三宅 流

映画監督。ドキュメンタリーを中心に製作。日々感じたこと、プロジェクト、映画の感想、勉強…

三宅 流

映画監督。ドキュメンタリーを中心に製作。日々感じたこと、プロジェクト、映画の感想、勉強についてなどを書いていきます。 公式ページ https://www.kukkyofilms.com/

記事一覧

NDT プレミアム・ジャパン・ツアー2024

NDT プレミアム・ジャパン・ツアー2024を愛知芸術劇場で観てきた。60年以上前に革新的な表現を求めて結成されたカンパニーが、そのスピリットを持ち続け、今の時代にもなお…

三宅 流
9日前
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『沖縄久高島のイザイホー』

先日、紀伊國屋ホールで『沖縄久高島のイザイホー』(岡田一男監督)を観てきた。12年に一度行われてきた祭礼「イザイホー」のひとつひとつの要素が丹念に記録され、また祭…

三宅 流
2か月前
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『読書 本を読む女』 (演出:勅使川原三郎 出演:佐東利穂子)

アップデイトダンスNo.102『読書 本を読む女』 (演出:勅使川原三郎 出演:佐東利穂子)を観る。 ローベルト・ムージルの長編小説『特性のない男』を読む女性。読書をし…

三宅 流
6か月前
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モーリス・ブランショ『待つこと 忘れること』(平井照敏訳)

モーリス・ブランショ『待つこと 忘れること』ようやく読了。今まで読んだブランショの中でも特に難物で、一日数ページ読むとその日の読解エネルギーを使い果たしてしまう…

三宅 流
10か月前
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日々の哲学〜『言葉の服』(堀畑裕之著)より

『言葉の服』の中に「日々の哲学」という一節がある。「哲学」というと何やら難しいものをイメージしてしまうかもしれない。 しかしここで書かれている「日々の哲学」はも…

三宅 流
1年前
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井筒俊彦『意識と本質』(12)

井筒俊彦の「意識と本質」をただ読むだけではなく、体系的に理解したいという思いで、章ごとに自分なりに概要をまとめてみる、という試み。 【基本的に『意識と本質』(岩…

三宅 流
1年前
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井筒俊彦『意識と本質』(11)

井筒俊彦の「意識と本質」をただ読むだけではなく、体系的に理解したいという思いで、章ごとに自分なりに概要をまとめてみる、という試み。 【基本的に『意識と本質』(岩…

三宅 流
2年前
6

井筒俊彦『意識と本質』(10)

井筒俊彦の「意識と本質」をただ読むだけではなく、体系的に理解したいという思いで、章ごとに自分なりに概要をまとめてみる、という試み。 【基本的に『意識と本質』(岩…

三宅 流
2年前
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井筒俊彦『意識と本質』(9)

井筒俊彦の「意識と本質」をただ読むだけではなく、体系的に理解したいという思いで、章ごとに自分なりに概要をまとめてみる、という試み。 【基本的に『意識と本質』(岩…

三宅 流
2年前
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井筒俊彦『意識と本質』(8)

井筒俊彦の「意識と本質」をただ読むだけではなく、体系的に理解したいという思いで、章ごとに自分なりに概要をまとめてみる、という試み。 【基本的に『意識と本質』(岩…

三宅 流
2年前
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記事掲載のご案内〜File.38 身体をとらえる映画/表現 三宅流さん(映画監督)〜

Arts United Fund(AUF)にコロナ禍の中、活動のご支援を頂きました。そのご縁でインタビューして頂きました。 映画の道を志した若かりし頃から今に至るまでの道など、色々…

三宅 流
3年前
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井筒俊彦『意識と本質』(7)

井筒俊彦の「意識と本質」をただ読むだけではなく、体系的に理解したいという思いで、章ごとに自分なりに概要をまとめてみる、という試み。 【基本的に『意識と本質』(岩…

三宅 流
4年前
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井筒俊彦『意識と本質』(6)

井筒俊彦の「意識と本質」をただ読むだけではなく、体系的に理解したいという思いで、章ごとに自分なりに概要をまとめてみる、という試み。 【基本的に『意識と本質』(岩…

三宅 流
4年前
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井筒俊彦『意識と本質』(5)

井筒俊彦の「意識と本質」をただ読むだけではなく、体系的に理解したいという思いで、章ごとに自分なりに概要をまとめてみる、という試み。 【基本的に『意識と本質』(岩…

三宅 流
4年前
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井筒俊彦『意識と本質』(4)

井筒俊彦の「意識と本質」をただ読むだけではなく、体系的に理解したいという思いで、章ごとに自分なりに概要をまとめてみる、という試み。 【基本的に『意識と本質』(岩…

三宅 流
4年前
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井筒俊彦『意識と本質』(3)

井筒俊彦の「意識と本質」をただ読むだけではなく、体系的に理解したいという思いで、章ごとに自分なりに概要をまとめてみる、という試み。 【基本的に『意識と本質』(岩…

三宅 流
4年前
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NDT プレミアム・ジャパン・ツアー2024

NDT プレミアム・ジャパン・ツアー2024

NDT プレミアム・ジャパン・ツアー2024を愛知芸術劇場で観てきた。60年以上前に革新的な表現を求めて結成されたカンパニーが、そのスピリットを持ち続け、今の時代にもなおイノベーションを継続し続けている姿に強い感動をおぼえた。

中学時代はベルギーで過ごした。妹がバレエをやっていたこともあってバレエやダンス公演を観に行く機会があった。クラシックバレエは苦手だったが、当時キリアン率いるNDTやベジャ

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『沖縄久高島のイザイホー』

『沖縄久高島のイザイホー』

先日、紀伊國屋ホールで『沖縄久高島のイザイホー』(岡田一男監督)を観てきた。12年に一度行われてきた祭礼「イザイホー」のひとつひとつの要素が丹念に記録され、また祭礼の準備から終わりのあとの時間までも描かれていることで生活やコミュニティーとの密接なつながりの中に存在するものとして体感することができた。おそらく綿密なリサーチと周到に練られた準備によってでなければなし得なかったであろう。この映画が撮影さ

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『読書 本を読む女』 (演出:勅使川原三郎 出演:佐東利穂子)

『読書 本を読む女』 (演出:勅使川原三郎 出演:佐東利穂子)

アップデイトダンスNo.102『読書 本を読む女』 (演出:勅使川原三郎 出演:佐東利穂子)を観る。
ローベルト・ムージルの長編小説『特性のない男』を読む女性。読書をしている彼女の姿を観ている私たちは、次第に彼女が読書している時に起きている内的体験の旅、様々におり重なった意識の層の旅を追体験することになる。
テキストの題材としては兄弟の近親相姦とも恋愛とも友情とも判別がつかないような不思議な人間関

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モーリス・ブランショ『待つこと 忘れること』(平井照敏訳)

モーリス・ブランショ『待つこと 忘れること』(平井照敏訳)

モーリス・ブランショ『待つこと 忘れること』ようやく読了。今まで読んだブランショの中でも特に難物で、一日数ページ読むとその日の読解エネルギーを使い果たしてしまう、そんな感じで時間がかかってしまった。読み終えたあとも果たして内容をしっかりとらえることができたのか甚だ疑問だ。
どうにか通読を終えた、というところが正直なところ。
同じセンテンスの中で語られたことが打ち消され、反転し…反転というよりは少し

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日々の哲学〜『言葉の服』(堀畑裕之著)より

日々の哲学〜『言葉の服』(堀畑裕之著)より

『言葉の服』の中に「日々の哲学」という一節がある。「哲学」というと何やら難しいものをイメージしてしまうかもしれない。
しかしここで書かれている「日々の哲学」はもっとささやかなこと、誰にでもできることだ。
日々出会ったこと、心が動いたこと、感じたことを言葉にしてくことだ。「なぁんだ」と思うかもしれない。しかし私たちは案外日々の色々なことをやり過ごして、忘れ去りながら暮らしている。色々なことがただ過ぎ

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井筒俊彦『意識と本質』(12)

井筒俊彦『意識と本質』(12)

井筒俊彦の「意識と本質」をただ読むだけではなく、体系的に理解したいという思いで、章ごとに自分なりに概要をまとめてみる、という試み。
【基本的に『意識と本質』(岩波文庫)の本文を引用しつつ纏めています】

→XI章のまとめはこちら

前章までは、「本質」肯定論の2つ目の類型、深層意識に生起する「元型(アーキタイプ)」イマージュに本質を見出す立場について語られた。
この最終章では、「本質」肯定論の3つ

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井筒俊彦『意識と本質』(11)

井筒俊彦『意識と本質』(11)

井筒俊彦の「意識と本質」をただ読むだけではなく、体系的に理解したいという思いで、章ごとに自分なりに概要をまとめてみる、という試み。
【基本的に『意識と本質』(岩波文庫)の本文を引用しつつ纏めています】

→Ⅹ章のまとめはこちら

前章では、「元型」となる10個の「セフィーロート」について説明した。しかしこの10個の「セフィーロート」はそれぞれ独立して存在しているわけではない。緊密な相互連関を通じて

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井筒俊彦『意識と本質』(10)

井筒俊彦『意識と本質』(10)

井筒俊彦の「意識と本質」をただ読むだけではなく、体系的に理解したいという思いで、章ごとに自分なりに概要をまとめてみる、という試み。
【基本的に『意識と本質』(岩波文庫)の本文を引用しつつ纏めています】

→Ⅸ章のまとめはこちら

言語アラヤ識(深層意識の始点)で形成される意味分節体には即物的なものと非即物的なものの二種類ある。経験的事物性の裏打ちのある即物的意味分節体の大多数は、即物的イマージュを

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井筒俊彦『意識と本質』(9)

井筒俊彦『意識と本質』(9)

井筒俊彦の「意識と本質」をただ読むだけではなく、体系的に理解したいという思いで、章ごとに自分なりに概要をまとめてみる、という試み。
【基本的に『意識と本質』(岩波文庫)の本文を引用しつつ纏めています】

→Ⅷ章のまとめはこちら

個々の事物を個々の事物としてではなく、その「元型」において把握するということは、事物をその存在根源的「本質」において見るということにほかならない。「元型」は「本質」である

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井筒俊彦『意識と本質』(8)

井筒俊彦『意識と本質』(8)

井筒俊彦の「意識と本質」をただ読むだけではなく、体系的に理解したいという思いで、章ごとに自分なりに概要をまとめてみる、という試み。
【基本的に『意識と本質』(岩波文庫)の本文を引用しつつ纏めています】

→Ⅶ章のまとめはこちら

前章では無分節的に、直接無媒介的に事物と対峙し、事物を無「本質」的に見るあり方を、禅を例に触れた。

しかし、この本の本筋は、普遍的「本質」・マーヒーヤを単なる抽象概念で

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記事掲載のご案内〜File.38 身体をとらえる映画/表現 三宅流さん(映画監督)〜

Arts United Fund(AUF)にコロナ禍の中、活動のご支援を頂きました。そのご縁でインタビューして頂きました。

映画の道を志した若かりし頃から今に至るまでの道など、色々と懐かしい話になりました。まだまだ予断を許さない状況ですが、新たにまた一歩踏み出していきたいと思います。聞き手はライターの佐野亨さん。色々と引き出して頂き、自分にとっても発見がありました。

身体表現の実験映画からドキ

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井筒俊彦『意識と本質』(7)

井筒俊彦『意識と本質』(7)

井筒俊彦の「意識と本質」をただ読むだけではなく、体系的に理解したいという思いで、章ごとに自分なりに概要をまとめてみる、という試み。
【基本的に『意識と本質』(岩波文庫)の本文を引用しつつ纏めています】

→Ⅵ章のまとめはこちら

実際の禅の修行の過程は、「悟り」を頂点とした三角形の山の形で表すことができる。(この三角形の底辺の2点ABは経験的世界である。)底辺のAから頂点に向かう一方の線はいわゆる

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井筒俊彦『意識と本質』(6)

井筒俊彦『意識と本質』(6)

井筒俊彦の「意識と本質」をただ読むだけではなく、体系的に理解したいという思いで、章ごとに自分なりに概要をまとめてみる、という試み。
【基本的に『意識と本質』(岩波文庫)の本文を引用しつつ纏めています】

→Ⅴ章のまとめはこちら

禅は、「本質」によって固定された経験的世界を、無に等しい虚像だと捉える。例えば「花」を見る時、「花」を見る我々と、見られる「花」、すなわち主体と客体、意識と対象に分かれる

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井筒俊彦『意識と本質』(5)

井筒俊彦『意識と本質』(5)

井筒俊彦の「意識と本質」をただ読むだけではなく、体系的に理解したいという思いで、章ごとに自分なりに概要をまとめてみる、という試み。
【基本的に『意識と本質』(岩波文庫)の本文を引用しつつ纏めています】

→Ⅳ章のまとめはこちら

この章で井筒は、意識を二つの異なる方向性、垂直方向と水平方向で考えて論を進める。
まずは垂直的、縦の深まりの方向として意識に表層・深層という二層構造を想定した上で、深層意

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井筒俊彦『意識と本質』(4)

井筒俊彦『意識と本質』(4)

井筒俊彦の「意識と本質」をただ読むだけではなく、体系的に理解したいという思いで、章ごとに自分なりに概要をまとめてみる、という試み。
【基本的に『意識と本質』(岩波文庫)の本文を引用しつつ纏めています】

→Ⅲ章のまとめはこちら

〜井筒俊彦「意識と本質」Ⅳ章〜

前の第三章では、井筒は普遍的「本質」である「マーヒーヤ」が単なる抽象概念ではなく、実在するものとしてとらえる三つの類型に分けた。ここでは

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井筒俊彦『意識と本質』(3)

井筒俊彦『意識と本質』(3)

井筒俊彦の「意識と本質」をただ読むだけではなく、体系的に理解したいという思いで、章ごとに自分なりに概要をまとめてみる、という試み。
【基本的に『意識と本質』(岩波文庫)の本文を引用しつつ纏めています】

→Ⅱ章のまとめはこちら

〜井筒俊彦「意識と本質」Ⅲ章〜

井筒は「本質」という言葉を、西洋中世のスコラ哲学の術語(quidditas)に対応するものとして使いつつ、その意味を可能な限界まで拡張さ

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