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ロボ・ヒーロー ~ 地獄の戦場リポーター ~

(注意※フィクションですが残酷なシーンが出てきますので、ご注意ください。決して笑えるとか面白いとかいう話ではありません。湾岸戦争以降の戦争報道のあり方に関心のある方のみ、お読みください。)


  *    *    *


 オレがまっ黒に塗られた極秘のステルス輸送機でウクライナ上空へ運ばれたのは、ロシアの地上軍が侵攻した直後だった。夜明け前の夜空には、ロシアのミサイルや曳光弾えいこうだんが花火のように飛び交っている。

「サイボーグでもパラシュートは要るのかい?ミスター・ジョーカーさんよ。」
 
 降下用シュートを開けながら、クルーのデブはこう言いやがった。

「飛行機に乗るときはブタでもパイロット・スーツを着るらしいからな。」
 
 オレは蛍光レンズに変わり果てた水晶体でにらみつけた。

「ケッ!機械マシンのくせしやがって!」
 
 降下地点が来たことを知らせるグリーン・ランプが点灯し、ブタはオレのケツを蹴とばしながら言い放った。

「Go To Hell!」

 

 地獄の中空へ躍り出たオレに、対空弾の弾道が光のシャワーのように集中する。乱れ打ちの花火の真っただ中にいたって、これほど美しくはないだろう。
 真っ黒に染められたパラシュートを開くと、オレは予定通り、耳の後ろに埋められた衛星への送出スイッチを入れる。今、オレの見ているこの光景が、全世界のテレビやパソコンモニターにライヴでオンエアされるというわけだ。
 耳の中でディレクターが叫ぶ。

「すごいぜ、ジョーカー!イルミネーション・パレードも真っ青だ!」

 オレは機械仕掛けのミッキーマウスだ。地獄のディズニーランドへ真っ逆さまに飛び降りて行く。

  *    *    *

 オレはニュース専門の全米ケーブル局、DNNの敏腕レポーターだった。
 イラク戦争(イラク侵攻)の時も、オレは事前に情報をつかんで先乗りしていた。イラク軍の迫撃砲がオレの身体をグチャグチャにしなければ、十数回目のスクープをモノにするはずだった。
 奇跡的に一命を取り留めたオレは、ペンタゴン(米国防総省)内の秘密病院に運ばれ、徹底的に改造された。
 脳の周辺に無数のICチップを埋め込まれ、目玉は高感度蛍光レンズに交換された。耳はハイファイマイクロフォンに改造され、頭のてっぺんから衛星へライヴ映像を送る送信装置が飛び出すようになった。オレの声はそのままディジタル化され、オレの見た映像と一緒に電波になって、宇宙の彼方にぶっ飛んで行く。
 オレは人間衛星中継マシンに改造されたのだ。

 何週間か後に意識を取り戻し、見上げた天井には、軍のエライさんとDNN副社長の野牛のようなツラが、オレをのぞき込んでいた。

「おまえの名前はジョーカーだ。ミスター・ジョーカー。わがダイナミック・ニューズ・ネットワークの切り札というわけだ。」

 ペンタゴンとDNNが手を打ってマシンに改造されたオレは、様々なハイテク機器を付けられ、連日のようにマッドサイエンティスト達のオモチャにされた。その後は味気のないリハビリの毎日だ。

 ようやくオレが自分の身体を自分で持て余さない程度までトレーニングが進んだ時、DNNのバファロー野郎がやってきて、よだれを垂らしながらこう言った。

「ロシアがウクライナに侵攻した。」

「テストケースにはもってこいというわけか?」

「最前線をライヴでレポートができるんだ。おまえのレポートが、映像が、全世界に独占中継される。これ以上ジャーナリスト冥利に尽きることはあるまい。」

「DNNにジャーナリストがいたなんて初めて聞いたぜ。」

「おまえはアメリカの、いや、世界中のヒーローになる。今世紀最初の、ロボ・ヒーローだ。」


 ロシアとウクライナの国境(2014年のロシア侵攻による暫定国境)では、すでに激しい戦車戦が繰り広げられていた。オレはウクライナ軍の歩兵たちとともに塹壕ざんごうの中で戦車同士のバトルを見物する。アラレのように降り注ぐミサイルや対戦車砲の炸裂音さくれつおんをBGMに、オレの肉声が、オレの見ている光景が、最前線レポート映像となって、ランチタイムの全米のダイニングに流れていることだろう。
 フットボールゲームよりスリリングで、タイソンのパンチよりエキサイティングなライヴ映像であることは間違いない。

 塹壕ざんごうのすぐ横に着弾する。とっさにオレは頭を伏せる。突然画面はまっ黒になり、振動がノイズになって世界中のモニターを駆け抜ける。目を開けると瓦礫がれきの向こうで、一台のロシア戦車が火を噴いている。ウクライナ兵士が放った対戦車砲が直撃したのだ。耳の奥でディレクターが絶叫する。

「もっと前へ行くんだ、ジョーカー!一番前へ行ってぶち壊されるロシアの戦車を見せるんだ!」

 頭の芯がパチパチとショートする。もうまともな思考などできそうもない。オレはディレクターの言葉に促され、塹壕ざんごうを這い出して匍匐ほふく前進を始めた。地面スレスレのオレの視界をヒュンヒュンと機銃弾がかすめ飛び、着弾の振動が絶え間なくオレの身体を震わす。

「そうだ!もっと進め!世界中のリビングルームが、今戦場になっているぞ!みんな自分がウクライナの瓦礫の中で戦争をしている気分になっているんだ!行け!ジョーカー!もっとだ!もっと!もっと!」


 今、オレの目は世界中の人々の目になっている。
オレの耳も、口も、頭も、腕も、オレの身体すべてが、もはやオレのものじゃない。
オレは世界中の野次馬たちの身代わりだ。
どす黒い好奇心の化身だ。
オレという存在は超越し、消え失せ、透明なメディアになる。

 オレは一番前の塹壕ざんごうに転がり込んだ。塹壕ざんごうの底に地面はなく、兵隊たちやウクライナ市民たちのしかばねの間を飛び散った肉片が埋めている。正気を失った生き残りの兵士たちが、マシンガンやバズーカや対戦車砲を撃ちまくる。元はウクライナ市民の住宅だったらしい半壊したビルのガレキの中でも、狂気のロシア兵たちがオレの方へ向けて弾を乱射する。そこら中で8ビートのロックンロールが爆裂し、ヘヴィーなバスドラが響くたびに兵隊がジャンピングダンスのステップを踏んで天国へ召されていく。
 ロシアのT-90戦車から放たれた2A46-125mm榴弾砲がオレのすぐ横で炸裂さくれつした。引きちぎられた若いウクライナ兵の頭が宙を飛びながら絶叫する。

「神様!」

隣の兵隊が対戦車砲を構えて叫ぶ。

「神は、」

引き金を引く。

「無力だ!」



 ロシア軍兵士たちが決死の突撃を始めた。爆音に途切れ途切れの叫び声が近づいてくる。次々と弾にはじかれ、飛び散り、崩れ落ちる。一人の身体が対戦車砲で炸裂した。何かが飛来し、オレの顔にピチャッとへばりつく。オレはその肉片をはぎ取り、まじまじと見つめる。
 耳の奥でディレクターが悲鳴を上げる。

 見つめろ。目を閉じるな。これが現実だ。これがおまえ達の望んだ今世紀最大のテレビショーだ!
 
 チャンネルを変えるな。スイッチを切るな。顔を背けるな。これがお前たちが見たがっている現実だ!

 ここにはジョン・ウェインなんていない。スーパーマンは死んで何年にもなる。
 機械仕掛けのミッキーマウスが、おまえ達の望んだ戦場の最前線のディティールとやらを見せてやっているんだ。
 気分はどうだい?元気が出たかい?

 瓦礫になったビルの階段の隅に、おびえながら身を潜めていた母親と二人の子どもをめがけて、ロシアの戦車が砲弾を放った。子どもをかばうように伏せた母親はバラバラになって吹き飛び、幼い子どもたちは、手足のちぎれた人形のように空を飛んだ。そしてオレの足許に落ちた。すでに息絶えた幼子おさなごをオレは両手で抱き上げた。
 蛍光レンズに変わり果てたはずのオレの目から、涙があふれた。

「神は無力だ!」

 テレビの前で評論家を気取るんじゃないぜ。いつからおまえらは裁判官になったんだ。さあ、しっかり目を開けて見るがいい。ショーのクライマックスはこれからだ。オレからのスペシャルサービスをタップリと楽しんでくれ。

 オレは勢いよく立ち上がり、人形と化した幼子おさなごの遺体を抱きながらロシア軍の部隊の方へ突っ走った。オレと共にウクライナ兵も銃を撃ちながら突っ走る。ロシア兵の放った一発の銃弾がオレの片目を貫く。ウクライナ兵が、間近に迫ったそのロシア兵を撃ち倒し、銃床で殴りつける。ロシア兵の脳漿のうしょうが飛び散り、生き残ったオレのもう一つの蛍光レンズに降りかかる。オレはさらに走り続ける。戦車の陰に隠れたロシア兵たちが一斉にオレをめがけて弾を放つ。抱きかかえた幼子の遺体と共にオレの片腕がぶっとび、耳が引きちぎれ、内臓が散乱する。オレは残った手で臓腑はらわたを引きずり出し、顔の前へ持ち上げて叫んだ。

「これが、現実だ!」

 ロシア軍の戦車砲がオレに向けて砲弾を放った。まるでスローモーションのように、弾頭がゆっくりと、だが、真っすぐにオレに近づいてきた。


 次の瞬間、オレは粉々になって、凍った瓦礫の上に散らばった。あごから下が吹き飛んだオレの顔は、白い雪の上にドサリと落ちた。
 すべての機能が停止する直前、見開かれたままのオレの蛍光レンズの片眼は、珍しく晴れ渡ったウクライナの紺碧の空を見上げていた。
 雲一つない透明な空に、オレは確かに、神の姿を見た。


 
          完



今も続く、ウクライナ戦争、ガザ紛争でケガをし命を奪われつつある罪なき人々に捧ぐ。

この物語はあくまでフィクションです。
ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。

文責:birdfilm  増田達彦


 





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