口を通り過ぎ、児童書コーナーに向かうと、求めていた本を探し始めた。彼女が手にしたのは、二見正直さんの「もっと おおきな たいほうを」という絵本だった。閲覧席に腰を下ろすと、最初のペー

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よかったね ネッドくん

よかったね ネッドくん

その日、カメが図書館の静けさの中で本の海に潜っていると、肩を落としてトボトボと歩くウサギが現れた。彼女の表情は曇りガラスのように霞がかかっており、どこか彼女の不運を物語っていた。

彼女は細い身体を、力なく閲覧席の椅子にあずけると、小さな声で話し始めた。「長い列に並んだのに、買いたかったスイーツが目の前で売り切れてしまったの。私はこの星の中で一番の不幸な人なの」

カメはそんな彼女に、「ウサギさん

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あの時の日記帳

あの時の日記帳

その日、カメは部屋の本棚から一冊の日記帳を取り出した。ページをめくると、あの時の記憶が鮮やかに蘇ってくる。

今日、図書館で返却作業をしていたら一冊の絵本に出会った。表紙には砂漠を横切る孤独な道と、その道をひたすら歩く旅人の姿があった。一旦ページをめくり始めると、その指は途中で止まることはなかった。

その旅人はバスを待っていた。馬に乗った人が通り過ぎても、自転車に乗った人が通り過ぎてもバスは来な

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1つぶのおこめ

1つぶのおこめ

その日、図書館に辿り着いたウサギは、窓際の閲覧席でページをめくっていたカメのもとへ急いだ。彼女は静かにカメに問いかけた。「心を澄ませるような本が読みたいんだけど」カメは一瞬考えをめぐらせた後、彼女の意図を尋ねることなく、黙って手元の絵本を差し出した。

絵本を受け取ったウサギは、彼の隣にふわりと腰をおろすと、ページをぱらりと開いた。そして魔法に掛かったように、夢中でページをめくり続けた。最後のペー

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ふしぎなたけのこ

ふしぎなたけのこ

その日、ウサギは駅へと続くいつもの道を軽やかに歩いていた。道の両側には若葉がきらめく木々が立ち並び、風が穏やかに吹いていた。彼女はその風に長い髪を揺らしながら、こんもりと繁る竹林に差し掛かった。

ウサギはふと足を止めて、竹林を見つめた。彼女の目の前のたけのこは、数日前に見た時よりもずっと大きくなっていた。「こんなに早く大きくなるものだったかしら?」と彼女は心の中で問いかけた。その小さな疑問は、静

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協力か それとも犠牲か

協力か それとも犠牲か

その日、ウサギとカメはロードバイクに乗って名栗湖周辺を疾走していた。カメは前を走りながら、時折振り返ってウサギの様子を確認した。彼女は遅れることなく、しっかりとカメの後ろをついてきていた。風の抵抗を少なくするために、二人は20センチの間隔を保ちながら、先頭を交代しながら走っていた。

「近藤史恵さんの『サクリファイス』を読んでいたら、久しぶりにロードバイクに乗りたくなったの」と、誘ったのはウサギだ

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