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エッセイ他

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長めの詩と、物語と、ポエムの延長線上にあるエッセイと。
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#考えたこと

救済が死にしかなくてもいい

救済が死にしかなくてもいい

 漫画でもアニメでもゲームでも、死によってしか救われないような不憫なキャラクターが好きだ。最終的に「殺してくれ……」とか言い出すような。どう足掻いても報われないタイプの。

 そんな自分の性質を恥じた。自分も含め現実の人間にはもっと救いがなければならない。救いのない人生を好む悪趣味、人の不幸を喜ぶ下劣。

 でも本当にそうだろうかと疑い始める。みんなが幸せであるほうが良い、努力は報われたほが良いけ

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仲間にしか伝わらない

仲間にしか伝わらない

 抗議の言葉は本当に伝えたい相手には伝わらない。

 変わってほしい相手は変わりたいと願っていない。変わらないために耳を塞ぎ、あなたの口を塞ぐ。

 あなたは鏡を掲げて相手の醜い部分を見せようとしている。だが相手の防衛本能が像を歪める。鏡を見ない理由も、醜さを美しさに変換する論理も、いくらでもひねり出すことができる。思考は気付いていない、自らが感情の奴隷だということに。

 相手は傷を隠している。

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立ち上がらない自由

立ち上がらない自由

 傷付いても弱っても生き延びられるというのは幸せなことなのだろうか。

 現代日本でそう簡単に人は死なない。怪我や病気をしても高度な医療がある。福祉がある。様々なサポートをする職業の人がいる。

 人を助けたいという思いは尊い。救われる人もたくさんいる。心身共に健康で「普通」の人しか存在を許されない世の中よりも、色々な人が抑圧されずに生きられる世の中のほうが良い、けれど。

 支援があるからこそ、

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「退屈」は贅沢な感情

「退屈」は贅沢な感情

 何もしていない、イコール退屈、ではない。高熱で寝込んでいる時に退屈なんて感じない。

 疲れて傷付いている時に退屈なんて感じている暇はない。何も生産的なことをしていないように見えても、体と心は自己修復のために全力で働いている。

 手持ち無沙汰になって、スマホを手に取る。

 退屈だから?

 本当に?

 暇に怯えているのではないか?

 意識の空白に侵入してくる、未消化のタスクからの脅迫、不

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「どうして勉強しなきゃいけないの?」に対する夢のない回答

「どうして勉強しなきゃいけないの?」に対する夢のない回答

 子供がいないので学校の勉強に縁がないっちゃないのだが、義理の姪の近況に触れたりすると、こういう質問に自分なら何と答えるだろうと考えることもある。

 毎日毎日学校で授業を受け続けなければならない子供たちが、なんで勉強なんかしなきゃいけないんだと疑問を持つのは当然のことだ。新しいことを知るのは本来楽しいことだが、椅子に座って興味もない科目の講義を聞くだけではつまらない。自分の将来に関係なさそうな内

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強迫観念以外の理由で自分の世話をしたい

強迫観念以外の理由で自分の世話をしたい

 ご飯を食べて、歯を磨いて、部屋を掃除して、お風呂に入って、肌を保湿して、寝床を整えて。日常の、生活を保つためのケア。それらの動機が脅迫観念だったかもしれないと思う。

 脱毛やエステの広告のように、常に綺麗にしておかなければ嫌われるぞと自分を脅す。体調を崩して人に迷惑をかけ、嫌な顔をされる恐怖をちらつかせる。自分を脅迫することで、良好なコンディションを保つための行動を自分に取らせていた。

 例

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瞑想の目的地は野生への回帰かもしれない

瞑想の目的地は野生への回帰かもしれない

 たまに瞑想っぽいことをしてみる時がある。心身の健康に良さそうだしちょっとやっとくか程度の気持ちで、そんなに真剣にはやっていない。

 瞑想のやり方を調べると、浮かんでくる想念を受け流すというようなことが書いてある。想いや感情の川が流れているのを岸に立って眺めるように。思い起こされるものに吞まれることなく、追いかけることもせず、過ぎ去っていくことを許すのだ。

 野生で生きている動物たちの心はそう

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正しいことを書こうとしたら一文字だって書けなくなる

正しいことを書こうとしたら一文字だって書けなくなる

 エッセイを書くことに苦手意識があった。ノンフィクションとして読まれるものなので、小説や詩のようにフィクションだからという言い訳は通用しない。事実と違うことを書いて誤情報を拡散させるわけにはいかない。

 なのでなるべく正確を期そうとするのだが、僕は何かの専門家ではないし、ものの見方も偏っているので、考えれば考えるほど書けることが少なくなる。

 専門知識が必要ないテーマに限定すると、書く内容は個

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僕らは川の藻をそのまま口に入れたりはしない

僕らは川の藻をそのまま口に入れたりはしない

 川の浅瀬に鴨がいた。頭を水平に下げ、緑色に濁った水の中で下嘴を細かく動かして食物を摂っていた。

 僕はあの鴨と同じことができるだろうか。藻と泥と微生物の入り混じった生臭い水をそのまま口に含む。余分な水だけ吐き出して、固形分を飲み込むのだ。得体の知れない菌や虫や動物の糞と一緒に。

 病原菌や寄生虫を恐れているから僕は川の水を口にしない。家に帰ればもっとずっと清潔で安全な食べ物と飲み物がある。当

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攻撃の裏にあるもの

攻撃の裏にあるもの

 苛烈なヘイトの背景には恐怖が巣食っている場合が結構あると思う。

 例えば100年前の日本で起きた朝鮮人虐殺。朝鮮人は隙あらば日本人に危害を加えようとするはずだという恐怖があったから、デマが広まり、信じられてしまったのではないか。

 アメリカで黒人が白人警官に殺害された事件などを見ても、よほど黒人が怖いのだろうなと思うことがある。黒人の持つ力と敵意を実際よりもずっと大きく見積もってしまい、過剰

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傷付けない笑いはプライベートな関係の中に

傷付けない笑いはプライベートな関係の中に

 観客に見せるための笑いはどうしても攻撃的になりがちだ。予想外の展開というものがお笑いの基本の一つだと思うが、それをボケとツッコミみたいな形で見せようとすると、「普通じゃない」人の「普通じゃない」言動をあげつらって笑い者にすることになりやすい。特定の属性を持つ人をよってたかって嘲笑するような構造だ。

 この攻撃性がどこから来ているかというと、笑う側が持っている「あなたと違って私はまとも」という優

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バスタブの下の地獄(虫を殺す話)

バスタブの下の地獄(虫を殺す話)

 バスタブに満ちるピンク色の海、ゴム栓の裏の奈落。

 生温い汚水から這い上がっても、柔らかいようでいて歯を立てるには硬過ぎるゴムの天井が立ちはだかる。

 筒に封じ込められた高濃度の闇。もがき疲れて溺れるか、少ない酸素が尽きて窒息するか。

 そこに彼あるいは彼女を突き落としたのは僕だ。

 空飛ぶ小豆のような塊が目に入り、何も考えず手に持っていたシャワーを向けた。

 放出される無数の水滴はそ

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奪う痛みを抱えて生きる

奪う痛みを抱えて生きる

 幼い頃から動物好きだったこともあって、人が他の生き物の命を奪わなければ生きていけないことについてよく考えていた。

 人に限らず従属栄養生物は、自力で生産できない栄養素を他の生物から摂取しないと生きられない。その事実はどうすることもできない。動物の肉を口にしなかったとしても、植物や昆虫や菌類だって生きているのだから、やっぱり何かの命を食べて生きなければならない。

 命は何よりも大切だと一方では

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戦えないなら理想を描く

戦えないなら理想を描く

 差別や偏見と戦っている人たちがいる。

 声を上げることも必要なのだと思うけれど、自分はそうはなれないなとも思う。

 保身と言えば保身には違いない。しかし言い争いの場に立つだけの強さを持っていないのはもう仕方がない。

 明らかな差別だったとしても、「そういうことを言われると傷つくのでやめてほしい」とどれだけ言葉を選んで伝えたとしても、「責められた」「攻撃された」と感じて反撃してくる人はいる。

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