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泡のエトランゼ

『キノの旅』は私を底なしの沼に引きずり込んだ。
 
一年に一冊しか刊行されないイケズなノベルは、私の溌剌した渇望を路頭に迷わせる。飽和状態のティーンエイジャーが旅路の末辿り着いてしまったのが…とある放送部の大会だった。
 
「High School Radio Grand Prix」通称「ハレグラ」各部門で最終審査に進んだ8組の作品はラジオ局にて放送され『創作ラジオドラマ部門』最優秀作品はプロの声優が再朗読してパッケージ化してくれるという中々力が入った大会だった。
 
高3の夏休み、私たちは優勝する気でいた。部長高橋の卓越したミキシング能力と、副部長私の圧倒的な文才(自称)があれば、控えめに言っても最終審査まで勝ち残るのは容易い筈だ。
 
10分にも満たない小作品を作り、私たちは意気揚々と提出した。タイトルは「学生の国」女子高生の『わたし』と喋る自転車の青春物語だ。…『キノの旅』のオマージュ、悪く言えばパクリである。当時の私は自分の文才に酔い、完全オリジナル作品を創作した気でいた。
 
結果どうなったかというと…最終審査まで勝ち進んでしまった。公共ホールを貸し切っての最終審査会だ。私たちは初めての大舞台に緊張していた。勝ち残った作品を高価な音響設備で流し、審査員が審査するだけで、当日私たちがすることは何もない。
 
勿体つけず、その最終審査の結果を言うと…3位だった。誰も『キノの旅』を読んでなかったのだろう。物語や設定の独創性、編集能力を誉められた。ちょっぴり悔しい結果だが、放送部の歴史に則ると快挙だ。素直に喜ぶことにした。
 
優勝したのは放送部でも何でもない、一人の男子高校生の小作品だった。実はこの大会への応募条件は高校生であることだけで、放送部である必要はない。でも実質勝ち残るのは経験があり環境の調った放送部だけなので、彼の優勝は大会の歴史に残る快挙だった。
 
彼の作品のタイトルは『泡(あぶく)のエトランゼ』一人の男性(彼)がスパゲティを調理しながら自問自答を続けるだけの小作品だ。当時の私は彼の描く知己に富んだ文学性に激しいジェラシーを感じた。私に描くことが出来ない大人な文学という印象で、彼にたいして…正直に言うと、嫉妬と思慕を同時に感じたのだ。
 
更に諸々の結果を言うと、私は今日からの二年間、彼と友達以上恋人未満という曖昧な関係を積み上げ、酷い別れを経験することになる。幼い私が『キノの旅』さえ読んでいなければ…時々考える。
 
『あなたのその悲しみは やがてあなたになる』
 
その度にキノの言葉を思い出す。
 
『こういうこともあるさ。ボクらは、人間なんだ』


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