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オリジナル短編小説・シナリオ集

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birdfilmの映像作家 増田達彦が書く、ユニークな短編・掌編小説や、昭和の時代を感じられる戦中戦後の少年成長物語、業界エンターテインメント中編小説など、ジャンルも色々なので、…
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記事一覧

【音楽短編小説】雑草(お地蔵さんにおにぎりを)

【音楽短編小説】雑草(お地蔵さんにおにぎりを)

 

キシーーン、キシーーン、キシーーン・・・、
二国(第二京浜)を越えて築堤のカーブを降りてくる電車の車輪がレールと擦れあい、軋んで悲鳴を上げている。
 
(オレもあのレールのように悲鳴をあげられたら、少しは楽になれるのかな)

 安っぽいワンルームマンションのソファの上に寝そべりながら、翔太は、角部屋の窓の陽光を遮るように通り過ぎて行く池上線の電車を見た。
 再び春の陽が射しこんだテーブルの上

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【小編】三日月のバラッドBallad of the Crescent Moon

【小編】三日月のバラッドBallad of the Crescent Moon

 

 その男は、苦しんでいた。
夜明け前の海岸に現れたその男の手には、魅惑的な形状の楽器が握られていたが、それを演奏するでもなく、ただ立ち尽くしていた。

 今夜も眠れなかった。あの日以来、どうしても思い通りの音が出ない。
 もしもこんな時、惠子がそばにいてくれたら、秋風の中で寄り添っていてくれたなら、思うがままに指と息が美しいメロディーを奏でるはずなのに。

 男は、あの日以来、惠子と別れたこ

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【短編】ジャスト・フレンズ

【短編】ジャスト・フレンズ

 
 つるべ落としの初秋の陽が無人の教室に差し込んでいる。図書室で時間をつぶしていた僕は、軽音の部室のロッカーからフォークギターを持ち出し、二つの校舎をつなぐ4階の渡り廊下へ向かう。

 こんな時間はもう誰も通らない。

 青天井の渡り廊下では、部活を終えて制服に着替えた佳奈子が、廊下の壁にもたれるようにして座り込んでいた。大きな黒い瞳が、えくぼと共に僕を見上げている。

「ごめん、遅くなっちゃっ

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【短編小説】韋駄天(いだてん)ハチ公

【短編小説】韋駄天(いだてん)ハチ公

 きょうは福太郎の従妹、沙織ちゃんの結婚式だ。なんでも東京の渋谷駅に近いビルの高級レストランで披露宴なんだそうな。昨日も沙織ちゃんから電話があった。

「福ちゃん、おハナばあちゃんは足が悪いから、一緒に連れ
てきてあげてな。福ちゃんはちょっとアホやけど、渋谷はわかるやろ。駅を出たらタクシー乗って行き先いえば、道に迷わんから大丈夫やな!ほな、頼むな!」
「確かにちょっとアホやけど、渋谷くらい知ってる

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タイパ・タクシー

タイパ・タクシー

ハイ、お待たせ、
どちらまで?
え?次太夫堀公園民家園?
世田谷の?
・・・
お客さん、通な所ご存じですねぇ!
了解しました。
あ、ベルト締めといてくださいね。

お客さん、下道でもいいっすか?
えっ?どっちが早いかですか?
うーん、どっちもどっちかなあ。
首都高で渋滞にはまると
二進も三進もいかなくなりますからねえ

下道にします?
え?とにかく早く着きたい?
じゃ、下道で行きますね。
いいっす

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龍と瑠璃(るり)の玉 ~短編歴史物語~

龍と瑠璃(るり)の玉 ~短編歴史物語~

 天平感宝元年(西暦749年)、
新緑が万緑に変わり始める初夏、その万緑を水面に映して流れる長谷の渓流は、涼やかな音を立てていた。

 白波立つ早瀬では、若鮎が身をくねらせて岩のコケを食み、至る所で銀色にきらめいている。
 
 川が高い崖でさえぎられ、大きく湾曲したところは、底が見えないくらい深い淵となり、水面も鏡のように静かだ。

 
 水面の上空には、早朝に羽化したばかりのカゲロウが、何匹もふ

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遠い夏の日

遠い夏の日

 廃線になった臨港線の貨物駅に、僕はいた。
 だだっ広い荒野と化したヤード(操車場)は、赤錆びたレールがそこにあることを誰にも悟らせないかのように夏草が生い茂り、ただ、ところどころ破れたりめくれたりしているトタン屋根の荒屋のプラットホーム跡だけが、昔そこが貨車たちで賑わったステイションだったことをかろうじて証している。

 ウォーターフロントとして再開発が進む港湾地区の中で、ここだけが忘れられた空

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【短編小説】なつむし

【短編小説】なつむし

 棚田を断ち切るようになだらかに上る一本の坂道を、一人の老婆が登っていく。丸まった背中が乳母車を押しながら、山の端に隠れそうになった夕日の最後の光に紅に染まり、ゆっくりゆっくりと登っていく。

 道の両側からはカエルたちの合唱がにぎやかに響き、老婆の体を包みこんでいる。

 そういえば、あの時もこんな音に包まれていた・・・。

 昭和20年5月初頭。
 裏山でしきりに鳴くホトトギスの声を聴きながら

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【業界短編小説】スキャンダル・à go go

【業界短編小説】スキャンダル・à go go

#1

 1989年10月、中央テレビ第二演出部の亀崎部長は朝から機嫌がすこぶる悪かった。風邪をひいているわけでもないのに、1分おきに思い切り大きな音を立てて鼻をかみ、30秒ごとにガマガエルを踏み潰したような奇声を発してタンを吐き出している。おかげで部の看板番組『ヤッコはゴキゲン』の宣材であるティッシュの大箱が朝からすでに2箱カラになってデスクの上に積み重なっていた。
 
 さすがに状況把握に機敏

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全国カエル会議

全国カエル会議

 ある夏の日、日本のある所で、
全国に住むカエルたちの代表9匹が
オンライン会議を開きました。

 
第一回の監事は、
画面中央の二ホンアマガエルさんです。

ア「えー、本日はお忙しいところ、
  第一回 全国かえる会議に
  お集まりいただき、
  ありがとうございます。
  議長をつとめさせていただく、
  田んぼのアイドル、
  二ホンアマガエルでございます。」

  (拍手)

ア「まずは

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ロボ・ヒーロー  ~  地獄の戦場リポーター ~

ロボ・ヒーロー ~ 地獄の戦場リポーター ~

(注意※フィクションですが残酷なシーンが出てきますので、ご注意ください。決して笑えるとか面白いとかいう話ではありません。湾岸戦争以降の戦争報道のあり方に関心のある方のみ、お読みください。)

  *    *    *

 オレがまっ黒に塗られた極秘のステルス輸送機でウクライナ上空へ運ばれたのは、ロシアの地上軍が侵攻した直後だった。夜明け前の夜空には、ロシアのミサイルや曳光弾が花火のように飛び交っ

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ブランコ

ブランコ

もしもあなたが 

今 ひとりなら

ブランコに 

揺られて みませんか

前へ行ったり 

後へ行ったり

影は あなたの 

お友だち

月の光が

とても冷たくて

泣き出しそうに

なったなら

ブランコに

揺られて みませんか

 
近づいてみたり 

離れてみたり
  
ほら きみとぼくの 

想い出みたい

作詞・作曲 増田達彦 1975年

短編物語 竜宮磯

短編物語 竜宮磯

 初夏、志摩の磯の海女漁が解禁になった。
 海で母親を亡くし、男手一つでここまで育ててくれた病弱な父親を支えるため、水絵は今年から海女デビューした。
 豊かな熊野灘とはいえ、経験の浅い15歳の水絵にとって、限られた時間内に海底の岩に張り付いた保護色のアワビやサザエを見つけ出すのは、まだまだ難しかった。

 先輩の海女さんがコツを教えてくれる。
「アワビはな、アラメが好きやもんでな、まずアラメの多い

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蒼穹の彼方へ ~沖縄戦追悼~

蒼穹の彼方へ ~沖縄戦追悼~

 【前書き】
 今から79年前の春、沖縄に米軍が上陸しました。
日本の多くの若者たちが特攻隊となって、米軍の艦船めがけて突っ込みました。
 現在進行形のウクライナ戦争やガザの紛争のように、当時の日本も、戦争という悪夢の中で多くの人々が犠牲になっていきました。
 そんな戦争があり、自ら死を賭して戦った若者たちがいた時代と、今の平和な日本とが「地続き」であることを、もう一度私たちは、心して想いを馳せな

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