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オリエント美術の世界 〜ローマ帝国と鉱物〜

現代の私たちの生活の中で欠かすことのできない鉱物。普段は気づかないところで、鉱物は意外にも大活躍している。そして、それはローマ帝国の時代からすでに同様だった。ローマ帝国では多種多様な鉱物が採掘され、利用されてきた。今回は資料として記録が残されている鉱物の一部を紹介していく。


ブルガリアのマダンで産出した方鉛鉱。鉛が採れる鉱石で、少量だが銀も混じっている。ローマ帝国ではこの鉱石から鉛を採り、水道管の材料として用いた。だが、鉛は中毒性があり、精神異常をもたらすケースもある。一説によれば、ローマ帝国の皇帝たちが急変するのは、この鉛中毒による精神異常が原因だったのではないかと言われている。カリグラなどがその例として挙げられるが、彼は熱病に犯された後に性格が激変したと記されていることから、菌性あるいはウィルス性の熱病で脳に障害が出たと思われる。また、ネロも狂気の皇帝として知られるが、彼の場合は母親の過度な干渉が性格異常の発端と思われる。

ポルトガルにて、ローマ時代の水道橋


イタリアのカッラーラで産出した大理石。古代ローマ彫刻の材質として利用された美しい白色の大理石だ。大理石と一口に言っても、種類は多数存在し、黄色味を帯びたものなども存在する。ローマではこうした綺麗な白い大理石が数多く採れたため、大理石彫刻も数多く遺された。ローマ人はギリシア彫刻を模倣することが多かったが、ギリシア人のオリジナル彫刻は青銅でできていた。ギリシア彫刻はロストワックス技法で製作された青銅彫刻だが、現存するものは数少ない。当時、青銅は非常に高価だったため、ローマ人は比較的安価な大理石を利用して模倣した。ローマ彫刻は大抵の場合、貴族階級の邸宅に置かれた。権力の象徴として特に貴族層に好まれた。彫像の題材は、注文者の先祖やローマの神々だった。古代ローマでは先祖崇拝が盛んだったため、貴族たちは先祖の肖像を好んでオーダーした。また、ユピテルやユノー、ミネルウァのようなローマの神々も彫像の題材として好まれた。

大英博物館にて、美と愛の女神ウェヌスの彫像


ソロモン王の石と呼ばれるエイラットストーン。マラカイト、アズライト、ターコイズ、クリソコーラ、ダイオプテーズ等が混在した石で銅が精製できる。旧約聖書の「第1列王記 9:26」でその存在が確認できる。エイラットはイスラエルで唯一の金属鉱山で、前950年頃にはすでに採掘されていた。イスラエルはかつてのローマ帝国領で、後に皇帝に君臨するウェスパシアヌとティトゥス親子によって制圧された。ウェスパシアヌスがユダヤを制圧した際に記念として発行したコインが遺されている。この時、抵抗したユダヤ人らが要塞として利用していたエルサレム神殿は跡形もなく破壊された。現在では遺った壁の一部が「嘆きの壁」としてユダヤ人たちの聖地とされている。

ウェスパシアヌスが発行したユダヤ制圧記念貨


不気味な色合いを持つブラッドストーン。この石はイエス・キリストの逸話の中で登場することで知られる。伝承によれば、磔刑となったイエスの死を確認するため、ローマ軍の百人隊長ロンギヌスがイエスの左脇腹を槍で刺したという。その際、イエスから吹き出した血は、ロンギヌスの顔にかかった。すると、白内障を患っていた老兵ロンギヌスの目が一瞬にして治癒したという。そして、大地に落ちたイエスの血からは聖なる石が生まれ、これがブラッドストーンだったと言われている。

イエスの処刑を許可したポンティウス・ピラトゥスが発行したプルタ銅貨


イタリアのトスカーナ地方フィレンツェで採掘されたパエジナストーン。廃墟大理石とも呼ばれる。その名の通り、偶然できた模様が廃墟や荒野の丘に見えるからである。昔の人はこの模様ができる仕組みがわからなかったため、かなり不思議に思っていたようだ。ヨーロッパの貴族たちは、額に入れて飾っていたという。

イタリアにて、現在のフィレンツェの街並


セプタリアンと呼ばれる石。ポーランド産の非常に希少度が高いタイプである。ポーランドもローマ帝国の支配下にあった。この石は亀の甲羅のような亀裂が入った石で、亀裂の中には方解石が詰まっている。セプタリアンという名前もローマ帝国の公用語だったラテン語に由来する。当時、ポーランドが位置した地域は、ローマ帝国のゲルマニア属州に区分されていた。ローマ人は、ゲルマニア地方の民族のゲリラ攻撃に苦しみ、この地を制圧するのには長い歳月を費やした。ゲルマニアとの戦争で有名な将軍といえば、アウグストゥスの次期皇帝候補の一人だったゲルマニクス ・カエサルだろう。ゲルマニクスとは「ゲルマニア征服者」の意で、その功績から与えられた名である。ゲルマニクスは人柄が良く、優秀な軍人として人気が高かったが、遠征中にマラリアで急死する。しかし、この急死をゲルマニクスの家族は暗殺と疑った。そのため、ゲルマニクスの死の直前に激しい口論をしていたシリア属州総督のピソという人物は暗殺犯として冤罪をかけられ、自死を余儀なくされたという。

カリグラが発行したゲルマニスの凱旋式の様子を表したデュポンディウス黄銅貨


ローマ帝国のヒスパニア属州(現在のスペイン)で産出した辰砂。水銀を含む危険な石だが、朱色の顔料が採れる。古代ローマでは壁画の絵具に利用されていた。ポンペイにある「ディオニュソスの秘儀」の様子を描いた貴族宅の壁画がそのいい例だろう。中国では不死薬と信じられ、秦の始皇帝が服用していた記録が残っている。

「ディオニュソスの秘儀」の様子を表した貴族宅の内装画


『博物誌』を著したプリニウスの記録など、当時のローマ人も鉱物には強い関心を寄せていたようだ。また、彼らは石にまじない的な効力を期待していたことも読み取れる。その名残は現在でも残っており、いわゆるパワーストーンと呼ばれるものである。人間は太古より石に興味持ち、その見栄えから神秘的な力を期待していた。今も昔も変わらず、人間は石が好きで、科学的根拠がないとわかっている現在でも、どこかご利益を期待して身につけたりする。科学では証明できない潜在的な安堵感が石にはどこかあるのだろう。


*掲載画像は全て筆者撮影


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