ももいろのきりん
その朝、目を覚ましたウサギは、ふと耳を澄ませた。外から聞こえてくる車の音が、水たまりを跳ねる音と溶け合っている。彼女にはすぐにわかった。今朝は、しとしとと雨が降っているのだと。
ウサギは小さく背伸びをしながら、そっとカーテンを開けた。空からまっすぐに降り注ぐ雨粒をじっと見つめていると、小さな吐息が窓を曇らせた。
「雨が降ると、思い出す本があるのよね」
ウサギは小さな本棚に目を向けた。
「こんな雨の日は、物語の世界にいくのも悪くないわね…」そう呟くと、一冊の本をそっと手に取った。
「もし『るるこ』みたいに、お母さんから大きな桃色の紙を渡されたら、きっと私も嬉しくなっちゃうわ。白が一番好きだけど、桃色も二番目に好きな色だから」ウサギは吸い込まれるように物語の中へ飛び込んでいった。
「るるこは桃色の紙に大きなキリンを描くけれど、私もそのキリンの背中に乗って、風みたいに駆け抜けてみたいな」
「待って!キリンの『キリカ』がそんなに速く走れるなら競争したくなっちゃう。絶対に負けないんだから…」
ウサギはふと窓ガラスを静かに伝う雨を見つめた。その向こう、人影の少ない街には、雨音だけがしっとりと溶け込んでいた。
「足が速いキリカだけど、こんな雨の日に、色が落ちちゃうのは困るわね。だって、私のところには、大きなクレヨンの木なんてないんだから…」
「るるこが色を塗ってあげたお礼に、動物たちは魔法の紙を手渡してくれるの」
そのページに差しかかったところで、ウサギはふと手を止めた。
彼女の心の中に、静かに、それでいて色彩に満ちた幻想がふわりと膨らみ始める。その瞬間、現実と空想の境界が溶けあった。
「もし、描いたものがすべて本物になるのなら…私なら、何を描くだろう?」そんな問いかけに、胸の中で小さな魔法が広がった。
「暖かいセーターも欲しいし…赤い車にも乗ってみたい…それから、あれも…」
ウサギは小さな紙の上に、思いつくままを描き始めた。雨音に合わせるように、ペンを軽やかに走らせながら。
<ももいろのきりん>
中川李枝子・さく/中川宗弥・え/福音館書店