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何度も読み返したい、スキ以上の記事たち。
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#短編小説

短編小説 | バースデーバルーン | 創作大賞2024

短編小説 | バースデーバルーン | 創作大賞2024

 妹の頭が徐々に大きくなっていく。病気じゃない。
 わかっているんだ。家族の誰もが。だけど何も言えやしない。
 傷ついても、恥ずかしくても、怒っても、どうしたって、妹の頭は大きくなって、その成長を止めることは出来ない。

 (一)

 妹は僕の八つ下で、ぼくにとっては目に入れても痛くない存在だった。だけど、そんな例えですら口にするのも憚られるくらい、妹の頭は大きくなっていた。
その始まりはた

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サイトマップ | 青い豆の世界より

サイトマップ | 青い豆の世界より

はじめまして。
(いつも仲良くしてくださる皆さま、こんにちは💞)

青豆ノノです。

2023年3月に創作を始めたことをきっかけに、発表の場を求めて翌月4月にnoteを始めました。
主に短編小説、ショートショート、日記、エッセイ、20字小説を書きます。

この度、はじめての方にも作品に触れていただきやすいように、サイトマップを作りました。一部ですが、ぜひご覧下さい。

内容は随時更新していきます

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短編小説/濡れ鼠

短編小説/濡れ鼠

 南口のバスターミナルで、名古屋行きの夜行バスを待っている。不運なことに傘はない。急に降り出した大粒の雨を五分ほど浴びた後、びしょ濡れの体でバスに乗り込んだ。
「寒いですね」
 と隣の席の女性に声をかけられる。雨で濡れた髪をタオルで拭きながら、「雨が降るとは思いませんでした」とため息と共にその人はいう。
「そうですね、予報では晴れだったと思います」
 そう言って、僕も長く息を吐く。
「実は今日、彼

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AYA (短編小説・後編)

AYA (短編小説・後編)

私は夢の中にいた。
今となっては、望むよりも拒むことの方が難しいくらいに、現実世界で眠りに落ちると次に意識を取り戻すのは夢の中、つまりアヤの居る世界であった。

私はアヤの住む居住区と例の崖のちょうど中間辺りに立っていた。何も無い平原の先に見える赤い建物。いくつか並ぶ同じ家家は、異様な雰囲気を出している。かつて誰かが生活していた痕跡を残しつつ廃墟となったこの土地が、現実世界に存在するのかどうかわか

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AYA (短編小説・中編)

AYA (短編小説・中編)

「アヤ。君はいつからここにいる?」
出会った頃は知る必要もないと思っていた、アヤという人物への興味は日に日に増していく。現実世界と同じように過ぎていく時の中で、アヤだけと過ごすこの異様な世界に於いては、彼女のことを知ることは重要だと思うようになった。それはまるで、自分を知ることのように。
「さあ。気付いたらここにいた。ある日、突然ね」
アヤは、なにかの建設予定地であったであろう更地の、ところどころ

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AYA  (短編小説・前編)

AYA (短編小説・前編)

「本当の貴方は今、夢の中なのでしょう?」
私の隣に横たわる裸の女は半身を起こし、長い髪をかきあげる。女は汗ばんだ体にまとわりついていた髪を、肩より後ろへ送りながら私に尋ねた。
「あぁ、多分ね」
私はまだ息が上がっているのに、女は涼しい顔だ。夢の中でも私の体力の無さは変わらない。ここは私の理想が反映される世界ではなく、限りなく現実に近い。
「ここが貴方の夢の中なら、貴方は一体いつ寝ているのよ」
女は

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掌編小説/読書前夜

掌編小説/読書前夜

 読む時間よりも、本を探している時間を愛している。
 駅ビルの六階に入っている本屋の文庫コーナーには、ほとんど誰もいない。いたとしても、新潮に一人、河出文庫に一人、ハヤカワのSFや海外ミステリーの棚に一人。
 彼は平積みになっている文庫の表紙を眺めながら、文庫コーナーを一周する。平積みになっているのは、新刊や人気作家の小説やエッセイ。
 この本屋には毎週来ているので、その景色が大きく変わるわけでは

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罵倒教室  (短編小説)

罵倒教室 (短編小説)

「名前はルイといいます。30代前半の男性、会社員です。会話の中では、家庭環境のこと、両親のことには触れないでください」
こんな風に自らを紹介をした男は、一週間限定で私の講師となった。

心の穴を埋めたい私が選んだのは「罵倒教室」だった。
講師はアイコンを見る限り、紹介どおりの年齢の男性に見えるが、文字のやり取りだけで真実を判断することは不可能だ。

土曜から始まった罵倒教室は、最終日を迎える今日、

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爪   (短編小説)

爪 (短編小説)

バスタブに湯を張る。
寝起きの怠さと、昨晩の酒が体を重くしている。
湯気の立つバスタブの前で、昨夜色ごとを交わした相手と裸で抱き合い、鼓動を直に伝え合う。
浴室にこもる湿気が互いを更に密着させて、相手への愛しさで体は熱を持つ。

湯に浸かると、私を後ろから包み込む男の息遣いを耳元に感じた。
男がまた私を求めていることには知らぬ顔をして、他愛もない話をする。

体は触らせても、その先をしない。
ホテ

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ゆで卵男 (短編小説)

ゆで卵男 (短編小説)

体の右側がいつもより騒がしい気がして、僕は詰めていたイヤホンを外した。

「ゆで卵を食べたいんだ」

はっきり聞こえるその声は、大声で主張している。
その前に、僕がいるここはどこだっただろう。
目の前にはノートパソコン。その隣には皿があり、卵の殻と粗塩が少々乗っている。
あまりに作業に没頭していて瞬時に思い出せなかったが、ここはカフェで、僕は朝食を取っていたようだ。

「目玉焼きじゃ代わりにならん

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掌編小説/桃を壊す

掌編小説/桃を壊す

 この人、わかってる。
 一つだけ傷んだ桃のことだ。

 近所のスーパーマーケットは、歩いて五分、自転車で二分。集会所の前を少し早足で駆けぬけて、レンタル家庭菜園みたいな横を通って、コンビニを一つ歩き過ぎたところにある。今年できたばかりのスーパーマーケットだ。広い駐車場があり、クリーニング店と散髪屋が併設している。
 日に一回は必ず行くようにしている。午前中と夕方、日に二回行くこともある。暇だから

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短編小説/扇風機埋葬

短編小説/扇風機埋葬

「どうしましょうか?」
 僕はたずねる。
 男は——仮に〈教授〉としておく。
 教授はショートケーキのフィルムを舐めながら言う。「どうしようもないさ」
 僕らが話しているのは、扇風機のことだ。昭和時代に大量生産された骨董品。
 半透明の羽根は青く、胴体部の塗装は剥げ落ち、錆色の地肌を見せている。強中弱のボタンを切り替えるたびに大げさな音を立てて、そのくせ、貧弱な風しか送ってこない。どのボタンを押し

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