A piece of rum raisin - 第一ユニバース第2話 覚醒2、1978年5月5日(水)
A piece of rum raisin - 第一ユニバース
宮部明彦 (第一ユニ):1970年12歳転移、1986年28歳
加藤恵美 (第一ユニ):1978年20歳転移、1986年28歳
森絵美 (第一ユニ):1978年20歳転移、1986年28歳
島津洋子 (第一ユニ):1979年27歳転移、1986年34歳
小平 (第一ユニ):1981年33歳転移、1986年38歳
湯澤 (第一ユニ):1981年23歳転移、1986年28歳
アイーシャ(第一ユニ):1981年23歳転移、1986年28歳
極超新星爆発(第一ユニ):2025年、ガンマ線バーストでの全種の滅亡
極超新星爆発(第三ユニ):2025年、ガンマ線バーストでの全種の滅亡
極超新星爆発(第二ユニ):2025年、ガンマ線バーストの目標から地球は逸れる
第2話 覚醒2、1978年5月5日(水)
飯田橋の改札口で明彦と別れて電車に乗っている間、あいつ、『キミは今晩から高熱を出して寝込んでしまう、明日と明後日、寝込んじゃうんだ。無理に大学に行こうとしないこと』って、何のことだろうと考えた。雷と関係があるのかしら?
それにしても頭が痛い。健康的なメグミちゃんは、産まれてから今まで頭痛を味わったことは数回しかないのだ。生理のときだって頭痛なんて起きたことがあまりない。これは頭痛は頭痛でも、噂に聞く(つまり友達がよく言う)偏頭痛というやつなんだろうか?こめかみから目にかけて、後頭部まで脈打つように痛い。後頭部が熱い。
家に戻った。玄関で後頭部を抑えて顔をしかめた。ママが玄関に来て「あら?頭を抑えてどうしたの?」と聞く。
「噂に聞く偏頭痛という病(やまい)を患ったらしいです。後頭部が痛くて熱い」と答えた。
「偏頭痛?まあ、メグミちゃん、あなたも人並みになったのよ!私の苦しみもわかるでしょ?」
「ママ、うれしそうに言わないで下さい。そんな娘が処女を失くして赤飯を炊くようなウキウキ気分はお止め下さい!後頭部が血流で脈打ってます!」
ママが私の額に手をあてた。「熱があるわね。38度半くらいかしらね」あなたは人間体温計ですか?38度半って中途半端な。「どうする?氷枕準備しようか?鎮痛剤飲む?トンプクあるわよ」とそれはそれはうれしそうに言う。いつもママの偏頭痛をからかう私への反撃?なぜか、鎮痛剤は飲んではいけないような気がした。
「ママ、氷枕だけお願い。鎮痛剤はいらない。薬に頼っちゃダメかもしれない」と答えた。
「氷枕だけでいいの?」
「ハイ」
1978年にアイスノンなどないのだ。あるのはゴム製氷枕。ゴワゴワしていて、中に氷と水を少し入れて、アルミのクリップ金具で口を抑えるというやつ。私はお世話になったことはない。あら、知恵熱が出た時はお世話になったかしら?
自分の部屋で服を脱ぎ捨てた。服をたたむ気もしない。ベッドに潜り込む。ママが氷枕を持ってきた。タオルにくるんで私の頭と枕の間に入れてくれる。体温計で熱を測ってもらった。「ほぉら、やっぱり38度半よ!」と人間体温計が言う。だからどうなのよ?
「人間の体温は39度以上だと危険なのよ。40度を超えると救急車を呼ばないといけないくらい。でも、38度半なら大丈夫なの」だから、救急車を呼ぶ必要はないと言いたいのね?ママは。「お薬、飲めばいいのに」と言う。「ありがたいけど、要りません。寝ていれば治ります!」と毛布を頭から被った。
脳が暴走しているのかしら?しばらくウトウトしていると、またママが部屋に入ってくるのがわかった。
「真理子ちゃんから電話が入っているんだけど・・・どうする?」と聞く。真理子?う~ん、真理子?あ!真理子!「で、出るわ」とママに言って、フラフラで階段を降りた。そうよ!真理子の彼氏を寝取ったのよ、今日。だから、頑張って電話に出る義務があるのよ、私。
「メグ、どうしたの?あなたのママが偏頭痛って言っていたけど?」
「うん、ガンガン痛いのよ、後頭部が」
「メグが偏頭痛なんて珍しい。お薬、飲んだ?」
「飲まない。薬に頼っちゃダメ。氷枕をしている」
「ふ~ん、じゃあ、邪魔しちゃいけないから・・・」
「・・・あのさ、宮部さんの大学との合同展覧会の話、決めたから」と一応明彦の話をした。寝取ったからって明彦の話をしないとおかしいかな?とか変なことを考えたのだ。
「いいわよ、体が治ったら聞いてあげるから。今はお休みしないさいな」と何も疑わずにマリが言う。ゴメンね、マリ。マリが電話を切った。
こういう固定電話って不便だなあ。手に持って歩ける電波式の電話機があればいいよねえ、なんて思う。ほとんど這って階段を登り、また、ベッドに潜り込んだ。
何故か親友の彼氏を寝取ったら感じるだろう罪の意識を感じなかった。なるべくしてこうなった、としか思えない。私は明彦とこうならなければいけなかったのだ、そう思った。なんて薄情な人間なの?私は!
あれ?なんだろう?脳みそが躍動しているような。万華鏡をクルクル回して、筐体の中をビーズの破片が花開いてドンドン変わっていくような。なんなの?夢の中でウトウトしていた。
夢の中で白衣を着た中年の男性が私に何かを説明している。知ってる。この人は湯澤博士だ。なぜわかるんだろう?
「加藤くん、よく人間の脳細胞は9割が使われていない、なんて言われているけど、あれは違う。脳が働くときには、ニューロン(神経細胞)の樹状突起から細胞体をへて、軸索を通り、次の樹状突起へとインパルス(電気信号)が流れる。このつながりの構造が常に再構成されて、人間の記憶を構成している。単純なコンピューターのハードディスクやメモリーとは根本的に異なるんだ。そして、マルチバース間の記憶転移が発生する時、シナプスの構成構造と保持している記憶データが送られて、受けての脳内でデータ展開が起こり、その脳を再構成する。その際に、急速なデータ展開により、脳細胞が発熱し、強い頭痛が起こったりする」
なにそれ?マルチバース?記憶転移?
演劇の舞台のように、場面が暗転して、別の場面が出てきた。なんとなく、この場面は2025年のような気がする。
A piece of rum raisin - 第2ユニバース、第5話 神岡鉱山、2025年9月8日(月)、第三ユニバース
私は小平先生と地下650メートルのハイパーカミオカンデのコントロールセンターにいるのだ。東大院生の神谷と吉田と一緒だった。地上の研究棟にいるスタッフ12、3名を待っているのだ。ZOOMで交信中のCERN(セルン)の島津洋子とアイーシャ、高エネルギー加速器研究機構の宮部明彦、森絵美、JAXAの湯澤研一は待機していた。
え?何?明彦?このわからない扁平のテレビみたいなものは何?実況中継で、画面が分割されていて、明彦なんかが映っている。森絵美?だれ?こいつ?私よりも美人じゃないの!島津洋子?あれれ、なんかこの女、私の敵のような気がする。さっき私に記憶なんとかを説明していた湯澤博士もいる。う~ん、ここに映っている人間、みんな博士じゃないう?あら?私も博士?
私、と言っても、私、中年じゃない?みんなも中年!20歳じゃない!その彼女が扁平テレビに向かって話している。
「フフフ、小平先生、みんな、私が若い頃に聴いたドアーズの『The End』が聞こえますわ。陰鬱なジム・モリソンが歌ってましたわね。でも、私、『もう、これで終わり』とは思えませんのよ。私たちの分身、第一、第二にいる類似体がおめおめとこの第三ユニバースが壊滅するのを黙ってみていられるもんですか。彼らがなにかしますわ。アッと驚くことを。私は、私自身を、私たち自身を信じます。最後まで諦めません・・・でもねえ、結婚してみたかったな。自分の子供を持ちたかったわね。まったく、かくも優秀な素粒子物理学者、天文物理学者が、小平先生を筆頭にみんな独身なんて、人類にとって損失だったわね」
十数時間、私たちは生き延びようと無駄な努力を続けた。日本は地球の夜面に入っていた。ニュートリノの飛来に続いて、十数時間遅れでガンマ線バーストのショートバーストが地球を襲った。それはコンマ数秒という短い時間だったが、太陽が発する電磁波エネルギーの数年分が一時に地球のバンアレン帯を破壊し、オゾン層を剥ぎ取った。
その時、地球の昼面にあった北米大陸では、バンアレン帯もオゾン層もなく、太陽からの電磁波を直接浴びた。空を飛ぶ鳥は舞い落ち、地表から十数メートルの地表の生物は大部分が死滅した。続いて、ロングバーストが襲来した。残ったオゾン層もほとんど消えた。
北米大陸だけではなく、夜面にあった欧州大陸、ユーラシア大陸、アフリカ大陸、日本、オセアニア各国の電力グリッドが消失した。電子・電気部品を載せた機器は使用不能となり、あるものは火を発した。
大気中のオーロラは、太陽風のプラズマが低緯度地域まで高速で降下し、酸素原子や窒素原子を励起させ、燃え盛った。北欧神話もラグナロクもこれほどではあるまい。
スイス、ジュネーブのセルンでは、クエンチ発生の超電導破れで60トンの液体ヘリウムが600倍に気化した。島津とアイーシャはそれを生き延びた。
北米から太平洋、オセアニアと地球は時点で昼面に移っていく。ハイパーカミオカンデが地下650メートルにあるとはいえ、日本列島が昼面になった時が、自分たちの最後と小平は思っていた。
「メグミくん、もうイカンようだな。今までどうもありがとう」と小平はメグミに言った。「小平先生、いままでご指導くださって、ありがとうございます。分身でもどうしようもなかったんですね。残念です」とメグミも小平に言った。
私たちはブラックアウトして・・・
「あ!」私は、今、すべてを思い出した。これは第3ユニバースの出来事だったのだ。
思い出した。急に、今まで開かれなかった記憶の扉があいた。
(そうだった。そうだったんだわ)
第2話 覚醒2、1978年5月6日(木)
木曜日の夜、私はメグミに電話をした。
「もしもし?メグミ?」
「明彦?・・・宮部博士?」
「そうだ、加藤博士。8年間、長かった。待っていたよ、加藤博士」
「宮部博士、これがそうなの?」
「そうだよ。これがわれわれの第三ユニバースからの転移だ。思い出せたかい?私たちのあちらの2025年までを?」
「まだ、頭がいたいのよ」
「無理もない、キミのあちら、あちらは第三だけど、あちらの39年間の記憶が、何テラバイトあるかわからない膨大な加藤恵美博士の記憶が、20才のこちらの類似体のキミに移植されたのだから」
「このメグミのアイデンティティーと私のアイデンティティーはどうなっているのかしら?」
「リーインカーネーションみたいな、輪廻転生みたいな状態にはなっていないから安心して欲しい。輪廻転生は別の人格に転移するようだから、類似体への転移とは違う。私の転移状態は、20才までの記憶がある部分では第三の記憶に置き換えられている。上書き保存みたいに。ある部分は別フォルダーに保存されていて、この第一の記憶が優先されている。どう選別したのかはわからないが、この体の脳が気に入る記憶は上書きされ、矛盾のある記憶は別フォルダー、という感じかな。幼少時からの性格形成は似たようなものだから、基本の性格はほぼ同じだ。しかし、知識体系は大いに違う」
「これからどうするの?」「明日、直接会おう。この第一は、今GWが終わるくらいだ。明日は金曜日だから、大学のゼミがあるんじゃないか?」
「え~っと、そうね、ゼミが有るわね」
「明日、ゼミが終わるのは何時だい?」
「5時ぐらいかしら?」
「じゃあ、お茶大に5時に迎えに行くよ。春日通りの付属高校の入口前に路駐しているから」
「あら?車?」
「そうそう、車。それから、ママには、金曜日の夜から日曜日まで友達の家に泊まるからとか、口実を考えておいて。着替えも持ってくるように」
「え?お泊り?エッチ、しちゃうの?火曜日までと違って、メグミは39才の加藤恵美でもあるわけで・・・」
「何を勘違いしているのだ。8年間、私が何もせずにさぼっていたわけじゃない。何かに手繰り寄せられて、心の声みたいなものを聞いて、1970年からいままで世界と日本で何があったか少しずつだが思いだしていた。われわれの活動資金を作っていた。ティーンエージャーが内緒で資金作りをするのは大変だったよ。ドルや株を買ったり売ったり。隠れ蓑の会社も設立した。事務所もある。研究所も有る。マンションも2つ、会社名義で購入した。金曜日から日曜日まで事務所やマンション、研究所をキミに紹介して見せて回るつもりだ。それで、これからどうするのかも説明しておこうと思っている」
「なぁ~んだ、そういうこと。ちょっと期待しちゃったのよね。39才の私がいるこの肉体は20才なわけでしょ?豊富な知識にこの若々しい肉体だから、かなりなことができると思って」
「わからなくもないよ。だけど、キミのほうがまだいい。私の場合なんて、39才の私が12才の男の子の肉体に宿ったんだぜ?豊富な知識が12才のチビに宿ったんだ、何もできなかったんだよ。最近になって、やっとそういう年令になったからマシになったのだけどね。だから、メグミの気分もわかる」
「う~ん、複雑。だって、あっちの第三では私たちはそういう関係じゃなかったんだから」
「ここじゃあ、状況が違う。第一、39年間の知識のある20才のメグミがこの世界の同年輩の男性とお付き合いできるか?この世界で、自分のことを隠して、結婚できるとでも思う?男の子ならいろいろと方法がある。風俗だって有るし、普通の女の子とキスしちゃポイッもできるけど、80年代の20才の女の子にはそれは難しい。まだまだ、18才前に処女を捨てちゃえ、とかの風潮までは一般的じゃないんだよ。結婚までは貞操を守る、というのが一般的だったんだから」
「あら、そういうことまでは考えられなかった。だけど、確かにそうね。だったら、このメグミって女の子は進んでたんだ。親友のボーイフレンドを誘惑して寝ちゃうんだから」
「そうだね。あっちの、第三のキミとはいささか違うようだよ。大胆なんだな。でも、欲しいものは欲しい!という基本人格は同じなような気がするよ」
「う~ん、基本人格の指摘は腑に落ちないけど、なんとなくわかった。そう考えると、この状態で誰かを愛して人並みに結婚することは難しいわね」
「だから、今は、メグミがお相手できる可能性があるのは私だけ、ということ。もちろん、キミ次第ではあるけどね」
「私次第なのね?明彦?だったら、もちろん、やりましょう!」
「まあ、いい。とにかく、明日、会ってからいろいろ話そう」
「わかったわ。宮部博士、じゃない、明彦。じゃあ明日」
第2話 覚醒2、1978年5月7日(金)
ゼミが終わり、メグミはお茶大理学棟から春日通りのお茶の水女子大付属高校正面の駐車場まで歩いていった。彼女がキョロキョロ見回すと、黒いエナメル塗装の車のドアが開いて、明彦が出てきた。「おい、メグミ、こっちだ」メグミは車に駆け寄った。
「明彦、この車って?なんか、すごいじゃない?」
「かの有名な、って、私も知らなかったんだけど、日産スカイライン2000ターボGT-Eという車らしい。リアシートの乗り心地はいただけないが、フロントシートはかなりいいよ。さ、お嬢さん、お乗り」と言って、明彦はレフトドアを開けた。
「変な車!ドアミラーがない!」
「当たりまえだよ。83年まで国産車はドアミラーが違法だったんだから。これはフェンダーミラーと言うんだ」
「そういえば、そうね、走っている車でドアミラーの車なんてないわね」
「そうそう、それから、この時代は、ドライバーもナビもシートベルトをしないでいいんだけどね」いろいろこの時代は違うのだ、とメグミは思った。
目白、新宿を通って、明治通りから竹下口を左折して、原宿通りに曲がった。狭い道を右左に進んだ後、明彦は一軒家の前で車を止めた。車を降り、鍵で玄関を開け、家の駐車場のシャッターをあげた。車に乗るなり「この時代、リモコンシャッターなんてないんだよな」と明彦は言った。(大変な時代にジャンプしたものだわね)とメグミは思った。
「よく思いだしてほしい。今は1978年。JRはまだない。国鉄は民営化されていない。日本国有鉄道の時代だ。自動きっぷ券売機なんてない。切符売り場で駅員から買うんだ。改札口では駅員が改札はさみで切符に印をつけて入場を確認していた時代だ。
NTTもない。ドコモもない。日本電電公社が唯一の電話会社だ。ポケベルは既にある。屋内の固定電話のコードレス機もある。自動車の車載電話は去年発売された。23区内だけだけどね。だけど端末の大きさが10kg。車のトランクルームに積む大きさだ。あと2年待てば1キロくらいの重さになるからそれを待とう。メグミのポケベルは買っておいた。ポケベルで呼び出しがあれば公衆電話から応答できる。テレホンカードが発売されるのも2年後だ。家庭にあるのはダイヤル式の固定電話。お店や電話ボックスにあるのはダイヤル式の青電話だ。100円玉は使えるようになった。ただしお釣りが出ない。いつも、10円玉、100円玉を持ち歩くようにしてくれ」
「第三では、78年というと私が8才の頃だからそんなものを使う年齢でもなかった。第三の記憶は役に立たないわね。ここの、第一のメグミの記憶に頼るほかはないのね」
「そういうことだ。海外との連絡はテレックスだ。事務所に据え付けた。FAXも買った。A4サイズの原稿を1分で送信するG3規格タイプだ。アメリカと日本はFAXが早く普及したが、ヨーロッパは遅れていた。たぶん、後5年しないとFAXは導入されないから、ヨーロッパとの通信はテレックスだろう。ワールド・ワイド・ウェブはセルンが開発中だ。89 年まで待たないといけない。コピー機はある。これは最新型を用意しておいた」
「あ~あ、アナログの世界じゃないの。こんな世界で私たちに何ができるのよ?セックスぐらいしかやることないじゃない?」
「できることはたくさんあるよ、メグミ」
「あのね、明彦、H・G・ウェルズだって筒井康隆だって、世界のタイムトラベル、タイムリープを扱ったSF小説で、39才の女性の記憶を持った20才の女の子の性欲に関して書いてある小説なんかなかったわ。セックスの技巧の知識が39年分あって、20才のまだ使い古していない体があるという話を誰も書いてないなんて不思議じゃない?」
「それはSFの本論から外れるから・・・」
「違うわ。小説家は自分で体験していないだけよ。私たちと違って。これは私たちのノンフィクションのリアルな現実なのよ。怖いわよ、この現実は。誰かにすがりついていないと自分を見失いそうよ」と内股に閉じた太腿を両手でさすりながら上目遣いですがるように明彦を見てメグミは言った。
「その話は後にしよう。まず、私たちの目標は、森、島津、小平、湯澤、ジャヤワルダナを探して、転移が起きる際の準備をしておくこと。次に、資産を運用して、活動資金をもっと作ること。今、だいたい2億円ほどある。だけどこれじゃあ足りない。2015年まで37年間あるから、十万倍くらいには増やさないと」
「十万倍って、20兆円?」
「そう。そのくらいないと、自前の加速器や転移装置が持てないだろう?」
「それは小平先生のストーリー通りにやればいいのよね?」
「それはそうだが、小平先生だって具体的にどうすればいいのかまでは計画していなかっただろう?転移前に私は学習しておいた。来年79年はイラン革命の年だ。これからそれに向かってイラン情勢は混迷していく。今、ドルと円相場は220円。来年の年末はそれが260円まで円安になる。それが80年には210円の円高だ。81年は199円まであがるが、それをピークに82年には278円に下がる。こういったことは忘れてしまうから、私の第三の記憶がすべて戻らなかった頃でも、心の声に従って、このノートに1970年から起こったことを書いておいたのだ。このデータを元に、ドル、円の売買をして、ドルが安い時にドル転する。1986年までにマイクロソフトやデル、GAFA株を購入するドル資産を準備しておいて、マイクロソフトが1986年株式公開した時にすべてのドル資産をつぎ込む。マイクロソフト株は1999年まで右肩上がりだ。86年の株が600倍近くなっているはずだ。90年にはデルが株式公開するはずだから、それも買う。1999年までに千倍になるはずだ。2000年までに2兆円くらいになるだろう。これらの取引をオメガに気付かれないように密かに行わないといけない。私が小さい頃、あの70年の頃から、野村證券に口座を作っておいたのだ。すべての取引は個人名を使わずに、われわれのアルファ平和研究所という私企業を通じて行う。アルファ平和研究所はホールディング会社として、その傘下に複数の会社を設立する。この時代の錬金術師の堤康次郎、堤義明の手法を真似する。アルファ平和研究所は、西武鉄道の親会社だった国土計画株式会社みたいなものだ」
「途方も無い話ね」
「NWOに対抗するためにはやむを得ない」
「私たちに普通の幸せはないのね?」
「それは諦めなきゃいけない」
「まったく、私の読んだSF小説にはそんな結末は書いてなかったわよ。わかったわよ。諦めるわ。それで私は何をすればいいの?」
「メグミは、このアナログ装備を使って、野村證券の担当者に相談しながら、為替取引、株売買をやってもらう。もちろん、私もやるが、私は会社運営や転移していない一般人から仲間を集める仕事などをやる」
「私は物理学者よ?」
「仕方ないじゃないか。でも、一から始めるわけじゃない。次に・・・」
「まだあるの?」
「あるよ。次に、私は大学院卒から高エネルギー物理学研究所に潜り込み、キミは東大の院に進学して、宇宙線研究所に潜り込む。あと4年経てば、小平先生が転移してくるはずなので、キミのマスターコースの終わりには小平先生が手助けしてくれるだろう。そうしたら、宇宙線研究所付属のカミオカンデの担当ができる。その後、セルンに就職する。私はそのまま高エネルギー物理学研究所が統合されて、97年にKEK(高エネルギー加速器研究機構)が発足するから、KEKのセルン担当になる。それから、私たちが覚えている限りの78年の今から2015年までの物理学の進展や社会の動きを思いだして記録に取っておくこと。それらの理論は公にはできないが(歴史が変わってしまうからね)、ガンマ線バーストの研究を進展させて、第三の滅亡を阻止することも視野に入れておくのだ」
「明彦は人使いが荒いわね。ご褒美をたくさんくれないと、ストを起こすわ」
「ご褒美って?」
「知っているくせに・・・」
「わかった、わかった。まだある。今年の12月24日は島津くんとの第一回目のコンタクトだ。これは覚醒を伴わないが、私と彼女が関係を持たないと、来年の6月13日の覚醒に問題が出るかもしれない。来年の2月17日には森くんが覚醒するはずだから、今から森くんを探し出しておいて、彼女の覚醒の瞬間には私たちはそこにいるようにする」
「やっと、援軍がくるのね・・・ちょ、ちょっと待ってよ!」
「なんだい?」
「森さん、絵美も私と同じよね?39才の女性の記憶を持った20才の女の子よ。島津さんは、洋子は、39才の女性の記憶を持った26才の女性よ。悶々とした女が3人に増えるってこと?」
「みんながみんなメグミみたいに悶々とする女性であるわけないじゃないか?」
「それはそうだけど。絵美はそうよね。彼女の性格は悶々とするわけじゃないわ。でも、洋子はどうなのよ?あのおっぱいオバケは?明彦、今年の12月24日に洋子に会うのよね?」
「ああ、会わないと、来年の6月13日の覚醒に問題が出るって言ったじゃないか」
「嫌な予感がする。まったく、SFって、やっぱりたかだかフィクションなのよ。バック・トゥ・ザ・フューチャーのロレイン・マクフライは悶々としていたけれど、ガールフレンドのジェニファーが悶々とした?エメット・ブラウン博士はクララを襲って犯しちゃった?『時をかける少女』で原田知世は性欲に悶々とした?」
「キミが話すと、シリアスな第三の滅亡やNWOの話がシリアスでなくなっちゃうじゃないか?」
「第三の滅亡よりも、NWOの世界征服よりも、あなたが、この39才のおばさんの知識を持った20才の悶々とした小娘を救ってくれることのほうが大事なのよ!」
「それももちろん大事だ。覚えておく。しかし、メグミ、忘れちゃいけない。ここは今1978年なんだ。キミの第三の記憶で話しているが、バック・トゥ・ザ・フューチャーは1985年の映画だ。原田知世の時をかける少女は1983年の映画だ。常に時間軸を忘れてはいけない」
第1話 覚醒1、1978年5月4日(火)、飯田橋
第一ユニバース
第8話 渡航、1986年10月12日(日) 第ニユニバース
第9話 第一ユニバース、2010年
第10話 洋子、1986年10月20日(月)、モンペリエ、フランス、第ニユニバース
雨の日の美術館Ⅹ
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複数のシリーズでの投稿数が増えてきましたので、目次代わりに作成しました。
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A piece of rum raisin - 第3ユニバース
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弥呼と邪馬臺國、前史(BC19,000~BC.4C)
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