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エッセイ他

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長めの詩と、物語と、ポエムの延長線上にあるエッセイと。
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#ポエム

【詩】愛されて

【詩】愛されて

それが愛だと言うのなら
愛とは致死の毒でしょう

僕のためを思ってと
届けてくれた言葉なら
どうかもう見放して

わかってるよ
わかってたってできないんだ
愛されて育ったあの子みたいに
上手に笑いかけられないよ

愛に恵まれて育った子
優しく愛情深い親
……という役名
あなたの中では真実なのかな

仮面の裏では飢えているよ
都合が良いときの優しさじゃなくて
媚びるための笑顔じゃなくて
いつも変わら

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僕は土になりたい

僕は土になりたい

 生命の循環する土に還りたい。

 そして何か美しいものを育みたい。

 僕に根を下ろして善いものを吸い尽くし、輝かしい花を咲かせてほしい。

 僕が花になることはできない。代わりに光を蓄える。朽ちて大地を豊かにできるように。

 土壌になるために書いている。

 自分で自分を耕して、掘り起こし、混ぜ返し。

 死んで腐った僕の残骸から、あなたの根が養分を探し当てられるように。

 まだ足りない。

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喪失をこれ以上知りたくない

喪失をこれ以上知りたくない

 ずっとペットロスを拗らせていた。今ではマシになったと言えるものの、乗り越えたと言えるようなものではない。死者の思い出を笑って話せる日が来るとはなかなか想像できない。

 ずっとずっと悲嘆している。人格の形成過程で悲嘆を中核に取り込んでしまった。

 八歳の時、三歳の頃から一緒に育った犬が目の前で野犬に噛まれ、手術も虚しく数日後に死んだ。次に来た犬は家の前に撒かれていた毒餌を食べて死んだ。生後一年

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仲間にしか伝わらない

仲間にしか伝わらない

 抗議の言葉は本当に伝えたい相手には伝わらない。

 変わってほしい相手は変わりたいと願っていない。変わらないために耳を塞ぎ、あなたの口を塞ぐ。

 あなたは鏡を掲げて相手の醜い部分を見せようとしている。だが相手の防衛本能が像を歪める。鏡を見ない理由も、醜さを美しさに変換する論理も、いくらでもひねり出すことができる。思考は気付いていない、自らが感情の奴隷だということに。

 相手は傷を隠している。

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木の生き方

木の生き方

 樹木は一個の生命体でありながら外界に開かれている。

 木は様々な生き物に寄生を許す。古い木の表皮は苔や地衣類や茸で覆われ、洞には鳥や小動物が住み着く。数多くの虫が見えないところに潜んでいる。食害には化学物質を出して対抗もするが、少しくらい他の生き物に侵食されても平気な顔をしている。

 木自身も多くを取り込んで生きる。動物の死骸から養分を吸い、岩を呑み込み、時に他の木と融合する。根は地中の菌類

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虚像の世界

虚像の世界

 満月は優しい黄色なのに、月光に照らされた地上は死んだように蒼い。

 矛盾している。していない。身勝手な一貫性を期待している僕のせい。

 屈折率とか散乱とか、自転だとか公転だとか、物理法則に従って、月は無心にそこにある。意図も持たずに光を浴びて、悲しみもせず闇に埋もれる。

 満月の慈愛は僕の中の慈愛の反射。月光の静寂は僕の中の静寂の反響。世界は僕の投影に覆い尽くされて、ありのままを見分けられ

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sample: 1

sample: 1

 サンプル;n=1

 再現性のない 一度きりの実験

 サンプル;n=1

 確率0.1% 私には100%

 サンプル;n=1

 実験条件不明 不確実性=∞

 サンプル:私
 期間:生まれて死ぬまで
 目的:まだわからない

人を殴れるようになりたい

人を殴れるようになりたい

 人を殴れるようになりたい
 透明な膜状の国境を破り
 領海を侵して
 相手の確かな肉と骨に
 自分の確かな肉と骨をぶつけて
 生身を知られる恐れを越え
 あなたなら受け止められるという
 その信頼で殴りたい

 人と殴り合えるようになりたい
 征服ではなく、勝負でもなく
 鹿を最も深く知るのは狼であるように
 狼を最も深く知るのは鹿であるように
 肌を羽でなぞるのではわからない
 深奥の血肉の脈

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フェミニズムとの離別

フェミニズムとの離別

 女らしくと強いられたくない
 女子力高いと褒められたくない
 歩く女性器と思われたくない
 女だからと低く見るな
 違う生き物として見るな

 隠されていた枕詞は
 「僕だって男なのに」

 胸の中に嫉妬の巣を見つけてしまった僕は
 「女を馬鹿にするな」ともう叫べない
 僕はその主体ではない
 女の怒りは女の手に

 僕は僕だけの孤独な怒りで
 向こう岸を眺め遣る

 男と女の間の断絶
 その谷

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不安

不安

 嫌だ要らない手放したいって君は言うけど、本音では僕が必要なんでしょ?

 僕が君を離さないのは、君が僕を呼んでいるから。

 不安でいないのが不安だから。

 僕は君を守っているよ。

 傷付く言葉、冷たい視線、体調不良、事故に災害。目隠しで見る未来の闇。

 いつも最悪を予測して、備えろと君を急き立てる。

 僕の予言が外れても、君は良かったと喜ぶだろう。

 僕の予言が当たっても、君は充分な

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あなたは困っていないから

あなたは困っていないから

 僕がどうして無理になったか、あなたにはわからないでしょう

 一言で言うなら、あなたが困っていなかったから

 僕が困っていることで、あなたは困っていなかったから

 僕が痣を作っていることは、あなたもとっくに知っていた

 僕が血を流している理由をあなたはもちろんわかっていた

 あなたが歩く動線に僕がたまたまいたのが悪い

 あなたが腹いせに投げたナイフの軌道に僕が入ったのが悪い

 僕が豆

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優しい人は笑えない

優しい人は笑えない

 昔は何だって笑えてた

 なんにも知らなかったから

 おかしな格好のどこかのピエロがどったんばったん踊っても

 おもちゃの兵隊がおもちゃの爆弾でブリキの手足をもがれても

 僕らはお腹を痙攣させて笑った

 そのうち僕らは気付いてしまう

 ピエロは十年後か明後日か次の瞬きの後の僕らで

 兵隊には血と肉と神経があって

 どうしようもなく痛んでいること

 共鳴した痛みはもう笑えない

 

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別れを告げる

別れを告げる

 恋は冷める

 憧れは幻滅に変わる

 好きは嫌いに反転する

 では移ってしまった情はどうすれば消し去ることがてきるだろう

 トマトとピーマンと椎茸が嫌いな君

 何時間も目覚ましを鳴らす君

 仕方ないなと最後は笑って、君のどうしようもないところも愛おしんだ

 その時間は僕を構成するブロックの一つになっている

 外して残る空洞をどうやって埋めればいい?

 君が僕を嫌いになって、お前な

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彼の新しい犬

彼の新しい犬

 ケーキボックスみたいな紙の箱の中からキャンキャンと甲高い声が聞こえる。

 片頬を上げて「買ってきちゃった」と言う彼。全身の筋肉が弛緩して重たい泥のように溶けていく。開きかけた口は貝のように閉ざす。抵抗してももう無駄だ。

 箱から取り出したふわふわの子犬を彼は僕の膝に乗せる。君によく似た濃い琥珀色の目と、君に似ていない垂れた耳。覚えのある体温。

 君の定位置だったあの窓辺で、君が寝ていた空色

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